励起子で多様な量子物性を観測する

【発表概要】

  • ツイスト二層二セレン化モリブデン (MoSe2) を用いた二次元半導体モアレ系において,新たな量子状態を発見
  • 電場により制御可能なハイブリッド励起子状態の形成を確認
  • モアレ格子系を量子シミュレータへ応用する上で画期的な発見

東京大学大学院 工学系研究科附属 量子相エレクトロニクス研究センター 特任准教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター ユニットリーダーの島崎佑也氏らの研究グループは,ツイスト二層二セレン化モリブデン (MoSe2) を用いた二次元半導体モアレ系において,新たな量子状態を発見した(研究当時所属 ETH Zurich:スイス連邦工科大学チューリッヒ校).本研究では,モアレ超格子構造により相対的に強化された電子間のクーロン相互作用が,電荷秩序を伴った多体物理現象を引き起こすことが明らかにされた.特に励起子と呼ばれる準粒子をセンサーに用いることで光測定を用いた多体電子状態の検出を可能にした.また単層六方窒化ホウ素 (hBN) バリアを介した二層MoSe2のトンネル結合が,電場により制御可能なハイブリッド励起子状態や励起子–正孔フェッシュバッハ共鳴を形成することを発見した.光と静的な分極を結合させるハイブリッド励起子状態は,光子間や励起子間の相互作用の増強,光による高感度な電子系のセンシングに有用であり,励起子–正孔フェッシュバッハ共鳴は励起子と正孔の間の相互作用の精密な変調に有用である.これらの成果は,電子や励起子から構成される量子シミュレータへの応用や,励起子による新しいセンシング技術の開発,二次元物質による非線形光学への展開に向けたさらなる発展を期待させる内容である.


励起子をセンサーとして利用し,量子物性を探る

「私の研究は半導体における励起子(共鳴)をセンサーとして利用する方法を探求することです.たとえば,励起子の共鳴のエネルギーシフトを観測することで,系内の電子の密度を評価することが可能です.励起子そのものの物性だけでなく,それをセンサーとして利用することで,さまざまな系の電子相関の状態を解明することができるのです」と東京大学大学院 工学系研究科附属 量子相エレクトロニクス研究センター 特任准教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター ユニットリーダーの島崎佑也氏は話し,その利用先に「量子シミュレータ」を挙げる.

量子シミュレータは,量子力学に基づく複雑な物理現象を模倣し,実験的に再現するためのツールのことだ.特定の量子系を模倣するために設計されるもので,従来の実験や理論計算では扱いが難しい量子現象の理解と予測が可能になる.「冷却原子系」(原子を極低温まで冷却した系),量子ビットなどを実現する「超伝導回路」,光子(フォトン)を利用する「フォトニック量子シミュレータ」など,さまざまな量子物性を用いた量子シミュレータがすでに提案・開発されており,物性物理や量子情報処理など,幅広い分野における技術開発に欠かせないものになっている.

島崎氏が注目するのは,二次元材料を用いたモアレ格子系(※1)を,量子シミュレータを含む,新しい物理プラットフォームとすることだ.モアレ格子系は,異なる結晶構造を持つ二次元材料をわずかに異なる角度で積層することで生じる周期的な干渉パターン(図1)のことであり,この構造が電子や励起子(※2)といった準粒子(※3)に対して特異な量子物性を引き起こすことが知られている.モアレ格子系の研究は,ツイスト二層グラフェンを用いた「魔法角」(※4)でも知られるが,強相関電子状態(※5),超伝導(※6),磁性といった多体現象を観察する上で非常に有効であることが,さまざまな先行研究によって示唆されている.

図1 二次元材料によるモアレ格子系

※1 二次元材料を用いたモアレ格子系 二次元材料(非常に薄い層状の物質)を重ね合わせたときに生じる,周期的な干渉パターン(モアレパターン)を利用した構造

※2 励起子 1つの電子と1つのホール(正孔)が結合して形成される準粒子

※3 準粒子 物理学において,複雑な系の中で現れる集団的な挙動を,あたかも個々の独立した粒子のように扱う概念のこと

※4 魔法角 ツイスト二層グラフェン構造において,上層と下層のグラフェンシートを特定の角度で回転させたときに現れる特異な物理現象に関連する概念

※5 強相関電子状態 物質中で電子同士の相互作用が非常に強く,電子の振る舞いが独立した単独の電子ではなく,集団としての挙動によって支配される状態や物質相.高温超伝導物質や分数量子ホール系が知られる.

※6 超伝導 特定の物質が非常に低い温度で示す現象であり,電気抵抗が完全にゼロになり,内部を流れる電流がエネルギー損失なく永続的に流れ続ける状態を指す.また,超伝導状態ではマイスナー効果と呼ばれる特異な磁気現象も現れる.

島崎氏は,遷移金属カルコゲナイド(TMDs)であるモリブデンジセレナイド(MoSe2)に焦点を当てる.単層六方窒化ホウ素(hBN)のトンネル障壁を持つツイスト二層MoSe2構造(図2)では,モアレ格子の効果によりクーロン相互作用(※7)が相対的に強化され,強相関電子状態が形成されることを発見した.

