技術革新が牽引する
AGCのコーポレート・トランスフォーメーション
【発表概要】
- AGCは,持続可能な社会の実現を目指し,新たな価値創造を目指している.
- カーボン・ネットゼロ達成に向け,AGCはGHG排出削減技術を導入し,革新的な技術開発を進めている.
- 生産技術者は,差別化された素材開発やDXを活用した生産技術の革新など幅広い領域を担い,AGCの持続的な成長に貢献している.
AGC株式会社(以下,AGC)は,持続可能な社会の実現を目指し,コーポレート・トランスフォーメーション(CX)を推進している.CXは業務効率の向上に留まらず,地球環境のサステナビリティなどの社会貢献を重視し,AGCの強みを最大限に活かした新たな価値創造を目指す企業変革のプロセスである.AGCは板ガラス製造におけるGHG(温室効果ガス)排出削減技術のロードマップ策定,および差別化された素材の開発を支える分析・評価技術やマテリアルインフォマティクス(MI)などの先進的なシミュレーション技術の導入によって,生産技術の革新を実現している.注目講演では,AGC株式会社 代表取締役 兼 専務執行役員 CTO 技術本部長 倉田 英之氏が登壇.AGCが進めるCXの具体的な取り組みを紹介し,その中核を担う生産技術の革新がもたらす未来について詳しく紹介される予定だ.
企業を変え,未来の社会に貢献する,コーポレート・トランスフォーメーション(CX)
AGCのコーポレート・トランスフォーメーション(CX)は,地球環境の持続可能性を重視し,社会貢献を通じて企業の経済的成長を目指す包括的な変革プロセスだ.CXは事業効率の改善にとどまらず,AGCが培ってきた技術力と素材開発のノウハウを最大限に活用し,新たな価値創造で社会貢献していくことを目指している.
「私たちは,かつての経営上の危機を乗り越えるために,従来のガラス事業だけに頼るのではなく,素材技術全体に注目し,新たな事業へと進出してきました.この戦略的な転換が,現在ではAGCの基盤を形成しています.AGCにとってのCXは,私たちが築いた技術とノウハウを活かし,企業として社会を持続可能にし,必要な素材やソリューションを提供し自らも成長する,スケールの大きな変革と位置づけています」とAGC 代表取締役 兼 専務執行役員 CTO 技術本部長 倉田 英之氏は語る.
たとえば,ガラス産業の大きな課題である温室効果ガス(GHG)排出削減に向けた技術革新,差別化された素材の開発,およびデジタル技術の活用による効率化や新たな価値の創出を通じて,社会の課題解決に貢献し,経済的価値を持続的に創出すること.それが現在AGCの取り組むCXの核心だ.
進化と革新を実現する「両利きの経営」
AGCが企業として大切にしている戦略が「両利きの経営」である(図1).これは,コアとなる「既存事業」の強化・進化と,積極的に新しい分野を開拓し新事業の創出を同時に進める経営戦略を指す.AGCは,1907年に日本初の板ガラス製造を目指し,旭硝子株式会社として設立された.創業当初,日本のガラス産業はまだ発展途上であり,AGCは国内供給を使命として,数多くの困難に直面してきた.特に,第一次世界大戦中には主要原材料や溶解窯の部材の輸入が途絶し,操業継続の危機に陥ったが,これを機に,AGCは自社で原材料や部材を生産する体制を築き上げた.この危機対応が,現在の化学品事業やセラミックス事業の礎となり,AGCはガラスメーカーから総合素材メーカーへと進化した.
その後,AGCは従来のガラス事業をコア事業にしながら,電子材料や機能化学品,セラミックス,ライフサイエンスなどの戦略事業を積極的に展開することで,事業のポートフォリオを変革し,その時代時代に求められる新たな素材・ソリューションを提供し,経営的な危機を乗り越えてきた.これらの戦略事業は,既存の事業の延長線上にあるものではなく,AGCが持つ技術力を再定義し,異なる市場ニーズに応えることで成長してきたものである.たとえば,AGCは自動車用ガラスやディスプレイガラスなどの高度な技術を戦略的に活用し,スマートフォンや車載内装用のカバーガラスなどの新たな製品ラインを確立した(図2).「戦略事業においては,私たちは自分たちを信じて進めてきました.時には失敗も覚悟の上の挑戦もありました.しかし,いかなる状況でも最後までやり抜くという強い意志を持って取り組んできました.そして事業環境が変わったりしたものは潔く撤退し,新たな挑戦に備えるという柔軟性を持って歩んできました」と倉田氏は振り返る.
