からだの中を定量化できる次世代CT技術
がんを含む,革新的診断技術に期待
【発表概要】
- フォトンカウンティングCT (PC‐CT) を開発し,脂肪肝ラットの肝疾患評価で有用性を実証
- X線のエネルギー情報を含む高精細な画像を取得でき,物質の同定や定量評価が可能
- ラットの脂肪肝における脂肪率推定で,病理検査に匹敵する推定値
供田崇弘氏ら金沢大学と東北大学,早稲田大学,プロテリアル株式会社の共同研究チームは,フォトンカウンティングCT(PC‐CT)を開発し,脂肪肝ラットの肝疾患評価を行い,その有用性を実証した.PC‐CTはX線を光子単位で検出し,X線のエネルギー情報を含む高精細な画像を取得できる.従来のCT撮像ではできなかった,物質の同定や定量評価が可能となり,医療分野において革新的な技術診断となることが期待される.今回の研究では,健常ラットと脂肪肝ラットにガドリニウム造影剤を投与し,PC‐CTを用いた肝臓の生体外イメージングを実施し,脂肪肝における脂肪率を推定.病理検査との比較において推定値がほぼ一致することを確認した.PC‐CTによる診断法は,MRIを利用できない患者にも適用可能な新たな診断手段として有望である.
従来のCTは物質の特定と定量化が課題
肝臓疾患は世界中で多くの人々の健康に影響を及ぼしており,特に脂肪肝(※1)や肝硬変(※2),肝臓がんなどが主要な疾患として挙げられる.これらの疾患は,早期発見と正確な診断が患者の治療成績を大きく左右するため,診断技術の進歩が求められている.従来のX線CT(※3)は,体内の構造を非侵襲的(切開するなど,身体に傷をつけない方法)に画像化する技術として広く使用されている.「従来のCTは,撮影する組織の密度の違いを可視化することには優れていますが,組織内部にある物質の種類を特定したり,その量を具体的に推定することは非常に難しい.X線のエネルギー情報を取得することができないからです」と供田崇弘氏は説明する.
※1 脂肪肝 肝臓に過剰な脂肪が蓄積する疾患.
※2 肝硬変 肝臓の慢性疾患の一つ.肝細胞が慢性的に損傷を受けることによって正常な肝組織が繊維化し,肝臓が硬化する疾患.
※3 X線CT Computed Tomography X線を照射し,物質の透過率の違いから物質の内部を非破壊的に調べる技術であり,医療分野など様々な分野で用いられている.
従来のX線CTは,物質に照射されたX線の総減弱量を検出器によって計測し,画像化することで撮像する.この総減弱量を示すのが,X線が検出器に到達する際の信号を積分して算出される「CT値」だ.CT値は,物質の密度や厚さに依存する.しかし,CT値は単一のエネルギー情報しか提供しないため,物質の同定や定量的な評価において必要な,異なるエネルギーのX線に対する,物質の減弱特性を捉えることができない.
供田氏らが開発する「フォトンカウンティングCT(Photon‐Counting CT, PC‐CT)」は,X線を光子単位で検出し,そのエネルギー情報を取得することで,物質の同定や定量的な評価を実現する.供田氏は,「X線のエネルギー情報を取得することで,体の中にどんな物質があるかを特定し,その濃度を評価することができます」と話す.
ラットの脂肪肝を識別,脂肪率も正しく推定
今回の研究において供田氏ら金沢大学,東北大学,早稲田大学,およびプロテリアル株式会社の共同研究チームは,PC‐CTを用いて脂肪肝ラットの肝疾患評価を行った.
実験では,まず健常ラットと脂肪肝ラットを準備した.脂肪肝ラットは,高脂肪食を4週間与えることで作成した.次に,各ラットに対し,健常な肝臓に特異的に集積するガドリニウム造影剤(Gd‐EOB)を2.0 ml静脈注射した.その後,肝臓を摘出し,PC‐CTを用いて生体外でイメージングを実施した.PC‐CT画像は,健常ラットと脂肪肝ラットの肝臓を造影剤注入前後で取得し,それぞれ画像解析を行った.
解析の結果,健常ラットの肝臓ではガドリニウム造影剤が肝臓全体に蓄積したことが確認された(図1).数値としては,1‐5 mg/mlのガドリニウムが蓄積していた.一方,脂肪肝ラットでは有意なガドリニウムの蓄積が見られず,その濃度は1 mg/ml未満であった.「これらの結果は,PC‐CTを用いて脂肪肝と健常肝臓を識別できたことを示しています」と供田氏は振り返る.
続いて供田氏らは,PC‐CTのX線のエネルギー情報を使って,造影剤を注入していない健康な肝臓と脂肪肝ラットの肝臓の脂肪率を推定した(図2).その結果,健常ラットの脂肪率は約7%であり,脂肪肝ラットの脂肪率は約56%と推定された.
さらに供田氏らは病理検査によってこれらの肝臓の脂肪率を推計した(図3).「推計の結果,脂肪肝の脂肪率は51.9±6.5%,健康な肝臓の脂肪率は7.2±1.6%であり,PC‐CTによる脂肪率の推計と誤差範囲で一致していることが確認されました」と供田氏は振り返る.この結果は,PC‐CTを用いて定量化された脂肪率の妥当性を証明するものである.
次のステップは,生体内の撮影と2次元アレイ検出器の開発
実験により,PC‐CTがラットにおける肝疾患,特に脂肪肝の定量評価において有用であることが示された.今後は臨床応用の可能性を探るべく,生体内の撮影を行うこと,検出器の改良を進めるという.
今回は生体外でのイメージングに焦点を当てていたが,次のステップでは生体内での実験を行うことで,実際の医療現場での応用可能性を探りたいという.「肝臓を摘出せずに生体内でのCT撮影を行い,より臨床に近い環境でPC‐CTを実証していきたい」と供田氏は話す.さらに,診断精度と速度をさらに向上させるための技術開発も進める.「現在は1次元アレイ(一列に配置された検出器)を使用しているため撮影に時間がかかっています.今後は2次元アレイ(縦横に配置された多方向の検出器)を用いた検出器を開発し,より広範囲で迅速な撮影を実現したい」と供田氏は今後の展望を語る.
PC‐CTは,ペースメーカーを利用しているなどでMRI(※4)を利用できない患者に対し,有用な診断技術になるという.さらに造影剤を変えることで,肝疾患にとどまらない,さまざまな疾患を診断できる可能性がある.
※4 MRI (Magnetic Resonance Imaging) 磁気共鳴画像 強力な強い磁石と電磁波を使用し,体内の詳細な画像を非侵襲的に取得する医療用画像診断装置
将来,PC‐CTが医療現場での標準的な診断手段として活用されれば,肝疾患のみならず,さまざまな病気の早期発見と治療効果の向上が実現するだろう.人々の健康寿命を大きく伸ばすことのできる,次世代の診断技術として成長していくことが期待される.
文責 サイエンスライター 森 旭彦
【講演情報】
講演番号:17a‐D62‐5肝疾患評価を目指したフォトンカウンティングCTによる脂肪肝ラットの生体外イメージング Ex vivo imaging of fatty liver rats using photon‐counting CT for evaluation of liver disease
- 金沢大学1
- 東北大学2
- 早大理工3
- プロテリアル4
- ○供田崇弘1
- 有元誠1
- 佐藤大地2
- 伊藤優希1
- 大島美礼1
- 古田優1
- Fitri Lucyana1
- 川嶋広貴1
- 小林聡1
- 奥村健一朗1
- 片岡淳3
- 皆川遼太郎3
- 寺澤慎祐4
- 塩田諭4
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