3Dフラッシュメモリ開発のキーテクノロジー
クライオエッチングの反応メカニズムを解明

【発表概要】

  • 室温から−150°Cまでの広範な温度範囲でのSiO2膜のエッチング挙動を解析し,最適な温度制御がエッチング速度の向上に不可欠であることが明らかに
  • エッチング速度は温度に強く依存し,−100°C付近で最大化されるが,−150°CではSiFxの残留による効率低下が確認された

キオクシア株式会社 先端技術研究所の加藤有真氏,片岡淳司氏ら,および山梨大学による研究グループは,3次元フラッシュメモリの進化に向けた高精度なエッチング技術として,低温環境下で行うクライオエッチングに関する研究を実施した.室温から−150°Cまでの広範な温度範囲で,SiO2膜のエッチング挙動および表面状態の変化を解析し,温度がエッチング速度と反応生成物に及ぼす影響を明らかにした.実験結果からエッチング速度は温度に強く依存し,−100°C付近で最大化することが示された.また,−100°C以下ではエッチング速度が急激に低下し,特に−150°CではSiFxの残留によるエッチング効率の低下が確認された.フーリエ変換赤外分光法(FT‐IR)分析により,SiO2膜表面に生成されたH2OやH2F3,SiFxがエッチングプロセスにおける主要な反応生成物であることが特定された.これらの知見は,クライオエッチングを用いた高アスペクト比構造の加工プロセスにおいて,温度制御がエッチング速度の最大化に不可欠であることを示している.本研究の成果は,次世代メモリデバイスの製造プロセスにおいて,重要な技術的基盤となる.


3次元フラッシュメモリに欠かせないクライオエッチング

近年,3次元フラッシュメモリは情報に関わるすべてのテクノロジーの進化を支える上で重要なデバイスとして注目を集めている.従来の2次元メモリでは,メモリセルを平面的に配置するため,微細化の限界を迎えた.これに対し3次元フラッシュメモリは,メモリセル(※1)を縦方向に積み重ねることで,より高密度なデータストレージを実現する.これにより,より少ないスペースで大容量のデータを保存することが可能となり,スマートフォンやデータセンター,さらには人工知能(AI)や自動運転車など,膨大なデータ処理が必要とされる分野での応用が進んでいる.

※1 メモリセル デジタル情報を記憶するための基本単位である.各メモリセルはビット単位のデータを保存し,読み出しや書き込みが可能である.

3次元フラッシュメモリを実現するためには,高アスペクト比,すなわち高さに対して極めて狭い幅を持つ微細構造を精密に加工する技術が必要である.高アスペクト比構造の加工では,アスペクト比の増加に伴いエッチング速度が低下することが知られている.その中で注目されているのが,「クライオエッチング」だ.

「クライオエッチングが注目される理由は,そのエッチング速度にあります.特に低温環境で行うことで,エッチング速度が高くなり,加工効率が向上することが知られています.これまで使用されてきたフルオロカーボン(FC)系のガスではなく,HF/PF3ガス系を使用し,基板温度を−70°Cまで冷却すれば,室温に比べて約4倍のエッチング速度が得られるという先行研究があります.より低温の領域でエッチング速度がさらに増加する可能性もあり,それを明らかにすることは重要です」とキオクシア株式会社 先端技術研究所の加藤 有真氏は話す.

さらに,クライオエッチングの適用は生産性の向上だけではなく,環境負荷も低減することができる.エッチング処理には大電力が必要であるため,エッチング速度が高ければ,それだけ処理時間は短くなり,エネルギー消費を削減できる.さらに,地球温暖化係数の大きいFCガスの使用量を削減でき,環境への影響を軽減できるのだ.

「取り扱う情報量の増加に伴い,加工に要求されるアスペクト比がますます高くなっており,限界に近づいています.キオクシアでは,生産性の向上と環境負荷の低減を,基礎科学的なアプローチから探求し,実現していくことを大切にしています」とキオクシア株式会社 先端技術研究所の栗原 一彰氏は話す.生産性の向上と環境負荷の低減を兼ね備えたプロセスの最適化は,産業全体の技術発展においても非常に重要だ.

