絵の具の顔料プルシアンブルーが拓く放射性廃棄物処理の未来
セシウム137の回収・再利用が変える原発事故復興

【発表概要】

  • 放射性廃棄物(汚染土壌)の減容化に重要な高性能収着材の一つであるプルシアンブルー(PB)の効率的な利用法を開発
  • 薄膜状のPBにかける電位を適切に制御することで,カリウム・セシウム混合溶液からセシウムイオンを選択的に高濃縮回収・放出することに成功
  • これまで丸ごと廃棄することが前提だった吸着剤を再利用する方法を示し,放射性廃棄物の減容化に対する画期的なアプローチを提示した

名古屋大の中谷真人准教授および尾上順教授らの研究グループは,カリウム・セシウム混合溶液からプルシアンブルー(PB)薄膜の荷電状態を電気化学的に制御することで,PB薄膜内へのセシウムイオン(Cs+)の高濃縮回収および溶液への放出条件を詳しく検討した.本研究は,放射性廃棄物の処理工程で使い捨てられることが前提だったセシウムの吸着剤の再利用,および回収されたセシウム137の更なる高濃度化を可能にし,放射性廃棄物貯蔵施設のスペース縮小だけでなくセシウム137の産業応用(医療,放射線計測,年代測定など)を通して原発事故被災地の復興を大きく前進させる技術を提供する,社会的意義の大きな成果である.


放射性元素の効率的な回収という社会課題

福島第一原発の事故から14年が経つ.あの日土壌に降り積もった放射性物質は,今も懸命な除染作業により除去され続けている.除染で回収された放射性廃棄物は,用地を確保して貯蔵され,放射能を一定以上失うのを待たれることになる.こうした貯蔵が必要な廃棄物の量は膨大だ.環境省の放射性物質汚染廃棄物情報サイトによると,一定の放射能濃度を超え,特別な処理が必要と判断された「指定廃棄物」は2024年12月31日時点で全国に47万8千トン存在する.指定廃棄物の大半はすでに原発周辺の中間貯蔵施設に運搬され,分別,焼却が進められている.だが焼却処理はあくまで放射性廃棄物を灰という形に変えて減容化するプロセスであり,廃棄物から放射能が無くなるわけでは当然ない.発生した飛灰は放射性廃棄物として集積され,長期管理施設のスペースを占めることになる.現在原発周辺で放射能汚染の原因になっている主な放射性元素はセシウム137だが,セシウム137の半減期は約30年であり,長期的な管理に伴うリスクとコストは避けられない.復興に問われているのは「いかにコンパクトな形で放射性元素を集められるか」である.セシウム137等を高い密度で濃縮回収する技術が確立すれば,最終処理施設の縮小に繋がり,被災地の復興に対する大きな寄与になるはずである.

放射性廃棄物の焼却処理では,排ガスの冷却とフィルタリングを経て,セシウムを含む飛灰が収集される.飛灰は洗浄され,セシウムは溶液に溶け込む.イオンとなったセシウム(Cs+)は最後にゼオライトやアモルファスカーボンといった吸着剤に取り込まれ,最終処分施設に貯蔵される.現行の処理過程が持つ課題について,中谷真人准教授および尾上順教授は次のように指摘する.「現状のプロセスでは,セシウムが吸着した吸着物質は全て使い捨てすることになっています.当然吸着物質自体にも体積はありますので,これだけの工程を経ても,大量の放射性廃棄物が発生することになります.今回私たちが提案するのは,こうした廃棄物をさらに減容化する鍵となる技術です」

