世界を照らす窒化ガリウム(GaN)青色発光ダイオード(LED) 全発電量の7%削減の省エネ効果 須田 淳 結晶工学分科会・企画幹事/名古屋大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
2014年のノーベル物理学賞受賞となった窒化ガリウム(GaN)による高輝度青色発光ダイオード(LED)の発明ですが,既に社会に浸透しつつあり,大きな省エネ効果を上げています.ここでは照明の歴史や青色LED開発競争,応用物理学会との関係について述べたいと思います.
白熱電球
エジソンが実用的な白熱電球を1879年に発明し,電力会社を立ち上げることで世の中は一変しました.それまでは,ロウソクやガス灯などで明かりを得ていましたが,それ以降はスイッチ1つですぐにON/OFFでき,火事の心配のない照明が社会にもたらされたのです.

白熱電球は,細いフィラメントに電流を流し,フィラメントが高温になることで,光を発生するという原理で成り立っています.高温の物体は光を発します.これは専門用語では黒体輻射と呼ばれています.温度と共に,赤色,黄色,白色,青白い色と変わります.夜空の星の色で,星(恒星)の表面温度が分かるという話を聞いたことがあると思います.普通の電球は2,500 °C程度で温かみのある黄白色が一般的です.カメラスタジオで使われるハロゲン電球は3,000 °Cで白色に近い色です.

黒体輻射のスペクトルを図2に示します.黒体輻射では目に見える可視光線だけではなく,赤外線や紫外線も同時に発せられます.白熱電球の光に手をかざすと暖かいのは赤外線のおかげです.白熱電球は100 Wの電力に対して,可視光線は8 W程度しか発していません.残りのエネルギーは最終的にすべて熱となってしまいます.これは省エネの観点では大問題です.
蛍光灯
1926年に効率のよい照明として蛍光灯が発明されました.これは,ネオンサインなどと同じ放電管の原理に基づいています.水銀蒸気を含んだガスに高い電圧を加えると放電が起こります.放電により高エネルギー状態(励起状態)になった水銀原子が元の状態(基底状態)に戻る時に紫外線の光が放出されます.調理場などにある紫外線殺菌灯(青紫色に見える)は水銀の放電管そのものです.赤,青,緑の光を発する蛍光体を放電管の内側に塗布しておくと,紫外線で励起された蛍光体の各発光色が混じりあってきれいな白色光が得られます.これが蛍光灯の原理です.
電球に比べると蛍光灯の効率は3倍程度となり,100 Wの電力に対して25 W程度の可視光が得られます.電球に比べると蛍光灯の効率は高いのですが,それでも投入電力の1/4しか光に変換されていません.

発光ダイオード
固体に電圧を加えた時の発光現象はエレクトロルミネッセンスと呼ばれており,かなり古く(1907年)からその存在は知られていました.1950年代以降半導体の研究開発が進むと,半導体のpn接合(p型半導体とn型半導体の積層)に順方向電流を流した時,半導体材料や添加物に応じた単色のエレクトロルミネッセンスが比較的高効率で得られることが分かりました.半導体pn接合は小型で堅牢,長寿命なので時計や電卓の表示部や機器の電源ランプなどに利用できるとして研究開発が進みました.これが半導体発光ダイオード(LED)です.
赤色や黄緑色のLEDは1970年代には実用化されていました(図4).今でもこのLEDは,家電製品の電源ランプや駅や高速道路の電光掲示板で使われていますね.その後,さらに研究が進み,高輝度・高効率の赤色LEDが開発され,自動車のストップランプなどに採用されるようになったのが1980年代です.
ところで光の3原色は赤・緑・青です.青色LEDが実現できれば,フルカラーの電光掲示板や壁掛けテレビができるということで世界中の研究者が1970年代から取り組み始めていました.