図2 単層六方窒化ホウ素(hBN)のトンネル障壁を持つツイスト二層MoSe2構造
I. Schwartz*, Y. Shimazaki* et. al., Science 374, 336 (2021)

※7 クーロン相互作用 電荷を持つ粒子間に働く力,すなわち電気的な引力や斥力

島崎氏らの研究グループは,光学顕微分光法を用いて励起子ポーラロン(※8)のエネルギーシフトを解析し,各層におけるキャリア密度を独立に測定することに成功した.この測定により,モアレ超格子が形成するサブバンド構造(※9)が明確に観測された.さらに,垂直電場を制御し,二層間のエネルギー離調子を変化させると,モアレ格子あたり1電子が存在する充填率(フィリング)ν=1 の状態で急激な電荷移動が観測された.この現象は,クーロン相互作用によって引き起こされる強相関電子状態の存在を示唆している.また,充填率 ν=2 の状態では,エネルギー離調子がゼロに近い点における電荷移動に安定化したプラトー構造(※10)が観測され,これも強相関電子状態の存在を裏付ける証拠となった.

※8 励起子ポーラロン 励起子と電子雲との相互作用により形成される複合準粒子

※9 サブバンド構造 半導体や量子井戸などの低次元材料において,電子や正孔が占めるエネルギー準位が量子化され,複数のエネルギーバンド「サブバンド」が形成される現象

※10 プラトー構造 特定の物理量がある範囲内で一定値を保つ構造や状態.量子ホール効果などで観測される.

「この研究では,一般的な電気伝導ではなく,光学顕微鏡を用いたことも重要です.従来の方法では,材料の不均一性に起因する問題がありましたが,光学顕微鏡を用いたアプローチでは,仮に10マイクロメートルの試料をつくったとして,その中で均一な部分を探し,実験ができるというのは非常に利便性が高いです」と島崎氏は話す.

また島崎氏らは,励起子共鳴をセンサーとして利用することによって,新しい電荷秩序を発見した.励起子のウムクラップ散乱を通じて,これらの充填率における電荷秩序の存在を確認した.ウムクラップ散乱は周期的なポテンシャルによって引き起こされる現象であり,この観測により,モアレ格子内の電子が周期的な電荷秩序を形成していることが示された(図3).このような電荷秩序の観測は,モアレ超格子系における多体物理の理解をさらに深める重要な発見である.

図3 モアレ格子内の電子が形成する周期的なサブバンド構造

また島崎氏らは,単層六方窒化ホウ素(hBN)のトンネル障壁(※11)を介した正孔のトンネル結合により,ハイブリッド励起子状態(異なるタイプの励起子が相互作用して形成される複合的な状態)が形成されることを突き止めた.ハイブリッド励起子状態は,電子と正孔が同じ層の中に存在する「層内励起子」,電子と正孔が異なる層に跨って存在する「層間励起子」,この2つの準粒子の混合状態である.二層間の正孔のトンネル結合によって実現され,通常は両立しないような複数の励起子の特性を併せ持つことが特徴である.

※11 トンネル障壁 量子力学的なトンネル効果において,粒子が透過することができる障壁(バリア)のこと

ハイブリッド励起子状態は光との結合が強く(層内励起子において電子と正孔が空間的に接近していることによる),かつ励起子間の相互作用も強い(層間励起子において電子と正孔が空間的に離れていることから生じる永久双極子モーメント〈※12〉による)という両方の性質を持つ.「それゆえ,励起子間の相互作用を介して光子間の相互作用を増強することが可能であり,光子間の相互作用が重要となる非線形光学効果の研究へ応用可能性があると考えられます」と島崎氏は話す.さらにハイブリッド励起子状態は永久双極子モーメントを持つことから周囲の系による静電遮蔽の影響を受けやすく,光との結合が強いことから,高感度に電子系をプローブするためのセンサーとして有用であると考えられるという.このような高感度な電子系のプローブは,電子系で量子シミュレータを構築した際の電子状態の検出にも期待ができる.

※12 永久双極子モーメント 特定の分子や原子内で正電荷と負電荷が完全には打ち消し合わず,空間的に分離されているために生じる電気双極子モーメント

「励起子の共鳴エネルギーは周囲の電子密度や環境条件に敏感に反応します.この特性を利用して,励起子をフェルミオン系(電子系)のセンサーとして用いる量子シミュレータが実現できます.たとえば励起子の共鳴エネルギーシフトを観測することで,材料中の電子密度や強相関電子状態を間接的に測定することが可能です.また,モアレ超格子系における強相関状態や電場制御による量子相の変化を高精度で解析できます.さらに,トリオン(※13)という状態を利用することによって,評価だけでなく,系の状態を操作することも可能になるかもしれません.これらの仕組みを使うことで,新しい量子物性の発見に貢献できると考えています」と島崎氏は話す.

※13 トリオン 3つの荷電粒子(例えば,2つの電子と1つのホール,または1つの電子と2つのホール)が結合した複合粒子

今後の研究では,他の二次元材料との組み合わせによる新しい物性の探索や,量子シミュレータの開発に寄与する,さらなる量子効果の制御技術の開発が期待される.

文責 サイエンスライター 森 旭彦

【講演情報】

講演番号:17a‐A35‐4
Electronic and excitonic properties of semiconductor bilayer moiréé system revealed by optical spectroscopy 光学分光により明らかになった半導体二層モアレ系の電子・励起子物性
  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター(CEMS)1
  • 東京大学大学院工学系研究科2
  • ○島崎佑也1,2

email: ABCyuya|shimazaki DEFriken|jp

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