吸着材になりうる材料として,昨今,ナノ空間材料が注目されている.ゼオライトやプルシアンブルー(PB)に代表されるナノ空間材料は,周期的な内部空間(立体的な孔)をもち,分子や金属イオンなどをキャッチする機能を持つ.例えばプルシアンブルーは,鉄イオン(Fe2+,Fe3+)とシアン化物イオン(CN)が交互に組みあがったジャングルジム型の結晶で,0.5nm四方の内部空間を用いて金属イオンや分子を収着できる.プルシアンブルーを用いて工業廃液中の貴重な白金族元素を回収する研究を行ってきた尾上教授らのグループは,プルシアンブルーを電極基板上に薄膜化することにより電気化学的に荷電状態を自在に制御することで金属イオンの出し入れを行うことを着想し,課題となっている汚染土壌処理の解決に向けセシウムイオンの濃縮回収に応用した.ただ,これまでプルシアンブルーはナノ粒子(粉末)状で用いられることが多く,ハンドリングが困難であり,収着平衡までに一か月かかるなど実プロセス上の課題が多かった.尾上教授らは,プルシアンブルーを薄膜状にして荷電状態を電気化学的に制御することでこうした課題を克服する研究を行ってきた.

吸着剤の再利用が可能に これまでにない減容効果に期待

放射性廃棄物処理の現場においてセシウムイオンCs+を収着する際,それを阻害するのは,同じ一価の陽イオンであるナトリウムイオン(Na+)やカリウムイオン(K+)の存在だ.というのも,回収された放射性廃棄物の大半は地表面の土壌であり,土壌にはもともとナトリウムやカリウムがセシウムの数万倍のオーダーで含まれているのである.ナノ空間材料の持つ孔の数が限られている以上,より高い濃縮率でセシウムイオンを集めるためには,競合するイオンを退けてセシウムイオンだけを選択的に取り込む仕組みが必要である.尾上教授らのグループは,プルシアンブルー薄膜のセシウムイオンに対する選択性を高めるため,電極上で薄膜化したプルシアンブルーを電気化学的に制御することで金属イオンの出し入れするプロセスを構築.イオンサイズや質量の差を利用することでセシウムのみをプルシアンブルー薄膜内に高濃縮および放出し,純度の高いセシウム137のみを回収(減容化と産業応用)するとともに放出後のプルシアンブルーを再利用する手法を開発した(図1).

図1 プルシアンブルー薄膜の電位制御のプロセス

プルシアンブルー内の鉄イオンには,二価の鉄イオン(Fe2+)と三価の鉄イオン(Fe3+)が存在する.ここに負の電圧を印加すると,三価の鉄イオンに電子が供給され(還元),二価の鉄イオンが多くなり,薄膜は負に帯電する.すると正のイオンであるセシウムイオンがより収着しやすくなる.よって薄膜に負の定電圧をかけておくだけも吸着作業を加速する効果が期待される.逆に正の電圧を印加することも可能で,その場合,二価の鉄イオンが電子を奪われ(酸化),三価のイオンが多くなることで薄膜は正に帯電する.すると収着したイオンは電気的な反発のため薄膜の外へ出ていこうとする.セシウムと競合するカリウムやナトリウムは質量が小さいため,同じ強さの電場に対しより俊敏に応答する.この差を活かせば,あえて正の電圧を印加してセシウムをある程度残しつつナトリウムやカリウムを追い出すことも可能であり,繰り返すことでセシウムのみを膜内に濃縮することができる.

セシウムイオンを1,000倍以上濃縮

実際の効果を実証するため,実験が行われた.中谷准教授らは実験室で合成したプルシアンブルーをタンタル(Ta)基板上で薄膜にし,決まった比でカリウムイオンとセシウムイオンの混合液に浸した.130分経過後にプルシアンブルー薄膜に収着したイオンの数密度(単位格子内に何個のカリウムイオンおよびセシウムイオンが存在するか)を示したのが(図2)の左のグラフである.(※浸漬前からカリウムイオンが存在するのは,プルシアンブルーの合成過程から必然のものである).溶液中ではセシウムイオンに対してカリウムイオンが100倍,1,000倍,10,000倍多いにもかかわらず,薄膜内では両者の数の比Cs/Kが1.26,1.13,0.39とほぼ一対一のオーダーであることが読み取れる.電位制御がなくとも,プルシアンブルーが構造上セシウムイオンを収着させやすいという選択性を持っていることが分かる.

