未来の材料を創るロボット
超伝導合金合成を革新する自動アーク炉システム

【発表概要】

  • 超伝導合金の合成プロセスを高速かつ高精度に自動化する「自動アーク炉システム」を開発
  • ベイズ最適化を用いて,合成条件の効率的な探索と再現性向上を図る
  • 自律的な材料探索システムへの応用を目指す

寺嶋健成らの研究グループ(NIMSおよび筑波大学)は,超伝導合金試料の合成プロセスを効率化するために,アーク炉を用いた自動合成システム「自動アーク炉システム」を開発した.本システムは,従来手動で行われていた秤量,搬送,真空引き,アーク放電,試料取り出しの各プロセスをロボットによって自動化し,固体材料の高速かつ高精度な合成を実現する.この研究は,機械学習を活用した機能性材料の探索が急速に進む中で,物質開発におけるボトルネックを解消する新たなアプローチとして重要である.研究グループは,ベイズ最適化を用いて合成条件を最適化し,実験および合成物の再現性向上を目指している.本研究成果は,材料科学における自動化技術を活用した新たな物質探索の可能性を大きく広げるものとして期待される.


固体材料開発は自動化が遅れている

超伝導とは,物質が特定の低温状態において電気抵抗が完全にゼロとなる現象を指す.この性質により,電流を損失なく流すことが可能となり,送電中のエネルギーロスを大幅に削減できるため,長距離送電や高効率なエネルギー輸送において大きな利点がある.また,超伝導体は強力な磁場を生み出すことができるため,MRI(磁気共鳴画像法)やリニアモーターカーのような磁場応用技術,高エネルギー物理学の分野での加速器など,多岐にわたる応用が期待されている.さらに,量子コンピューティングや超高感度センサーといった,次世代の革新的技術にも超伝導体の利用が進められている.

超伝導体の特性はその組成や構造に大きく依存しており,最適な合成条件を見出すことが技術開発の鍵となっている.寺嶋健成氏らは,固体材料開発の自動化・自律化技術を開発している.中でも注目しているのが,超伝導合金試料の合成だ.

「昨今の機械学習技術の進展により,蓄積された実験データを基に多くの材料候補が提示されるようになりました.しかし,その中には実際には合成が困難であったり,現実に即していないと思われるものも含まれています」と寺嶋氏は話す.機械学習は既存のデータ範囲内で網羅的に予測を行うため,その結果が未知の条件下でも正確である保証はなく,実験による検証が不可欠だ.特に超伝導体においては,NIMSの超伝導材料データベース「SuperCon」が機械学習の教師データに適する形で公開されていることもあって,様々な機械学習モデルと予測が,実験による検証が追いつかないままに乱立している状態なのだという.

「すでにバイオ(液体)や化学(液体),薄膜(蒸着)などの分野では探索から実験,特性評価までの自動化・自律化が一部で実現されていますが,超伝導合金を含む固体材料開発における合成や特性評価の自動化は,依然として課題となっています」と寺嶋氏は指摘する.異種原料の混入を許さないことが求められ,かつ一般にプロセスが複雑になりがちな固体材料開発においては,昨年に米国で酸化物固体試料の自動・自律合成が報告され始めたばかりであり,まだまだ黎明期なのだという.

超伝導合金の合成を完全自動化

機械学習による予測が現実的な応用に結びつくためには,予測された材料を迅速かつ精度高く合成し,その特性を評価するためのシステムが不可欠だ.そのため,寺嶋氏らによる研究グループは,アーク炉(※1)を用いた超伝導合金の合成プロセスをほぼ完全に自動化したシステム「自動アーク炉システム」を構築した.このシステムは,秤量,搬送,真空引き,アーク放電,試料取り出しといった合成プロセスの各段階をロボットが自動で実行することで,従来手動で行われていた一連の作業を大幅に効率化する.これにより,機械学習によって予測された候補材料の迅速な実験検証を実現しようというものだ(図).

図 自動アーク炉システム

※1 アーク炉 電気エネルギーを利用し,金属や合金などの材料を高温で溶融するための装置.アーク炉は,主に電極間に強力な電流を流すことでアーク放電(電気アーク)を発生させ,その高温により材料を溶かす.