(出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:RYG_LEDs.JPG)
青色LEDをめぐる競争
青色LEDの一番乗りを果たしたのが,パワー半導体材料として有名な炭化ケイ素(SiC)です.しかし,SiCは間接遷移型半導体という発光しにくい性質の半導体であったため,発光強度の向上が非常に難しく,普及することはありませんでした.それに代わって台頭したのが,セレン化亜鉛(ZnSe)という半導体です.ZnSeは直接遷移型半導体で良く光る性質があり,また,高周波トランジスタや赤外線発光ダイオード用に量産されていたガリウム砒素(GaAs)という半導体材料を種結晶(基板)として比較的高品質なZnSe結晶が作製できることも示されていたので,世界中の研究者が最本命の半導体だと考えて研究開発競争を展開していました.さまざまな技術が開発され明るく光るZnSeのLEDは作製できるようになったのですが,使っているうちに明るさが低下してしまう劣化問題が立ちはだかりました.実用化のための最後の関門として,世界中の研究者はこの問題に取り組んでいました.
とこで,SiC,ZnSeとは別にもう1つ,青色LEDの候補の材料がありました.それがGaNです.GaNは直接遷移型半導体であり,発光という観点では素性は良いのですが,致命的な問題がありました.1つは高品質の結晶を作る技術が存在しなかったこと,そしてもう1つは,LEDのpn接合の作製に不可欠なp型GaNを作ることができなかったことです.理論家の中には,GaNでは原理的にp型ができないという理論(自己補償効果)を提唱する人もいました.
そんな中,GaNで絶対に青色LEDを作ると決意して研究を続けてきたのが,赤﨑勇でした.赤﨑は松下電器(現在のパナソニック)の研究所で赤色LEDの開発を行った実績があり,次の目標を青色LEDと定め,その材料としてGaNに狙いを定めて研究を行っていました.ZnSe LEDの研究が世界的に活発化し,世界中のほとんどの研究者がZnSeの研究をする中でも,赤﨑はGaNの可能性を信じて研究を続けていました.
GaNの大ブレイクスルーを成し遂げる
赤﨑は1981年に古巣の名古屋大学に教授として着任し,GaNの研究を本格化させました.赤﨑研究室の若き大学院生 天野浩(現・名古屋大学教授)は,高品質なGaNの結晶成長方法を模索して毎日毎日実験を繰り返していました.しかし,結晶成長装置から取り出した結晶は,くもりガラスのようなくすんだ結晶ばかりでした.1000回以上,結晶成長の失敗が続いたある日,結晶成長装置の具合が悪くなり,温度が予定通りに上がらない時があったのですが,低い温度でやってみたらどうなるのだろう?と思い実験を継続しました.実験後,結晶成長装置から取り出したGaNは,これまでに見たことのない鏡のようなきれいな透き通った結晶だったのです.驚いて赤﨑教授に報告に行きました.赤﨑はすぐにこの現象を体系的に研究し,低温で成長した結晶が結晶の合体を促進し高品質結晶が実現されたことを見出しました.低温堆積バッファ層技術の発明です.この低温堆積バッファ層技術は,GaN LEDだけではなくGaN高周波デバイスやGaNパワーデバイスの生産に広く用いられる,非常に重要な基礎技術となりました.
良質な結晶を実現した赤﨑は,不可能と言われていたp型GaNの実現を目指して研究を展開します.ここでまたまた大学院生の天野の登場です.p型になるはずの不純物を添加してもp型にならないGaNですが,電子ビームを当てると性質がみるみる変化し,あたかもp型であるかのような性質を示すことを発見したのです.ただ,その時は電気的にp型であることを確認するには至りませんでした.添加する不純物を亜鉛(Zn)からマグネシウム(Mg)に変更して研究を進めた結果,見事,p型GaNを世界で初めて実現することに成功したのです.赤﨑研究室では早速GaN pn接合LEDを作製し,その動作を世界に先駆けて提示しました(図5).

