リチウムイオン電池の界面設計に新展開
リオトロピック液晶性に着目し,イオン伝導度107倍を実現

【発表概要】

  • アルキルスルホン化ポリイミドへのLiイオン電池用溶媒下により,組織構造形成と最大107倍のリチウムイオン伝導度向上を実証
  • 人工カソード電解質界面(CEI)を設計・制御する新しいアプローチを提案
  • 次世代リチウムイオン電池の長寿命化や産業応用に新たな可能性を示す

北陸先端大の青木 健太郎氏・長尾祐樹教授,信州大学 是津信行教授らによる研究グループは,リチウムイオン電池の性能向上を目的として,アルキルスルホン化ポリイミド(ASPI)薄膜を用いた人工カソード電解質界面(CEI)の作製と,その構造およびイオン伝導性の評価を行った.実験ではLiイオン電池用の汎用有機溶媒の炭酸エチレン(EC)とジメチル炭酸(DMC)の混合溶媒(EC/DMC)を添加し,高秩序のラメラ構造が形成されることを確認した.また,いくつかのASPIの候補の中から,107倍という飛躍的にリチウムイオン伝導度が向上する例を見出した.さらに,実際にLiイオン電池の人工カソード電解質界面として活用することで,放電レート特性の大幅な向上に寄与することを明らかにした.本研究成果は,リチウムイオン電池の性能向上を目的にCEIを制御する方法を開拓し,リチウムイオン電池の高性能化に寄与するものである.


CEIを制御する性質「リオトロピック液晶性」

リチウムイオン電池は,スマートフォンや電気自動車など,現代社会における多くの電子機器に不可欠なデバイスだ.リチウムイオン電池の性能を最大限に引き出し,充放電の高速化や長寿命化を実現するためには,充放電プロセス中にカソードと電解液の界面で発生する化学反応を制御することが重要だ.特に充放電の初期段階で形成されるカソード電解質界面(CEI)は,容量や寿命などに重要な役割を担うほか,リチウムイオン(※1)の移動に深く関わる.つまりCEIの制御がリチウムイオン電池の性能を大きく左右するが,CEIの組成・構造や形成プロセスの制御は非常に難しく,多くの課題が残されている状況だ.

※1 リチウムイオン(Li+ リチウム元素(Li)から1つの電子が取り除かれた状態の陽イオン.リチウムイオン電池の中でエネルギーを貯蔵し,放出するプロセスにおいて重要な役割を果たす.

「私たちの研究は,この課題に対して新たなアプローチを提案します.それは積極的に界面,つまりCEIをデザインするというものです」と青木氏は話す.青木氏らの研究グループのアプローチは,材料の組成やプロセスの改良に依存していたリチウムイオン電池の性能向上を,狙った性能を実現するための設計のアプローチへと転換するための手法を開拓するものだといえる.

青木氏らは,溶媒分子などと相互作用して自発的に組織化する液晶相(※2)を形成する「リオトロピック液晶性」を示す材料に着目した.青木氏らは,リオトロピック液晶性を持つ高分子電解質であるアルキルスルホン化ポリイミド(ASPI)をCEIの形成材料として作成することで,CEIの組織構造を制御し,Liイオン電池の性能を向上させようと試みた.

※2 液晶相 物質が液体と固体の中間的な状態で,分子が規則的な配列を持ちながらも流動性を維持する相

「先行研究では,添加物を用いてCEIの組成や構造を制御していました.また近年,充放電過程の前にあらかじめCEIを作成しておく人工CEIが提案されています.私たちのアプローチでは,液晶性を有する高分子電解質を人工CEIとし,液晶性に起因した組織構造がスムーズな電極反応を可能にし,Liイオン電池性能向上を狙う点が特徴です.実験では,実際にリオトロピック液晶性を活用し,リチウムイオン電池の界面を設計することで,高速充放電条件でも容量が下がらない結果を得ており,大幅な電池性能の向上に成功しました」(青木氏)

リオトロピック液晶性を持つASPIは,自己集合的に「ラメラ構造」という組織構造を形成するという性質がある.ラメラ構造とは高分子が層状に規則正しく並んだ分子構造で,この構造を利用することで非常に高いリチウムイオン伝導度を実現できるのだ.

実際のリチウムイオン電池環境でイオン伝導度が107倍向上

青木氏らは,リオトロピック液晶性を持つASPI薄膜を用いてリチウムイオン電池用の人工CEIを形成し,そのイオン伝導度と組織構造を評価した.

