鉛フリーで低環境負荷と高効率を実現
銅系発光材料で切り拓く新たな光デバイスの可能性
【発表概要】
- 鉛を含まない,環境に優しい高効率発光材料 (TMS)3Cu2I5 で高い蛍光量子収率の発光特性を実現
- ミストデポジションにより,大面積で高品質な薄膜形成が可能に
- LEDやシンチレータなどの次世代光デバイス性能向上が期待される
京都工芸繊維大学の渡邉啓佑氏(博士課程)は,新規の有機無機ハイブリッド銅 (Cu) 系メタルハライドである (TMS)3Cu2I5 の薄膜形成と光学特性評価に成功した.本研究では,ミストデポジションを用いて高品質な (TMS)3Cu2I5 薄膜を形成し,優れた発光特性を実証.紫外光照射下で黄色の強い発光を示し,蛍光量子収率は46.0%と高く,単結晶と薄膜の両方で一貫した特性を持つ.また,大気中で保存しても長期間安定した性能を維持することができる.さらに (TMS)3Cu2I5 は,人体や環境に有害な鉛を含まないため,環境に優しい発光材料でもある.LEDやシンチレータといった光学デバイスへの応用が見込まれ,LEDの効率向上やシンチレータの高感度化が期待される.
人体・環境に優しい発光材料としての銅系メタルハライド
有機ELディスプレイ,有機半導体レーザー,量子ドットやLEDに用いられる,高性能・高効率の発光材料の開発競争が加熱している.たとえば近年,主に太陽電池材料として注目されてきた無機ハライドペロブスカイト系材料である CsPbX3 (X = Cl, Br, I) は,その優れた光学特性と容易な薄膜形成プロセスにより,発光材料としても多くの注目を集めている.CsPbX3 は,ハロゲン元素の組成比を調整することでバンドギャップが制御でき,それに伴って可視光全域で発光色を制御することができる.そのため,LEDやシンチレータなど様々な光学デバイスへの応用が期待されている.しかし,この材料には人体や環境に有害な鉛 (Pb) を含むという重大な欠点があり,その使用には制約が伴う.また,デバイス応用上重要な薄膜での蛍光量子収率(※1)が約10%程度にとどまるという課題もある.
※1 蛍光量子収率 材料が吸収した光子の数に対して,放出した蛍光光子の数の割合を示す指標
京都工芸繊維大学の渡邉啓佑氏(博士課程)らは,次世代の発光材料として,銅系の発光材料に注目し,研究を進めてきた.渡邉氏らが注目する銅系発光材料に,高効率発光を示す有害元素フリーの銅系メタルハライド材料である Cs3Cu2I5 がある.この材料は,鉛を含まず,UV照射下で青色の発光(440 nmピーク)を示し,薄膜での蛍光量子収率が80%に達するという優れた特性を持ち,さらに高い大気安定性を持つ.しかし,Cs3Cu2I5 は,バンド端発光ではなく自己束縛励起子(self‐trapped exciton)による異なるメカニズムに由来する発光であるため,ハロゲン元素の置換による発光色の制御では可視光全域での発光波長制御が困難という課題がある(図1).
「こうした背景のなかで,優れた発光特性と高い安定性を維持しながら可視光全域での発光波長制御を実現するために,有機無機ハイブリッド銅系メタルハライドである (TMS)3Cu2I5 (TMS: trimethyl sulfonium) に注目しました」と渡邉氏は話す.この材料は,2023年に新たに報告されたもので,UV下で黄色の発光を示し,単結晶での蛍光量子収率は26.9%と高い値を示す.また,高い大気安定性を持つことから,長期間にわたる安定した性能も期待できるという.
渡邉氏らは,(TMS)3Cu2I5 の薄膜を形成し,その光学特性を評価することで,新たな発光材料としての可能性を探った.そしてミストデポジションを用いることで,高品質な薄膜を効率的に形成し,デバイス応用における利点を最大限に活用することを目指した.
