新規核種が拓く新たなセラノスティクス
医療での多段階核反応の応用を提案
【発表概要】
- 多段階原子核反応を利用し,長期間の体内動態観察を可能にする新規核種テルル118(Te‐118)およびネオジム140(Nd‐140)を見出した.
- テルル118を用いて,従来の核種では困難であった長期間の体内動態観察が可能となるPET測定スキームを構築.
- 理化学研究所においてテルルの合成を実施,期待通り娘核種アンチモン118(Sb‐118)からの陽電子放出を実証.
東京大学の高橋浩之教授らの研究グループは,陽電子放出断層撮影(PET: Positron Emission Tomography)の長時間観察の制約を克服する,新規核種の探索に成功した.従来のPET核種は半減期が数時間と短く,抗体などの長期的な体内動態の観察には適していなかった.本研究では,多段階原子核反応を利用し,半減期が数日以上の電子捕獲核種であるテルル118(Te‐118)やネオジム140(Nd‐140)を見出した.テルル118の場合,半減期は6日であり,娘核種のアンチモン118(Sb‐118)は半減期3.5分で75%の割合で陽電子を放出し,安定核種のスズ118(Sn‐118)を生じる.この特性を活かし,標識化合物の長時間追跡が可能であることが示された.本計画はF‐REI(福島国際研究教育機構)の委託事業に採択され,理化学研究所でテルル118の合成実験を実施した.妨害核種の生成はあるものの,陽電子放出を確認している.
RIで実現するセラノスティクス
近年,放射性同位体(RI)の活用が医療分野で急速に進んでいる.RIは核種を適切に選択・活用することで,「治療(Therapy)」と「診断(Diagnostics)」を一体化した医療アプローチであるセラノスティクス(Theranostics)を実現する.
RIは核種(※1)ごとに放出する放射線の種類やエネルギー,半減期(※2)が異なり,目的に応じた核種を選択することで最適な効果を得られる点が大きな利点である.例えば,生体を透過する放射線を放出する核種は,生体分子や薬剤に標識として付加することで,分子の位置を特定することができる.「陽電子放出断層撮影(PET※3)」や「単一光子放出型コンピュータ断層撮影(SPECT※4)」がその代表例である.
また,ホウ素中性子捕捉療法(BNCT※5)では,がん細胞が取り込みやすいホウ素化合物を投与した後,外部から中性子を照射することで,ホウ素が核反応によって熱中性子を放出し,周囲のがん細胞のみを選択的に破壊することができる.
※1 核種 特定の陽子数と中性子数を持つ原子の種類.すべての原子は原子核(核)に陽子(Z)と中性子(N)を持ち、それらの組み合わせによって異なる核種が形成される.
※2 半減期 放射性核種が崩壊し、その量が元の半分になるまでの時間のこと.
※3 陽電子放出断層撮影 PET: Positron Emission Tomography 放射性薬剤(トレーサー)を体内に投与し、放出される陽電子(ポジトロン)を検出することで、臓器の機能や代謝を可視化する医療画像診断法.
※4 単一光子放出型コンピュータ断層撮影 SPECT: Single Photon Emission Computed Tomography 放射性トレーサー(放射性医薬品)を体内に投与し、放出される単一光子(γ線)を検出することで、臓器の血流や機能を可視化する画像診断技術.
※5 ホウ素中性子捕捉療法 BNCT: Boron Neutron Capture Therapy がん細胞に選択的に取り込まれるホウ素化合物(10B)を投与し、低エネルギーの熱中性子を照射することでがん細胞を破壊する治療法.
生体分子の長時間追跡を可能にする新規核種
RIが放射線を放出しながら異なる核種へと変化する過程は,一般的に一度で終わるものではなく,多段階核反応を経る.「これまでの医療応用では,主に一段階の反応のみが利用される傾向にありました.私たちの研究グループは,医療・生命科学分野において,RIの多段階反応の新たな活用例を見出そうと研究を進めてきました.活用が可能な新規核種を加速器を用いて製造し,特性を詳細に検証しています」と高橋教授は話す.
PETは,陽電子放出を起こすRIを用いた生体内撮影技術である.放出された陽電子は,周囲の電子と即座に対消滅し,その際に発生する2本のガンマ線(511 keV)を検出することで,標的の位置を特定する.この手法は,高エネルギーの光子を利用するため,高い分解能と感度を持つことが特徴である.しかし,既存の陽電子放出核種の多くは半減期が数十分と短く,モノクローナル抗体などを用いた長時間の追跡には適さない.半減期が数時間から数日と長い陽電子放出核種も存在するが,それらは陽電子放出以外の反応を伴い,標識としての信頼性が低下するほか,511 keVよりも高いエネルギーを有する不要なガンマ線を放出し,ノイズの原因となるという課題があった.