主鎖の骨格や側鎖の運動性を制御した Li 型アルキルスルホン化ポリイミド(ASPI)は,側鎖にプロポキシスルホン酸を付与したジアミンモノマーとテトラカルボン酸無水物を重縮合して合成した.合成したASPI薄膜はスピンコート法で作成し,電池用有機溶媒である炭酸エチレン(EC)とジメチル炭酸(DMC)の混合溶媒(EC‐DMC)を作製したASPI薄膜に添加し,イオン伝導度および組織構造の変化を観察した.「EC‐DMCは実際のリチウムイオン電池で使用されている溶媒であり,私たちはこの溶媒添加条件下のASPI薄膜の物性を詳細に評価しました」と青木氏は話す.

実験の結果,作製したASPI(図1)のうち,ASPI‐8‐Liにおいて,イオン伝導度が107倍に向上することを見出した(図2).これは,リチウムイオンが溶媒和されることでイオンの移動が促進された結果と考えられるという.また,芳香族系ASPIではよりも脂環式ASPIでより顕著な伝導度向上が観察された.これは,芳香族系ASPIの高分子の骨格のπ電子とLiイオンが相互作用してトラップされたためだと考えられる.

図1 作製したASPI
図2 EC‐DMCを含むASPIと含まないASPIのリチウムイオン伝導性

イオン伝導度向上と組織構造の相関を観測するために行ったGI‐XRS測定(※3)からは,EC‐DMCを添加した後,ASPI‐8‐Li薄膜が基板面外方向に高い結晶性を有する組織構造(ラメラ構造)が形成されることが確認された.これらのピークはEC‐DMCが基板表面から乾燥しても観測された(図3).これらの結果は,リオトロピック液晶性に起因する結晶性の高いラメラ構造形成を裏付けるものだという.

※3 GI‐XRS測定 斜入射X線散乱測定.材料表面や薄膜のナノ構造を調べるためのX線を用いる技術のひとつ.特に,薄膜材料の表面や界面の構造を解析するために用いられる.

図3 EC/DMC下でのASPI‐8‐Liの面外(OP)プロファイル

「本研究で得られた結果は,EC‐DMC溶媒の添加によってASPI薄膜が高度に秩序化された組織構造を形成したことに起因するものと考えられます.特にASPI‐8‐Liにおける107倍という劇的なイオン伝導度の向上は,リオトロピック液晶性がリチウムイオンの移動経路を効果的に制御した結果である可能性があります」(青木氏)

今後の研究の課題と展望

本研究で得られた成果は,ASPIを用いたCEIがリチウムイオン電池の性能向上において大きな可能性を秘めていることを示している.さらなる性能向上と実用化に向けては,異なる溶媒系や環境条件下での挙動を詳細に評価する必要があるという.特に,リチウムイオンの移動経路を制御するために,ラメラ構造の制御をさらに精密化させることが求められる.また,異なるカソード材料や電解液との相互作用を考慮したCEIの設計が,今後の研究のテーマとなるようだ.

「今後は,短時間で充電可能で放電時も高い出力を維持できたり,何十年も性能が変わらない長寿命の夢のリチウムイオン電池の実現に向けた研究を進めていきたいと考えています」と青木氏は話す.

産業応用では,ASPI薄膜のスケールアップと製造プロセスの確立が必要だ.現段階では,実験室レベルでの薄膜作製が主に行われているが,工業的な大量生産に向けたプロセス開発が不可欠だろう.「従来の人工CEI形成プロセスと比較して,今回開発したASPIによる人工CEIは,Liイオン電池のカソードに少量塗布するだけで簡便に作成できます.現状では,ASPI合成,CEI形成プロセスの大型化,簡便化により産業応用に近づけると考えています.その規模の達成はそれほど難しくはないと思われます」と青木氏は期待を示す.

本研究で示された,CEIをデザインするというアプローチはリチウムイオン電池の開発における画期的な方法となるだろう.実用化に向け,さらなる研究が進められることが期待される.

謝辞:本研究はJST‐CREST(JPMJCR21B3)の支援を受けて実施したものである.

文責 サイエンスライター 森 旭彦

【講演情報】

講演番号:20p‐B6‐4
スルホン化ポリイミド薄膜の Li イオン電池用有機溶媒滴下による組織構造形成とリチウムイオン伝導度の向上 Formation of an Organized Structure and Improved Ion Conductivity of Sulfonated Polyimide Thin Films by adding Organic Solvent in Li‐ion Battery
  • 北陸先端大1
  • 香川大創造工2
  • 名工大院工3
  • 信大アクア・リジェネレーション機構4
  • 信大工5
  • 立教大院理6
  • ○青木 健太郎1
  • Athchaya Suwansoontorn1
  • 原 光生2
  • 山本 勝宏3
  • 是津 信行4,5
  • 永野 修作6
  • 長尾 祐樹1
応用物理学会学術講演会へのご参加は申込みページから
応用物理学会学術講演会参加申込み
2024年 第85回応用物理学会秋季学術講演会
17件の注目講演プレスリリース