東大研究グループ,光デバイスの可能性を開拓
UWBG半導体材料の酸化ガリウムで

【発表概要】

  • 超ワイドバンドギャップ(UWBG)半導体材料として注目されている,
    酸化ガリウム α‐Ga2O3 を用いたシングルモード導波路の作製と光導波の観測に成功
  • 新しいフォトニクス材料として検討され始めた酸化ガリウムの応用可能性を拡げた

東京大学先端科学技術研究センターの飯嶋航大氏(修士課程)ら,および生産技術研究所,東大院総合文化の研究グループは,酸化ガリウム (Ga2O3) の準安定相である α‐Ga2O3 を用いたシングルモード導波路の作製と,その光導波の観測に成功した.フォトニクス材料としては十分な検討が行われてこなかった α‐Ga2O3 を新しい光回路のプラットフォームとして提案した.ミストCVD法によりサファイア上に成長させた α‐Ga2O3 に対して,反応性イオンエッチングにより導波路構造を作製し,グレーティングカプラを介した面外結合を通じて,光導波を観測した.現時点では,赤色光(波長633 nm)および緑色光(波長532 nm)に対するシングルモード導波路の作製と光導波の観測に成功している.今後は,導波路特性の定量評価に加え,より高性能な導波路を目指して加工技術の最適化を行う予定である.


酸化ガリウムを光デバイスに応用する

広いバンドギャップを持つ酸化ガリウム (Ga2O3) は「超ワイドバンドギャップ(UWBG)半導体」材料として知られ,次世代のパワーデバイス材料として注目されている.従来の半導体材料であるシリコン (Si) や炭化ケイ素 (SiC) に比べ,高耐圧・低損失という特性を持ち,特に高電圧が要求される電力変換器やスイッチングデバイスの分野での応用が期待されている.また,酸化ガリウムは,深紫外 – 近赤外領域で透明であるという性質を持つことから,さまざまな波長で機能する光回路プラットフォームとしても検討が始まった.

「可視光導波路の材料といえばアモルファス窒化シリコン(SiN)が広く利用されていますが,組成や歪の制御が必要です.一方で,今回の研究では結晶性の酸化ガリウムを光導波路の材料として採用したため,安定した光学特性を得やすいと考えられます.また,半導体として機能するため,様々なアクティブ素子との融合も将来的に可能になると期待できます」と東京大学先端科学技術研究センターの飯嶋航大氏は話す.

酸化ガリウムにはいくつかの結晶相(※1)が存在し,その中でも最も安定した相である β‐Ga2O3 から,可視光導波路としての研究が始まった.しかし,β‐Ga2O3 導波路の研究は十分に進展しているとは言えず,シングルモード性(※2)の議論は不十分であり,高効率な光導波の実現にも課題が残る.一方で,準安定相を使った光回路の研究もほとんど進展しておらず,広い視点からの研究開発が求められている.その中でも,準安定相の一つである α‐Ga2O3 は,β‐Ga2O3 よりも広いバンドギャップ(5.3eV)と高い屈折率を持ち,光回路プラットフォームとしてさらに優れた性能を示す可能性がある.

※1 結晶相 物質が結晶として存在する際にとる特定の構造.原子や分子が規則的に配列した状態(結晶格子)の種類や対称性によって異なる.

※2 シングルモード 光ファイバーや導波路などの光伝送デバイスにおいて,光が一つの特定のモードで伝搬する状態

ミストCVD技術で酸化ガリウムの大面積・高品質薄膜を実現

こうした背景から,飯嶋氏らは準安定相の α‐Ga2O3 に注目し,特に可視光領域におけるシングルモード導波路の作製と光導波の観測を試みた.酸化ガリウムの優れた光学特性を活かし,光回路デバイスの次世代プラットフォームとしての可能性を探る研究だ.

実験におけるデバイス作製では,まずミストCVD法を用いて,c 面サファイア基板上に厚さ約200 nmの高品質な α‐Ga2O3 薄膜を成長させた.ミストCVD法は,霧状の前駆体溶液を加熱した基板上に供給し,化学反応により薄膜を成長させる手法だ.このプロセスは,真空環境を必要としないため,製造プロセスにおけるエネルギーコストを低減できるという利点がある.「ミストCVD法を使うことで,比較的低温で高品質な α‐Ga2O3 の薄膜を作ることができます.また,サファイア基板上で単結晶の薄膜が形成でき,非常に高品質な膜が得られます.日本発の技術であり,企業でも開発が進んでいます」と飯嶋氏は説明する.