高橋浩之教授らの研究グループが発見した新規核種,テルル118(Te‐118)は,これらの課題を一挙に解決する.鍵となるのは,テルル118の多段階核反応である.「実験の結果,テルル118はまず半減期6日で電子捕獲を起こし,アンチモン118(Sb‐118)へと変化しました.その後,アンチモン118は半減期3.5分で,75%の確率で陽電子放出を行い,安定核種のスズ118(Sn‐118)を生じ,25%の確率で電子捕獲を起こすことが判明しました」(高橋教授).さらに,これらの反応のいずれもノイズの原因となる不要なガンマ線を放出しないことが確認されたという.
この特性により,製造直後のテルル118を生体に導入すれば,6日経過しても信号強度の約50%が維持され,ノイズが少ない状態で長時間の追跡が可能となる.実際に,テルル118を投与したマウスを用いたPET撮影では,投与後7日が経過しても明瞭なシグナルが確認された.さらに,テルル118は電子捕獲の過程でX線(27.4 keV)を放出する.このX線は生体組織の比較的浅い部分であれば検出可能であり,PETとの併用により,より精密な計測が期待される.
同研究では,理化学研究所のAVFサイクロトロン加速器を用い,スズ116(Sn‐116)にアルファ粒子を照射することでテルルを生成した.この実験では,テルル118以外にも多数の核種が生成されている.また、ネオジム140(Nd‐140)は,テルル118と同様に電子捕獲の後に陽電子放出または二度目の電子捕獲を起こすことが確認された.この特性を活かし,テルル118と同様の長時間追跡技術への応用が期待される.
二光子の同時計測による高分解能断層撮影 —— SPECTからDPECTへ
RIを用いた生体断面撮影法として,単一光子放射断層撮影(SPECT: Single Photon Emission Computed Tomography)が広く利用されている.この手法では,電子捕獲を起こすRIを用い,核種が電子捕獲後に放出する特定波長の光子を検出することで,体内の臓器や組織の状態を可視化する.一方で,電子捕獲を起こす核種の中には,光子放出を多段階で連続的に行うものが存在する.「この2つの光子を同時計測することで,信号対雑音比(S/N比)を向上させ,より高分解能な撮影を可能にする新たな手法,『二光子放射断層撮影(DPECT ※6)』を提案しました」(高橋教授).
実際にマウスを用いた実験では,DPECTがSPECTと比較して優れた画像分解能を示すことが確認されている(図1).DPECTに使用できる核種の一つであるインジウム111(In‐111)は,既にSPECT用RIとして臨床で利用されており,生体投与可能な薬剤も存在する.そのため,DPECT用の医療機器が確立されれば,迅速な実用化が期待される.さらに,高橋教授らは,今回新たに製造したテルルについても,DOTAやEDTAといったキレート剤と錯体を形成させることで,生体導入を可能にすることを提案している.この研究により,RIを活用した高分解能画像診断技術のさらなる発展が期待される.

※6 二光子放射断層撮影 DPECT: Double‐Photon Emission Computed Tomography 異なるエネルギーの2種類のX線またはガンマ線を利用して、骨密度や組織の特性を測定する医療画像診断技術.
RIを封入した高分子ミセルによる脳疾患の診断・治療
高分子ミセルとは,親水性部分と疎水性部分を持つ分子が自律的に会合することで形成される,数十ナノメートルサイズのカプセル構造である.このミセルは,内部に薬剤を封入でき,薬剤が標的部位に到達するまでの間,周囲の正常組織への影響を抑える役割を担う.
「ミセルに特定の化学修飾を施すことで,生体内のバリアを突破したり,標的組織への選択的な集積を可能にしたりできます.この特性を活かし,RIを封入した高分子ミセルを用いた新たな医療技術の開発が可能です」と高橋教授は展望を話す.高橋教授らの研究グループは,RIを封入した高分子ミセルの研究を推進し,すでにインジウム111(In‐111)を化学的処理によってミセルのコアに封入することに成功しており(特許出願 2021‐38225),従来手法では困難だった特定の生体部位へのRI導入・集積の可能性を切り開いている.
特に,脳を保護するためのバリアである「血液脳関門(BBB: Blood‐Brain Barrier)」を突破する化学修飾を施すことで,RI封入ミセルが脳腫瘍や認知症の診断・治療に応用できる可能性が示されている(図2).この技術の発展により,より精密かつ効果的な脳疾患の診断・治療法の確立が期待される.

文責 サイエンスライター 森 旭彦・京 鴻一
【講演情報】
講演番号:17a‐K201‐6新規核種・新規薬剤・新規計測法による新しいセラノスティクスの研究 Study on a new theranostics with new isotopes, new drugs, and new measurement methods
- 東大1
- 東京科学大2
- 理研3
- 千代田テクノル4
- ○高橋浩之1
- 島添健次1
- 三津谷有貴1
- 津本浩平1
- 中木戸誠1
- 太田誠一1
- 秋光信佳1
- 百瀬敏光1
- 安楽泰孝2
- 羽場宏光3
- 川端方子4