ビスマスフェライト自立膜の光アクチュエーターを作製
可視光で大きな変形が高速で実現

【発表概要】

  • 水溶性犠牲層を用いてビスマスフェライト自立膜を作製し,可視光でも駆動する光アクチュエーター特性を確認.
  • ビスマスフェライト自立膜は緑色可視光レーザーの照射に呼応し,シート長に対して66%以上の大変位を示した.
  • レーザーの照射/非照射に対し0.05秒以内に1.4mmの迅速な変位が観測され,高速かつ繰り返し可能な光応答特性を示した.

光に反応して自発的に変形する光アクチュエーター素材は,配線不要で遠隔操作が可能であり,応用範囲の広さから近年注目されている.北海道大学の三津谷怜氏(修士課程)と同大電子科学研究所の片山司准教授らの研究グループは,光アクチュエーター特性を示すチタン酸バリウム(BaTiO3)自立膜が紫外線にのみ反応すること,および変位が小さいことを応用上の課題として認識し,新たにビスマスフェライト(BiFeO3)自立膜を作製した.パルスレーザー堆積法(PLD)により生成した薄膜は,水溶性の犠牲膜を活用することで容易に剥離された.可視光レーザーを照射する動作実験において,ビスマスフェライト自立膜は薄膜の長さとの比で66%以上の変位と0.05秒以内の俊敏な応答を繰り返せることが確認された.本研究は,ビスマスフェライトの光起電力,強誘電性,圧電特性を活用した新たな光アクチュエーター材料としての可能性を示したものであり,今後の応用展開が期待される.


現代社会に欠かせない圧電アクチュエーター

私たちが目にする家庭用のプリンターは,大半がインクジェットプリンターと呼ばれる種類のものである.インクジェットプリンターのインク噴出には,電圧に呼応して伸縮・膨張する圧電アクチュエーター(※1)と呼ばれる素材が欠かせない.電圧に限らず一般に,外部からの何らかの刺激に呼応して自ら形状を変化させる性質を持つ素材を(物性型)アクチュエーターと呼ぶ.物性型アクチュエーターは,センサーからの信号や手動入力を受け取りモーターで部品を動かすといったような元来の(機械型)アクチュエーターとは異なり,素材自体が変形する特性に由来する様々な利点を持つ.まず,検知したい信号を受け取ったエネルギーだけで駆動できるので,センサーとして用いる際に外部電源を必要としない.また,外部からのエネルギーを直接機械的動作に転換するため,変換効率の向上による省エネ効果が期待される.さらに,センサーとモーターの役割を一つの素材で兼ねられるので,装置の簡素化や小型化に繋がる.アクチュエーター素材は,小型化が主題になるマイクロマシンの研究や,大きな駆動力を必要としない情報分野での活用(光通信,MEMS),エネルギー変換デバイスの開発など,様々な分野で応用が進んでいる.

アクチュエーター材料が受け取るエネルギーには熱や電磁場などが考えられるが,中でも光を受け取る光アクチュエーターは,配線なしで遠隔から駆動できるなどの特性が注目され盛んに研究されている.北海道大の三津谷怜氏、片山司准教授らの研究グループは,以前の研究でチタン酸バリウム(BaTiO3)自立膜(※2)が光アクチュエーター特性を示すことを発見した(図1右).また,チタン酸バリウム自立膜は紫外線を照射されると変形するという特性を示す一方,可視光には反応しないことも確認した.紫外線レーザーは可視光のレーザーより高価なため,応用上は可視光で駆動するアクチュエーターが望ましい.また,チタン酸バリウム自立膜が光で駆動された際の変位は,シートの長さに対して5%以下と小さいという課題もあった.そこで三津谷氏らの研究グループは,可視光でも駆動し,かつ大きく変位する膜状アクチュエーターの作成を目指した.

※1 圧電アクチュエーター 物質に圧力(変形)を加えると分極が起こり,表面に電荷が現れる現象を圧電効果という.逆の効果もあり,圧電効果を示す物質に電界をかけると,物質が変形する.圧電アクチュエータはこの特性を利用して素材形状を制御している.

※2 自立膜 外部の支え無しで(“自立”して)薄いシート構造を維持する素材のこと.酸化物自立膜には様々な興味深い現象が確認されており,例えばチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)自立膜は,引っ張られるとその方向に縞模様の電場を作るという強誘電性を示す(図1左).

図1 酸化物自立膜シートが示す特性の例.引っ張りにより強誘電特性を示すSrTiO3(左)と紫外線の照射で変形するビスマスフェライト(BiFeO3

水溶性犠牲層を活用してビスマスフェライト自立膜を作製

三津谷氏らは,チタン酸バリウムに代わる酸化物としてビスマスフェライト(BiFeO3)に着目した.ビスマスフェライトはチタン酸バリウムと同じペロブスカイト型の結晶構造を持ち,室温で巨大な圧電応答を有する強誘電体(※3)として知られている.三津谷氏はビスマスフェライトを選んだ理由を次のように語った.