AGCは,今後も成長が見込まれる分野へのチャレンジを強化していく.倉田氏は,「半導体やパッケージングの分野は,微細化が進むにつれてさらに成長していく」と述べ,これらエレクトロニクスの関連分野が引き続き同社の重要な市場であることを強調する.「半導体分野の発展に伴い進展する,最先端リソグラフィーなどの半導体プロセス向けに,私たちが提供できるソリューションに注力していく」と語り,これらの成長分野においてもAGCが貢献できる可能性を探っている.また,「EUVリソグラフィー用マスクブランクスやファインセラミックスなどへの投資を積極的に行うなど,高成長が期待される素材開発に注力している」と述べ,成長性の高い素材開発分野に対する戦略的投資の重要性を強調する.さらにこれらの開発を加速するため,リーディングカンパニーのお客様や先進的な技術を持つアカデミアと連携し,社内外の技術や知識を結集するオープンイノベーションを促進している.このように,AGCは次世代の成長分野に対応した技術開発と投資を進めることで,持続的な成長を目指している.
カーボン・ネットゼロへの取り組み
AGC株式会社は,持続可能な社会の実現に向け,地球環境保護を企業の最重要課題の一つとして位置づけている.その中でも,カーボン・ネットゼロの達成は,AGCの企業活動において重要な目標である.「カーボン・ネットゼロの達成は,エネルギー多消費型のガラス産業にとって非常に挑戦的な目標です.しかし,我々はこの挑戦を恐れず,世界をリードする技術を開発していく覚悟を持っています」と倉田氏は語る .
AGCは,2050年までにカーボン・ネットゼロを達成するという長期目標を掲げ,これに向けた具体的なロードマップを策定している.具体的には,2030年までにScope 1(直接排出)およびScope 2(間接排出)におけるGHG排出量を30%削減,またGHG排出量売上高原単位((Scope 1+2排出量)/売上高)を50%削減し,2050年までにカーボン・ネットゼロを達成することを目標としている.ガラス産業は,原料の溶解に大量のエネルギーを必要とし,特に化石燃料の使用によるCO2排出が大きな課題となっている.「ガラスの製造過程では,特に溶解プロセスにおける化石燃料の燃焼で大量のCO2が発生します.これを削減するためには,クリーン燃料や電気溶融技術の導入が必要不可欠です」と倉田氏は語る.
クリーン燃料への転換において特に注目されるのが,従来の重油や天然ガスに替えてアンモニアや水素を燃料として使用する技術である(図3).AGCは,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)との共同プロジェクトで,世界初の実生産炉におけるアンモニア燃料を利用したガラス製造の実証試験に成功している.この試験では,従来の燃焼方法と比較して,排ガス中のNOx濃度が環境基準値を下回る結果が得られ,ガラスの品質にも影響がないことが確認された.
さらにAGCは,デジタルツイン技術を活用してガラス製造プロセスの最適化を図っている.「ガラスの溶解炉は最高で1600度に達するため,炉内のガラスの挙動をリアルタイムに直接観測するのは困難です.ガラスの品質を損なわず,CO2の排出を抑え効率良く運転をするために,デジタルツイン技術が大きな価値を発揮するのです」と倉田氏は話す .デジタルツイン技術は,物理的な製造プロセスをデジタル空間で再現し,リアルタイムでシミュレーションを行う技術.ガラス溶解炉の運転データをリアルタイムで収集し,デジタルツイン上で分析することで,炉内の状況を正確に把握する.そして様々な運転条件をシミュレーションすることで,CO2排出量の削減やエネルギー効率や品質の向上に最適な運転条件を導き出すことができる.