次に,PECVD法(※3)を用いて,α‐Ga2O3 薄膜上に二酸化ケイ素 (SiO2) の犠牲層を形成した.続いて,リフトオフプロセスを利用し,ニッケル (Ni) マスクを作製した.この Ni マスクを用いて,塩化ホウ素 (BCl3) および塩素ガス (Cl2) による混合ガスを使用した反応性イオンエッチング(RIE)を行い,シングルモードの導波路構造を形成した.最後に,フッ化水素酸 (HF) により SiO2 犠牲層と Ni マスクを除去し,導波路構造を作製した.導波路は幅1 µmのハイメサ構造を持ち,グレーティングカプラが両端に配置されている(図1).「サブ波長スケールの寸法で作製する必要のあるグレーティングカプラを導波路に装荷するために,エッチング耐性に優れた Ni をマスクとして採用し,デバイスの試作を行いました.また,グレーティングカプラを介した空間モードと導波モードの結合技術は,端面結合と比較して位置ずれに対する許容範囲が広く,導波路の自動テストとの相性が良いため,産業応用に向けて重要な技術です」と飯嶋氏はこのプロセスについて補足する.

図1 作製された導波路のSEM画像.鳥瞰図(左)と拡大図(右)

※3 PECVD法 化学気相堆積法(CVD法)の一種.プラズマを利用して化学反応を促進させ,基板上に薄膜を堆積させる手法

作製された導波路の,SEM測長(※4)の構造パラメータを使った固有モード計算によって導かれる分散曲線から,本構造がTE偏光のシングルモード導波路であるとがわかった.続いて,空間光学系を用いて,波長633 nmの赤色レーザー光を導波路端のグレーティングカプラに垂直入射させたところ,他方のグレーティングカプラからの光出射を観測した(図2).

図2 光導波を示すCCD像

※4 SEM測長 走査型電子顕微鏡(SEM)を使用して,微細構造の寸法や形状を測定すること

酸化ガリウムによる曲げ導波路も実証

同様のプロセスを用いて,曲げ半径20 µmの曲げ導波路を作製した.本構造に対して,片方のグレーティングカプラにy偏光の赤色光を入射したところ,もう一方のグレーティングカプラからx偏光の光出射を観測した(図3).TE偏光の光導波路であるという固有モード計算の結果を裏付ける結果である.

図3 曲げ導波路における導波を示すCCD像

「ラフネス(表面の粗さや微細な凹凸構造)を低減することで,さらなる光損失,散乱の抑制が期待できます」と飯嶋氏は指摘する.今後の研究では,側壁ラフネスの低減や,導波路の高性能化に向けたプロセスの改善を行い,より低損失で効率的な光導波路の開発を目指すという.

今後はUWBG半導体である酸化ガリウムの特徴を活かした,革新的なフォトニクスデバイスの開発が進むことが期待される.「日本は α‐Ga2O3 の成長技術で世界をリードし,高品質な結晶をつくるための高度な技術を持っています.成長技術に関する研究に留まらず,デバイス作製の基礎・応用研究も行っていくことで,日本から酸化ガリウムを盛り上げていきたいです.パワーデバイスに限らず,光デバイスとしての酸化ガリウムの有用性を証明できれば,大きな産業になると思います」と飯嶋氏は期待する.

今回の研究は,酸化ガリウムの優れた導波路材料としての可能性を示したものだという.小型の導波路を作製できる点からも,オンチップバイオセンサー(※5)など,近紫外 – 可視光を利用した応用が期待される.高い結晶品質を活かし,高性能なデバイスが作製できれば,窒化シリコンを代替する材料になる可能性もある.今後は結晶性の材料として他材料と比較して性能の差がどこまで出せるかが重要だろう.より良質な結晶が得られれば,従来の材料を遥かに超える性能を実現する可能性もある.

※5 オンチップバイオセンサー 半導体チップに集積された微細なバイオセンサー.バイオセンサーは,化学物質や生物学的分子を検出し,それを電気信号や光信号などの測定可能な出力に変換するセンシングデバイス.

文責 サイエンスライター 森 旭彦

【講演情報】

講演番号:20p‐A22‐12
可視光領域におけるシングルモード α‐Ga2O3 導波路の作製と光導波の観測 Fabrication of single‐mode α‐Ga2O3 waveguides and observation of the light propagation in the visible region
  • 東大先端研1
  • 東大生産研2
  • 東大院総合文化3
  • ○(M2)飯嶋 航大1
  • 大槻 秀夫1
  • 池 尙玟2
  • 神野 莉衣奈1,3
  • 深津 晋3
  • 岩本 敏1,2

email: ABCk-iijima DEFiis|u-tokyo|ac|jp

応用物理学会学術講演会へのご参加は申込みページから
応用物理学会学術講演会参加申込み
2024年 第85回応用物理学会秋季学術講演会
17件の注目講演プレスリリース