窒化ガリウム(GaN)横型パワーデバイス 照明に続いてパワーエレクトロニクス分野でも省エネに貢献 須田 淳 名古屋大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

世界を照らす半導体,窒化ガリウム(GaN)パワーエレクトロニクス分野への展開が近年急速に進んでいます.ここでは省エネと便利さを同時に実現するGaN横型パワーデバイスについて紹介します.

ありとあらゆるところで使われているパワエレ

鉄道,太陽光/風力発電所,電気自動車,エアコン,パソコンやスマートフォン(スマホ)の電源など,電力を使うありとあらゆるところでパワーエレクトロニクス(パワエレ)が使われています.パワエレは電圧,電流,周波数を変換し,電力の流れをコントロールする役割を担っています.

スマホの充電器はパワエレそのものです.コンセントから100 Vの交流を受け取り,それを5 Vの直流としてスマホに供給する働きをします.太陽光発電所では,太陽電池パネルで生み出された直流電力を,電力網に供給するために適切な電圧・周波数の交流電力に変換するためにパワエレが利用されています.無駄なく電力を変換することがパワエレの最も重要な技術課題です.

まだまだ無駄が多いパワエレ

ノートパソコンの充電器を触った時,あまりの熱さに驚いた方は多いと思います.エネルギー保存の法則を考えれば,充電器が発熱するということは,電力を消費しているということです.一般的な充電器の変換効率は85%程度です.コンセントから100 Wの電力を充電器が受け取り,パソコン側に85 W供給していますが,充電器が自分で15 Wも消費してしまっているのです.この15 Wはエネルギーの完全な無駄遣いです.世界中に存在する莫大な数の充電器が無駄に電力を消費しているのです.本当にもったいないですね.この無駄を半分に減らすだけでも非常に大きな節電になります.

実は現在の技術でも,充電器の大きさや価格に糸目をつけなければ効率を上げることができます.しかし,効率は良いとしても,何万円もする大きくて重い充電器を皆さんは受け入れることができるでしょうか? 毎日持ち運ぶものですから,小型軽量でないと困りますし,通常品の何倍も高価となると購入を考えてしまいますね.

パワエレにおける損失の原因

パワエレにおける損失の原因はいろいろありますが,最も主要なものは,回路の心臓部である半導体パワーデバイスにおける損失です.パワーデバイスは高速(例えば50 kHz,一秒間に5万回)でオン,オフを繰り返し,オンとオフの時間比(タイミング)を調整することで電力変換を行っています.(詳しい原理はパワー半導体技術の記事を参照願います.)

パワーデバイスは,オフ時には高抵抗になって大きな電圧を遮断しなければなりませんが,反対にオンの時には可能な限り低い抵抗になって電流を損失なく流す必要があります.現在広く用いられているシリコン(Si)半導体は,オフ時に高い電圧を遮断しようとすると,それと引き換えにオンの時の抵抗(オン抵抗)がかなり増えてしまうという,原理上避けられない限界があります.家電製品で使われるパワーデバイスは300 V (欧米の220 Vのコンセントに対応するには600 V)という大きな電圧に耐える必要があります.このような高電圧に対応するとオン抵抗が大きくなり,電力消費,発熱が起こってしまうのです.

シリコンの限界を打ち破るワイドギャップ半導体

この限界を突破するには,ワイドバンドギャップ半導体という新しい材料に活路を見出す必要があります.ワイドバンドギャップ半導体の代表格がシリコンカーバイド(SiC)です.バンドギャップというのは,半導体の最も基本的な特性値であり,バンドギャップが大きい(広い)ほど,高い電圧を薄い半導体の層で遮断することができます.半導体の層の厚さが薄いほど抵抗は小さくなり損失が小さくなるのです.ワンドギャップ半導体であってもSiと同様に耐圧を上げるとオン抵抗は大きくなりますが,その抵抗の絶対値が圧倒的に小さいのです.

図1に示すようにSiに比べてバンドギャップが3倍大きなSiCでは,同じ電圧のデバイスで比較するとオン抵抗をSiの場合の1/300と劇的に低減することができるのです.SiCパワーデバイスは,2012年頃から鉄道で使われ始めるようになり,2020年には新幹線(N700S)にも搭載され,鉄道の省エネに大きく貢献しています

図1: 耐圧(オフ時に遮断できる電圧)とオン抵抗(オン時のデバイスの損失)のトレードオフ関係.

窒化ガリウムパワーデバイス

青色LEDを実現してノーベル賞につながった半導体であるGaNもワイドバンドギャップ半導体です.パワーデバイス材料の候補として期待され研究が進められてきました.GaNもSiCと同様にSiに対して損失を1/300に低減可能です.加えて,窒化アルミニウム(AlN)とGaNをx : 1−xの比で混ぜ合わせたAlxGa1−xNという半導体(混晶半導体)を作ることができ,このAlxGa1−xNをGaNの上に積層すると,その境界に極めて高密度な電子の層ができるという特性があります.この電子はとても速く動くことができ,抵抗が極めて低くパワーデバイスのオン抵抗低減に大きく貢献します.この電子を利用したデバイスが,GaN高電子移動度トランジスタ(High‐Electron Mobility Transistor: HEMT)です.