強い意思と技術力で持続可能な社会を実現していく.それが,AGCが社会に提示する企業価値なのだ.
バリューチェーンをつなぎ差別化に貢献する生産技術者
またAGCは,企業としての競争力を維持・強化するため,差別化された素材の開発と,それを支える生産技術の革新,更には知財や標準化戦略の活用にも積極的に取り組んでいる.
AGCにおける「生産」は,単に製造現場でのモノづくりだけにとどまらず,材料・プロセス・設備開発から製造までの一貫したエンジニアリングチェーン,調達・製造・物流・販売までつながるサプライチェーン,そしてそれらを支える購買・人事・経理・知財などの業務プロセス全体を意味する.「AGCの生産技術者は,製品の企画段階から製造,品質管理,そして市場投入後の評価に至るまで,すべてのプロセスに関与しています.さらには,デジタルテクノロジーを導入し革新することにより,お客様に満足して頂ける製品を,高い品質を維持しながら,効率的に生産できる体制を確立し,AGCのCXにつなげています」と倉田氏は熱弁する.
「材料開発では,マテリアルインフォマティクス (MI)※ やシミュレーション技術を活用し効率的に進めるとともに,独自の評価分析技術を駆使して他社に真似のできない材料を開発します.原材料から製品出荷までの全工程をデジタル化し,データを駆使して最適な材料設計を行っています.これにより,試行錯誤を減らし,効率的な開発を実現しています」と倉田氏は話す.新規プラント建設の立ち上げでは,設計段階から設備機能をデジタル空間で事前にシミュレーションすることで,手直し工事を無くし工期短縮,垂直立ち上げとコストダウンを実現している.
※ マテリアルインフォマティクス 材料開発におけるデータ駆動型のアプローチ.ビッグデータ解析や機械学習,シミュレーションなどのデジタル技術を駆使し,材料の特性や構造,製造プロセスなどに関する大量のデータを効率的に解析し,新材料の発見や既存材料の性能向上を加速する.
製造プロセスでは,デジタルツイン技術を導入し,リアルタイムで製造データを分析し,最適な生産条件を導き出し,エネルギー消費の削減や製品品質の向上を実現している.また「Coating on Demand」という営業支援サービスでは,AGCが提供する建築用ガラスのカスタマイズを短期間で実現したものである,シミュレーション技術と生産設備を連動させることで,デザインと機能性を兼ね備えた試作品を短期(1日)で提供することが可能となる.この速さが顧客満足度の向上につながっています」と倉田氏は話す.
CXを実現するAGCの人財
AGCは,常に「易きになじまず難きにつく」「人を信ずる心が人を動かす」という創業の精神を大切にしながら,社会に貢献する独自の素材とソリューションを提供してきた.この精神を支えるのは,AGCの “人財” へのこだわりだ.人財は “人材” ではなく会社を支える大切な財産と考えているという.「私たちは,企業として良いカルチャーを育むことを目指し,社員一人ひとりが成長できる場を持つことが重要だと考えています.研究所では,社会人ドクターの取得にも様々な支援が用意されており,留学のサポートもある.PhDを持つ所員の在籍率が3割に達しており,高い専門性を持つ人財を抱えていることも当社の強みです.さらにダイバーシティが保たれたイノベーションを興す組織風土を目指します」と倉田氏は話す.社員が成長し続ける環境を整えることに余念がない.それらの専門性の高い人財がさらにDXのスキルを身につけた二刀流人財になることで,AGCのCXが加速されるという.
AGCは,コーポレート・トランスフォーメーションを進めることにより,世の中になくてはならない素材を継続的に提供し,社会の持続的な成長を支える企業である.
文責 サイエンスライター 森 旭彦
【講演情報】
講演番号:18p‐A21‐2コーポレート・トランスフォーメーションを支える生産技術 Production Technology Supporting Corporate Transformation
- AGC株式会社
- 倉田 英之
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- 技術革新が牽引するAGCのコーポレート・トランスフォーメーション