「実験検証の第一のボトルネックである合成に焦点を当てて開発を進めてきました.基本的には,合金化する前の材料を必要な量だけ計量し,アーク炉内に投入します.これにより,材料が高温で合金化されるプロセスを自動化しています.各種ハードウェアは異なるメーカーの製品を使用していますが,それらを統合するための制御ソフトはオープンソースのROS2をベースに自分たちで開発し,プログラムも自作です」と寺嶋氏は話す.

さらに,研究グループは合成プロセスにおいてベイズ最適化を導入し,合成条件の効率的な探索と最適化を模索する.ベイズ最適化は,既存のデータに基づいて次に試すべき条件を予測し,その結果を逐次的に反映することで,最適条件を効率的に見出す手法だ.これにより,ターゲットとする超伝導体の単相化の条件,さらには興味の対象となる物性,特に超伝導転移温度を最大化するための条件を迅速に特定することが可能だ.

寺嶋氏は,現在の課題として,ハードウェア設計に起因する実験結果のばらつきを抑えることが重要であると考えている.ロボットによる自動化は高い動作精度と再現性を持つが,必ずしも実験結果の再現性が保証されるわけではない.同じ条件を入力して得られる結果の歩留まりを検証するために,寺嶋氏は既知の超伝導体 Nb3Al を複数作成し,XRD(※2)を用いて合成物を測定した.その過程で,ベイズ最適化に用いる合成条件の変数や,ハードウェア設計が観測点における観測値の不確実性に与える影響を評価した.

※2 XRD X線回折法.とは,物質にX線を照射し,その回折パターンを解析することで,物質の結晶構造や結晶粒径,結晶の配向などを調べる分析手法

「その結果,与えられた条件は同じであっても,得られる結果にばらつきが生じることが明らかになりました.このばらつきを減らすためには,ハードウェア設計の段階での工夫が重要です.例えば,材料をアーク炉で熱処理した後,反応を促進させるために,ロボットアームを用いて反転させる操作がありますが,この際に材料がずれたり,失われたりすると,実際に反応する量が変わってしまい,合成の結果に影響を与えます.これらのハードウェア由来による結果のばらつきを抑えるためのセンシングや制御などの技術要素の確立や,機能の追加実装を行っていくことが今後の課題です」(寺嶋氏)

熟練の研究者とロボットの協業を設計する

また寺嶋氏は,熟練研究者の経験談から得られた知見を手がかりに,材料探索システムのプログラムを開発してきたという.そのプロセスから寺嶋氏は,人間の研究者とロボットの理想的な協業をどうつくるかが,効率的な材料探索における鍵だと話す.「どうしても手作業や職人技,その場の判断が必要な部分があります.自動化に向かない作業は,人間の熟練研究者が切り開くべきだと思います.そのうえで,組成制御や特性の最適化が求められる部分については,需要があると判断されるものを自動化に組み込んでいくアプローチが有効だと考えています」と寺嶋氏は解説する.

寺嶋氏らのアプローチは,超伝導合金の合成にとどまらず,他の機能性材料の開発にも応用可能であり,広範な材料科学の分野での革新をもたらすことが期待される.研究グループは今後さらに合成プロセスの自動化を進め,最終的には自律化された特性評価システムの構築を目指している.「完全に自律的な材料探索システムが開発できれば実験検証のボトルネックが解消されますから,機械学習モデルの予測の通り良い材料が見つかることも,モデルの問題点を洗い出すことも加速されると思います.このような実証を伴った材料開発の自律化が,いずれ大きな科学的発見に結びつくと考えています」と寺嶋氏は期待を語る.

文責 サイエンスライター 森 旭彦

【講演情報】

講演番号:20p‐A21‐5
超伝導合金試料の自動アーク炉を用いた合成 Synthesis of superconducting alloys using automatic arc furnace system
  • NIMS1
  • 筑波大2
  • ○寺嶋 健成1
  • (D2)王 威勝1,2
  • 高野 義彦1,2

email: ABCTERASHIMA|Kensei DEFNIMS|go|jp

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