(写真提供:名古屋大学赤﨑記念研究館)
低温堆積バッファ層技術が発明されてから,少しずつですがGaNの研究者が増えてきました.NTT物性科学基礎研究所の松岡隆志(現・東北大学名誉教授)はインジウム(In)を含んだGaNの結晶成長の研究を進めていました.Inを入れることで色を紫,青,緑と自在に変えることができるからです.しかし,Inの原料ガスを加えても,出来上がる結晶はGaNになってしまい,なかなかうまくInを混ぜることができませんでした.その時,松岡は結晶成長に使うガスを変えることを思いつきました.普通は水素が使われるのですが,これを窒素に変更したのです.そのことによって,結晶成長の化学反応(化学反応を構成する素反応のバランス)が変わって,うまくInを含んだGaN (InxGa1−xN)を作ることができるようになりました.
日亜化学工業(株)の研究者であった中村修二(現・カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)は,低温堆積バッファ層,p型GaN,InxGa1−xNを組み合わせて高輝度な青色発光ダイオードを実現しようと精力的に研究を進めていました.その過程でp型GaNが実現できなかった理由を解明,熱処理により簡単にp型化を実現する手法を発明しました.また,InxGa1−xNとGaNを薄く交互に積層させた構造にすることで明るさが劇的に増大することを見出しました.これらの技術を結集することで,1993年,中村は極めて明るいGaNの青色LED,緑色LEDの実現に成功したのです.
赤﨑が見込んだようにGaNは頑丈な半導体であるため,ZnSeの時のような劣化の問題は生じず,LEDの開発から短期間で製品化,量産されることになりました.名古屋大学と共同研究をしていた豊田合成も開発に成功し製品化し,当初は,日亜化学工業(株)と豊田合成(株)の2社が世界の青色・緑色LEDの市場を独占しました.社が世界の青色・緑色LEDの市場を独占しました.

(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Blue_light_
emitting_diodes_over_a_proto-board.jpg)
応用物理学会と青色LED
日本の研究者が切磋琢磨し,いろいろな技術を開発することで,世界に先駆けて高輝度のGaN青色,緑色LEDを実現することに成功したのです.応用物理学会は,SiC,ZnSe,GaNの研究発表の場であり,議論の中心でした.実は,著者は学生時代にZnSeの研究をしていました.学生時代の前半はZnSe全盛期であり,200~300人が入る会場が満員でZnSeの研究者が活発に議論を交わしていました.一方,GaNの発表会場は十名程度の研究者しかいないという状況でした.しかし,学生時代の後半にGaNの研究が大きく進展し,様相は一変しました.GaNの研究発表は500人が入る大ホールとなり,そこが満員になったのです.一方,ほぼすべての企業がZnSeの研究開発から撤退してしまい,ZnSeの発表会場は大学の基礎研究だけとなり寂しくなってしまいました.
新材料や新手法の研究は残酷な一面があります.非常に良いものが出てくると形勢が一挙に変わるのです.誰でも勝ち馬に乗りたいと思うのですが,材料研究は何が起こるのか予想がつかず,先が読めません.世界中の研究者がZnSeを研究していた時代は,どう考えてもZnSeが実用化に一番近いように見えたのです.
実用化されなかったZnSeの研究は無駄だったのでしょうか? 私はそうは思いません.強敵であるZnSeがあるからこそGaNの研究者は頑張ったのだと思いますし,ZnSeの研究で研鑽を積んだ多くの研究者がGaNやその他の新材料の分野に移り(筆者もその一人です),ZnSe時代の経験を活かして多くの成果をあげています.発光ダイオード分野だけではなく,さまざまな分野についてこのような研究者の層の厚みがあるところが日本の応用物理研究の強みだと思います.
電光掲示板,信号機から照明へ
青色と緑色の高輝度LEDがGaNにより実現され,既に存在していた高輝度赤色LEDと合わせて光の3原色が揃いました.スタジアムや駅ビルの大型スクリーンにLEDが使われています.また,駅の電光掲示板も,徐々に赤・橙・黄緑から鮮やかなフルカラーに置き換わっていますし,信号機のLED化も着実に進展しています.電球をLEDにすることで省エネになるだけではなく,小型・軽量化や,長寿命化による点検費の削減などの効果も得られています.
いろいろな所に使われ始めたGaN青色LEDですが,その応用範囲を大幅に広げたのは白色LEDの登場です.3原色のLEDを使えば白色光を作ることはできますが,人間の目は白色に敏感で,色の調整が困難です.3色のLEDの明るさを色合いを監視しながら自動制御する回路を使わないと,赤っぽくなったり青っぽくなったりして不自然になってしまいます.そこで編み出されたのが,青色の光を受けると黄色く光る蛍光体を青色LEDに組み込むアイデアです.青色光の一部が蛍光体に吸収されて黄色に変わると,青+黄で見た目が白色になります.蛍光体の調合で白色度合いは決まるので制御回路などは不要ですし,同じ蛍光体の調合をしたLEDは同じような白色で光りますので,多数のLEDを並べても違和感はありません.
白色LEDがまず使われたのはノートパソコンや携帯電話の液晶パネルのバックライトです.液晶はそれ自体発光せず,バックライトの光を透過したり遮断したりする仕組みになっています.当時,バックライトには冷陰極管(蛍光灯の一種)が用いられていて,消費電力が大きく,また,ライトの寿命が短いという問題がありました.これをGaN白色LEDとすることで,ノートパソコンや携帯電話の省エネが実現できたのです.省エネというだけではなく,省エネにより,より長い時間バッテリーが持続するという非常に大きな利便性も生まれました.家庭用の液晶テレビのバックライトもLED化されています.テレビは画面が大きいので省エネ効果も明確です.
白色LEDの開発が進み高輝度化が進展すると,これを照明に使おうという動きが本格化しました.白色LEDは蛍光灯に比べるとさらに倍の効率,つまり,同じ明るさで電力使用量を半分にすることができるのです.寿命も長く,有害な水銀を使わないという利点もあります.さらに,LEDは非常に小型なので,これまでにはないようなデザインの照明器具も作ることができるようになりました.照明のために使われている電力は全電力消費の15~20%と言われており,それを大幅に低減にすることができれば,省エネに極めて大きなインパクトを与えます.試算によると2020年度時点で全発電量の7%に相当する電力消費削減に貢献していると言われています.当初は発色が今一つだった白色LEDですが,現在は自然な色合いのものが開発されました.白色LEDのさらなる高効率化の研究開発も進んでいます.2030年にはすべての照明がLEDに置き換わると言われています.