「チタン酸バリウムの光アクチュエーター特性は,強誘電由来の光起電力で電圧が発生し,続く圧電効果により結晶が変形したことで生じた現象です.よって共通のペロブスカイト型構造を持つビスマスフェライトは,チタン酸バリウムと同様に光アクチュエーター特性を持つことが期待できました.また,ビスマスフェライトはチタン酸バリウムに比べてバンドギャップエネルギーが小さいため,より長い波長の光でも起電力が発生します.したがって,可視光でも反応し,より変位の大きい光アクチュエーターを作製できると考えました」

※3 強誘電体 自発的に分極(電荷の偏り)を持ち,その方向を外部電場によって制御できる物質のこと.強誘電体は圧電効果を示す.

ビスマスフェライト薄膜の作製にはパルスレーザー堆積法(PLD)が用いられた.PLDでは,材料に真空中で強力なレーザーを当て,昇華した材料分子が降り積もることにより目的の薄膜が形成される.分子がきれいに積もっていく「エピタキシャル成長」を促すために,材料が降り積もる場所には目的物と相性の良い適当な単結晶を用意することが多い.三津谷氏らのグループは今回,同じペロブスカイト構造をもつチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)単結晶基板の上に,SAO(Sr3Al3O6),ビスマスフェライト,酸化インジウムスズ(ITO),酸化アルミニウム(Al2O3)を堆積させた.酸化アルミニウムは保護ガラスであり,シートのひび割れを防ぐ.最後にSAOは,水に溶ける「犠牲層」になる.というのも,薄膜作成後には目的物を基板から剝がさなければならないが,SAOは優れた水溶性により水に浸して待つだけで剥離を可能にするのである.X線回析により,35分ほど要した剥離工程の後も,ビスマスフェライトのエピタキシャル成長した構造が保たれていることが確認された(図2).

図2 ビスマスフェライト自立膜の剥離の様子(左)と,エピタキシャル成長の確認(右)

三津谷氏らの研究グループは,剥離したビスマスフェライト自立膜をタングステンワイヤーに貼り付け,レーザーの照射/非照射を繰り返す実験を行った.すると,ビスマスフェライト自立膜がレーザー照射時には真っすぐに伸び,非照射時には自重で少し曲がるという動作を繰り返す様子が確認された.紫外光レーザー,470nm青色レーザー,532nm緑色レーザーの3種類をそれぞれ用いた場合のシートの位置を測定した(図3).また,特に緑色レーザーを当てた際の実際の様子と,シート位置の時間変化を細かくプロットしたものが図4である。

図3 レーザーの照射/非照射に反応するビスマスフェライト自立膜の位置の時間変化.
紫外光レーザー20mW(左),青色レーザー20mW(中央),緑色レーザー180mW(右)
図4 180mW緑色レーザーに呼応して変位するビスマスフェライト自立膜の様子.
照射時(左)と非照射時(中央).シート位置時間変化の細かな測定結果(右).

以上の結果から,ビスマスフェライト自立膜は可視光でも駆動する光アクチュエーターであることが確認された.変位幅は大きく,180mW緑色レーザーに対して1.8mm(シート長との比にして66%以上)の変位を記録した.また,照射/非照射の切り替わりに対する反応も俊敏で,0.05秒以内に1.8mm変化していることが分かる.繰り返しによる性質の変化も直ちには見られていない.「これらの研究結果はビスマスフェライトの新たな可能性を示せたのではないかと考えています」と三津谷氏は語る.

今回使用されたビスマスフェライトは,新たな太陽電池の発明や,新たな磁気メモリーの開発などに繋がると期待される,最も有望な無機化学材料の一つである.ビスマスフェライト研究には国内外を問わず多くの研究者が参入している.本研究に隣接するものとしては,例えば薄膜状のビスマスフェライトを光起電力材料にする研究が盛んだ.しかし,ビスマスフェライトを薄膜として自立させ,かつ光アクチュエーターとして人の目で見ても分かるほどに大きな駆動を実現した研究は他に類を見ない.本研究は,ビスマスフェライトの優れた強誘電性,光起電力,圧電特性を存分に活かし新しい応用の可能性を示した,革新的な成果である.

文責 サイエンスライター 森 旭彦・京 鴻一

【講演情報】

講演番号:15p‐K503‐4
光で大きく速く繰り返し変形する BiFeO3 自立膜
  • 北大院情報1
  • 北大電子研2
  • JSTさきがけ3
  • ○(M)三津谷怜1
  • 周瑋琨1
  • 田口敦清2
  • 太田裕道2
  • 片山司2,3
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