ミストデポジションによる高品質薄膜の成膜
ミストデポジションは,前駆体溶液から数µm以下の微小なミストを用いて薄膜を形成する手法だ(図2).この方法は,被覆性の高い高品質な薄膜を形成できるだけでなく,非真空・大気圧下で成膜が可能なため真空装置を必要とする装置に比べて低消費電力であり,さらに装置構成がシンプルなためランニングコストが低コストであるという利点がある.
「これらの材料の成膜方法はスピンコートや真空蒸着が主流ですが,前者は膜中に小さな欠陥が生じたり,被覆ができないといった短所が,後者は真空装置の消費電力の課題があります」と渡邉氏は説明する.真空装置を用いないミストデポジションは,断続的にミストを供給できることから,これらの欠点をカバーできるという.また,有機無機ハイブリッド材料は,無機材料に比べて熱耐性が低く,分解しない低い温度で成膜しなければならないという制約がある.しかしミストデポジションでは室温から高温まで幅広い温度帯に対応できるため,これらの制約も満たすことができるという.「繰り返しミストを吹き付けることで,シンチレータ分野で要求されるµmオーダーの厚膜の形成も可能です.さらに,ミストを噴出するノズルの幅を広く設計すれば,産業化を考慮した大面積対応も可能です」と渡邉氏は補足する.
ミストデポジションは均一で高品質な薄膜を形成できること,低消費電力であること,装置構成がシンプルであることがデバイス製造のスケールアップに適している.さらに,前駆体溶液に他の元素や化合物を混ぜるだけで,簡単に混晶やドーピングが可能であることも材料設計に柔軟性をもたらす.「ミストデポジションはCVD反応を利用した高品質な酸化物の薄膜成長にも用いられており,スマートデバイスの液晶ディスプレイやタッチセンサーなどに用いられるITOなどの透明導電膜の形成も可能です.これらを組み合わせることで,ミストデポジションのみで一連のデバイス作製を完結させることもできます」(渡邉氏)
従来の鉛系材料を上回る発光特性を実現
渡邉氏はミストデポジション法によって成膜された,(TMS)3Cu2I5 薄膜(図3)の光学特性評価を行った.PL測定の結果,552 nmをピークとするブロードな発光が観測された(図4).また,PLE測定では287 nmと313 nmにピークがあり,1.72 eVの大きなストークスシフトが確認された.この結果は,(TMS)3Cu2I5 薄膜が発した光による自己吸収が起こらないため,効率的な黄色発光につながることを示している.次に,(TMS)3Cu2I5 薄膜の蛍光量子収率についても評価を行った.すると蛍光量子収率は310 nm励起光下で46.0%の値が得られた.この結果は,(TMS)3Cu2I5 が薄膜においても効率の良い発光特性を有していることを示している.「従来の鉛系発光材料の薄膜は,良くても10%前後の蛍光量子収率だったので,それらに比べるとかなり高い値だと言えます.これまで私が研究を進めていた Cs3Cu2I5 も薄膜で80%以上の高い蛍光量子収率を示しており,銅系発光材料の強みだと考えています」と渡邉氏は話す.
ミストデポジション法を用いた (TMS)3Cu2I5 の薄膜は,環境に優しい次世代の発光材料として,LEDやシンチレータなどの光学デバイスへの応用が期待される.とくにミストデポジション法の利点を最大限に活用することで,材料研究にとどまらず産業分野での大型化などの要求にも答えられるだろう.
「いかに優れた材料であっても,デバイス応用には薄膜形成技術が必要不可欠だと考えています.その点では今回の研究は大きな価値を生み出せたのではないかと感じています.今後はLEDなどの光学テバイスの作製にも力を入れたいと考えています.また,ミストデポジションはまだまだマイナーな薄膜形成技術だと思うので,これを機により注目されると嬉しいですね」と渡邉氏は期待を語る.
文責 サイエンスライター 森 旭彦
【講演情報】
講演番号:18a‐B1‐4ミストデポジションによる有機無機ハイブリッド (TMS)3Cu2I5 の薄膜形成と光学特性評価 Deposition and optical properties of organic‐inorganic hybrid (TMS)3Cu2I5 thin film by Mist deposition
- 京工繊大1
- ◯渡邉 啓佑(D)1
- 西中 浩之1
email: ABCd2822004 DEFedu|kit|ac|jp
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