(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:5_mm_Tinted_White_LED_(on).jpg)

(出典:https://www2.panasonic.biz/ls/lighting/led/spn/office/)
さらなる挑戦
LEDは理論的には電力をほぼ100% (90%程度)の効率で光に変えることができます.既に青色LEDでは80%を超える効率のものが商品化されています.一方,緑色LEDでは(人間の目には緑色が一番よく見えるので明るいように感じるのですが)効率は40%程度に留まっています.緑色LEDの高効率化は大きなチャレンジとして研究が進んでいます.
また,大型スクリーンだけではなく,家庭用のテレビにも3原色のLEDを使う技術が進んでいます.マイクロLEDディスプレイです.液晶ディスプレイの場合は常に背後でバックライトを点灯させる必要がありますが,マイクロLEDディスプレイでは小さな個々のLEDをオン/オフします.本当に必要な部分しか光らないので消費電力を下げることができます.小さいLEDをどうやって作るのか,また,それをどのように並べるのか(数百万個を並べる必要があります)などの技術開発が進んでいます.
参考資料
GaN青色LEDについての読み物が応用物理学会の公開コンテンツに多数あります.少し専門的になりますが,興味を持った方はご覧ください.
- 赤﨑勇, 西永頌, 榊裕之, 須田淳, 岩谷素顕: “インタビュー:手作りのGaN pn接合型青色/紫外LEDに通電した時の発光は,目に沁みる本当に鮮やかなコバルトブルーの光でした” 応用物理 84, 492 (2015).
- 須田淳: “2014年ノーベル物理学賞の学術的な背景” 応用物理 84, 388 (2015).
- 赤﨑勇, 榊裕之, 澤木宣彦, 竹田美和, 佐川みすず, 三宅秀人: “青色発光ダイオードを求めて” 応用物理学会 ‐ オーラルヒストリー
- 中村修二: “GaN青色LED,LD実現への歩み—米国からのメッセージとともに—” 応用物理学会 ‐ オーラルヒストリー