次にプルシアンブルー薄膜の基板を含めた三極系を組み,電位を制御できるようにした.負の定電圧および正負に振動する電圧を130分間印加した後の薄膜内のイオン数密度を示したのが図2の右のグラフである.負の定電圧をかけ続けた場合はセシウムとカリウム両方の収着率が上がったため,結果として両者の比はあまり変わっていない.一方正負に振動した電圧をかけると,カリウムがうまく追い出され,空いたスペースにさらにセシウムが収着されたことが読み取れる.結果,もともとCs/Kが100分の1しかなかった溶液から,Cs/K =10.3倍の比でセシウムイオンを収着できたことになる.つまり,本手法によりセシウムイオンを1,000倍以上濃縮することに成功したのである.

図2 プルシアンブルー薄膜へのセシウムイオンの濃縮実験.
電位制御なしの結果(左).Sc/K比が10−2,10−3,10−4の場合.
および電位制御ごとの違いを示す結果(右).Sc/K比は10−2

以上から,プルシアンブルーの薄膜化と電位制御は,セシウムイオンの回収速度や選択性を向上させる効果があることが実証された.さらに,本手法にはセシウム回収への応用上非常に重要な利点がもう一つある.正の電圧を十分に印加すれば,収着したセシウムを吐き出させることが可能なのだ.これまで一緒に捨てられ,放射性廃棄物の体積を増やす原因になっていた収着剤を,何度も繰り返し使えるようになるのである.また,このプロセスをカスケード化することで溶液中のセシウムイオンの濃度をさらに向上させることが可能となる.ともに放射性廃棄物の減容化に大きく前進させる技術になるだろう.「今回1,000倍の濃縮ができましたが,これは一段階である必要はない.二段階にすれば百万倍の濃縮になるわけです」.尾上教授は語る.「セシウム137は厄介者でしたが,こうして高純度にできれば,産業応用できるのです.年代測定,放射線医療用,計測器の校正などにも利用できます」.回収したセシウムを製品に転化し産業にするという視点は,復興に投入された資金が正当に地元に還元されていない現状に一石を投じているとも言える.

プルシアンブルーはもともと藍色の顔料として知られており,例えば葛飾北斎の富岳三十六景にも使用されている.そうした名画の鮮やかさが現代にも色褪せず残っているのは,プルシアンブルーが材料として非常に安定であることの証である.厳しい環境にも耐えられ,300°C近い高温や,原子炉等の放射線下でも機能する.また,安価なのも魅力だ.尾上教授らのグループは,実験に用いるプルシアンブルーを自らの実験室で合成しているという.大量生産も可能であり,薄膜を大きくしたり膜厚を増やしたりするという単純かつ堅実な方向性も大いに有望である.加えて,今回の手法はプルシアンブルーの形状を問わないことも注目に値する.例えば導電性繊維等にコーティングすることで面積を稼ぎ,収着の能率を上げることも考えられる.

プルシアンブルー薄膜の電位制御という今回の手法には,まだ多くの発展性が秘められている.印加する電圧の最適化,溶液の最適化,収着・放出作業の繰り返し方の最適化などが挙げられる.少しでも放射性廃棄物貯蔵施設のスペースを小さくし,被災地の復興を促進するために,いずれも検討する価値のあるテーマである.本研究は,絵の具にも使われている身近な既存の材料に新たな機能を見出し,社会的に重要な課題の解決に貢献しうる手法を開発した革新的な成果だと言える.

文責 サイエンスライター 森 旭彦・京 鴻一

【講演情報】

講演番号:15p‐K404‐1
プルシアンブルー薄膜の荷電状態制御によるセシウムイオンの選択回収 Selective recovery of cesium ions using valence‐controlled Prussian blue films
  • 名大院工
  • ○中谷 真人
  • Bold Nairamdakh
  • 尾上 順
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