HEMTでは電子の流れが半導体チップの面内(横)方向となります.電流が横方向になると電極スペースを確保するためにチップ面積の一部が無駄になるという欠点はありますが,一方で,オン,オフを切り替える時に必要な電荷(電流の積算量)が少なくて済むという利点もあります.SiやSiCパワーデバイスに比べるとGaNパワーデバイスは少ない電荷で高速にオン・オフできるので,パワエレ回路の動作周波数を従来の十倍~百倍と大幅に高めることも可能になります.このHEMT構造を用いたGaN横型パワーデバイスは実は2010年頃には登場していたのですが,従来のSiパワーデバイスと特性や使い方が大きく異なっており,どのように使えば魅力的な商品に繋がるのか,今一つはっきりせずなかなか普及しませんでした.

図2: GaN HEMTの基本構造.ソース電極とドレイン電極間をつなぐ
電子の層をゲート電極で制御することでオン,オフを切り替える.

GaNパワーデバイスの活躍の場を作ったUSB Power Delivery

この10年間,ノートパソコンやスマホの高性能化が進むにつれて,電力消費も大きくなり,大容量の急速充電器が求められるようになってきました.(通常のUSB充電器は5 Wです.)また,これまではパソコンの機種ごとに専用のものが必要だった充電器ですが,USB Power Delivery(PD)という規格が制定され,パソコンやスマホの急速充電器が共通化されました.USB PDに準拠した小型軽量で大きな電力が供給可能(急速充電が可能)でしかも省エネの充電器の需要が一気に高まりました.

これこそがGaN横型パワーデバイスの最も得意とする分野だったのです.まず,オン抵抗(損失)が小さいので充電器の省エネが実現できます.そして動作が高速なためパワエレ回路の動作周波数を高くできます.周波数が高くなると回路で使われるコイルやコンデンサの容量が小さく済み,小さい部品で代用できるため,充電器を大幅に小型・軽量化できるのです.(発熱が小さいので小型化しても過熱の心配がなく大丈夫という理由もあります.)

2020年にGaN横型パワーデバイスを使ったUSB充電器が登場し,急速に広まりつつあります.ネットで「USB充電器 GaN」で検索するとたくさんの製品がヒットします.従来のSiパワーデバイスを用いた充電器と比較して大きさは半分,損失は30〜40%低減(効率が90%以上に改善)されています.現在は65 Wや150 Wなどの大容量充電器が中心ですが,量産化によりGaN横型パワーデバイスの価格が下がってくると,より小容量の充電器にも普及することでしょう.

図3: 超小型65 W USB充電器の例(アンカー・ジャパン社製品).

さらなる挑戦

GaNを搭載した充電器であっても,フルパワーで長く使っているとかなり高温になります.損失は30〜40%減ったものの依然として存在するのです.デバイスや回路,コイルやコンデンサなどの総合的な改良により,さらに損失を低減することが一つの課題です.充電器が暖かくなったのが分からないような超高効率(超低損失)な充電器を目指して研究者・技術者たちは努力を続けます.まさにcool(冷たい・カッコいい)な充電器ですね.

他にも効率とコンパクトさが同時に求められるパワエレはたくさんあります.特に注目されているのが電気自動車です.電気自動車はノートパソコンの充電器(65 W)とは比べ物にならない巨大な充電器(3000〜6000 W)を搭載しています.オンボードチャージャー(OBC)と呼ばれています.車内のスペースを確保するために充電器は小型でなければなりません.電気自動車は軽量であるほど加速に必要な電力が少なくて済み,より長距離を走れるようになりますので軽量であることも求められます.そして充電時の無駄な電力消費を抑えるために高効率が求められます.世界中で小型・軽量・高効率のOBCの開発が進められています.OBC用のパワーデバイスとして大きな期待を集めているのがGaN横型パワーデバイスです.容量を上げるために,大きな電流を流せるGaN横型パワーデバイスの開発が進められています.また,自動車用に使われるので耐久性,信頼性の向上も求められます.


図4: テキサスインスツルメンツ社製 GaN搭載
6600 Wオンボード・チャージャー標準設計モデル

まとめ

半導体材料毎に得意なパワエレの分野があります.今はほとんどすべてがSiですが,近い将来,適材適所で様々な半導体で作られたパワーデバイスが利用され,世の中の省エネルギーに貢献することでしょう.GaNは照明やディスプレイ分野の省エネで非常に大きな貢献をしましたが,パワエレ分野でも大活躍が期待できそうです.応用物理学会はGaNをはじめとする次世代半導体に関する研究を,結晶工学分科会,応用電子物性分科会,先進パワー半導体分科会で精力的に進めています.

著者プロフィール

須田 淳

(すだ じゅん)

1992年京都大学工学部電気工学科卒,1997年同大大学院工学研究科電子物性工学専攻博士後期課程修了.博士(工学).京都大学助手,講師,准教授を経て2017年より名古屋大学大学院工学研究科教授.ワイドギャップ半導体の結晶成長,物性評価,デバイスプロセス,デバイス応用に関する研究に従事.応用物理学会先進パワー半導体分科会前幹事長.応用物理学会フェロー.

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