実際のエッチングで何が起きているのかを定量化

図1 実験装置の模式図

キオクシア株式会社と山梨大学の研究グループは,室温から−150°Cの低温領域におけるSiO2膜のエッチング挙動と反応メカニズムを調べた.研究の目的は,エッチング速度が温度に依存して変化する現象に注目し,低温環境下でのエッチングプロセスにおける反応生成物の挙動や,それがエッチング効率に与える影響を詳細に解明し,定量化することだ.実験はIn‐situ分析機構を備えた真空チャンバー内で,F2/Ar/H2の混合ガスプラズマを使用してSiO2膜に照射することで行われた(図1)SiO2膜の温度は室温から−150°Cまでを段階的に制御し,それぞれの温度でエッチングを行った.

エッチング後のSiO2膜の膜厚変化は,分光エリプソメトリ(※2)を用いて測定された.また,プラズマ照射による表面状態の変化は,フーリエ変換赤外分光法(※3)により解析した.これにより,温度がエッチング速度に与える影響を詳細に調査し,さらに各温度で生成された反応生成物の種類とその影響を明らかにする.

※2 分光エリプソメトリ 薄膜の厚さや光学特性を非接触で測定する手法であり,入射光の偏光状態の変化を解析することで,膜の特性を高精度に評価する.

※3 フーリエ変換赤外分光法(FT‐IR) 赤外線を用いて物質の分子構造や化学結合を解析する手法である.吸収スペクトルを取得し,物質の特定や構造解析に利用される.

実験の結果,SiO2膜のエッチング速度は温度に依存することが確認された(図2).室温から−100°Cまでの温度範囲では,温度が低下するほどエッチング速度が増加した.「先行研究で注目されていたHFイオンの挙動に基づいた温度依存性を詳しく調査しました.その結果,室温から−100°Cまでの範囲では,エッチング速度が増加し,同時にH2F3のピークも増加することが確認されました.この傾向は,これまでの研究結果とも一致していました」と加藤氏は解説する.

図2 SiO2膜クライオエッチングにおけるエッチング速度(ER)の温度依存性

一方,−100°Cから−150°Cの範囲では,さらに温度が低下するにつれてエッチング速度が減少し,特に−150°Cでは顕著にエッチング速度が低下することが観察された.FT‐IR分析によって詳細に調べたところ,エッチング後のSiO2膜表面には,SiO2膜中の酸素と気相からの水素が反応して生成された水(H2O)や,H2Oと気相からのフッ化水素(HF)が反応して生成されたH2F3が検出された.また,SiとFの反応生成物であるSiFx(x≦4)も確認された.しかし,−100°C以下の低温環境において,SiO2膜表面に生成されたSiFxが揮発しにくくなり,表面に残留するためにエッチング速度が低下することが明らかになった.

エッチング速度の向上に温度の制御が重要であることが明らかに

「低温環境下では,SiFxが揮発しにくくなり,膜表面に残留することが確認されました.この残留したSiFxが原因となり,HFが膜表面に十分に吸着できず,結果としてエッチング反応が進行しにくくなるため,エッチング速度が低下すると考えられます」と加藤氏は実験結果を解説する.特に−150°C付近では,H2F3のピーク吸光度が減少し,SiFxのピーク吸光度が増加したことから,SiFxの揮発性の低下がエッチング速度低下の主要因であると考えられるという(図3).

図3 SiO2膜クライオエッチングのエッチング挙動と予想反応メカニズム

本研究では,エッチング速度の向上において温度の制御が重要であることが明らかになった.「今回の結果から,−100°Cが最適な条件であることが示されており,これは今後のエッチングプロセスの制御向上において重要な知見です」と加藤氏は話す.今後はエッチング速度を最適化するための適切な温度を精密に制御する技術の開発が期待される.注目講演ではより具体的な数値について発表される予定だ.

文責 サイエンスライター 森 旭彦

【講演情報】

講演番号:18p‐A31‐16
F2/Ar/H2 ガス系を用いた SiO2 膜のクライオエッチングにおける反応メカニズム解明 Analysis of reaction mechanism of SiO2 film during cryogenic etching using F2/Ar/H2 gas plasma
  • キオクシア株式会社 先端技術研究所1
  • 山梨大学2
  • ○加藤 有真1
  • 片岡 淳司1
  • 齋藤 僚2
  • 飯野 大輝1
  • 福水 裕之1
  • 佐藤 哲也2
  • 栗原 一彰1

email: ABCyuma5|kato DEFkioxia|com

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