次世代パワー半導体材料:炭化ケイ素(SiC) 鉄道の省エネに絶大な貢献,新幹線にも搭載 須田 淳 先進パワー半導体分科会・幹事長/名古屋大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

社会を支える半導体パワーデバイス

みなさんの身の回りの電力を使うほとんどすべての機器に,電力変換を行うパワーエレクトロニクスが用いられています.パワーエレクトロニクスの中核となる素子(デバイス)が半導体パワーデバイスです.電力変換の効率向上は機器の省エネに直結するので,半導体パワーデバイスの性能向上(低損失化)は極めて重要な技術課題となっています.(詳しくは「GXに貢献するパワー半導体技術」を参照.)

半導体パワーデバイスはケイ素(シリコン,Si)を用いて50年以上前に実用化が始まり,それ以降,精力的な研究開発が行われ,年々性能が向上してきました.スマートフォンの充電器からエアコン,冷蔵庫などの家電製品,ハイブリッド/電気自動車から新幹線に至るまで,Siパワーデバイスが広く用いられており,社会を支えています.

Siパワーデバイスの限界と新しい半導体材料への期待

低炭素社会実現のためにパワーデバイスのさらなる性能向上の社会的要請はますます強まっています.しかし,パワーデバイスには半導体材料の物性(材料の特性)により決まる理論的な性能限界が存在します.Siパワーデバイスは長年の研究開発の結果,Siの物性限界の性能を引き出すまで性能向上が進み,これ以上の大幅な性能向上の余地はありません.

この限界を突破するためには,パワーデバイスに適した物性を持つ,新しい半導体材料の活用が必要です.その半導体材料がワイドバンドギャップ半導体材料であり,理論的な性能限界はSiの数百倍(損失を数百分の一以下にできる)と言われています.ワイドバンドギャップ半導体としてさまざまな材料が研究されていますが,その中でパワーデバイスの研究開発が最も進んでいるのが炭化ケイ素(シリコンカーバイド,SiC)です [注釈].

苦労を乗り越えて実用化されたSiCパワーデバイス

SiCは,SiとCの化合物であり,その強い共有結合に起因して,ダイヤモンドに次ぐ硬さを持ち,熱にも強く,電子的な性質として3.3 eVという大きなバンドギャップを有します.(Siのバンドギャップは1.1 eVです.)

1891年にE. G. アチソンが開発したケイ砂(SiO2)を黒鉛(C)で還元させる手法で合成されたSiC多結晶(図1左)は耐火材料や研磨材料として古くから用いられてきましたが,半導体材料としては認識されていませんでした.1960年代に一時期,SiCの半導体材料としての可能性が検討され,米欧日で研究が行われましたが,良質なSiC結晶を作る方法がなかったため,研究はすたれてしまいました.(同じ頃,Siの素性の良さが明らかになり,世界的に半導体の研究開発がSiにシフトしたということも背景にあります.)世界中の研究者が撤退する中で,京都大学の松波弘之(現・名誉教授)はSiCの可能性を信じて粘り強い研究を継続していました.

図1:(左)アチソン法により合成されたSiC多結晶.これを粉砕して耐火材や研磨材に使います。
(右)6インチSiC高品質単結晶インゴット.これがSiCパワーデバイス製造の出発材料となります.
(写真提供:ミライズテクノロジーズ)

松波はさまざまな結晶成長方法を試し,Si単結晶上に成長させた3C型SiCを使ったMOS型電界効果トランジスタの試作に世界ではじめて成功するなどの成果を挙げていましたが,試作したトランジスタの性能はSiCで期待される特性から大きくかけ離れていました.SiCの本当の良さを引き出すには,SiC結晶品質の飛躍的向上が不可欠と考えて,結晶成長方法の模索をさらに続けました.

突破口が開かれたのは1987年でした.結晶成長に用いる種結晶に意図的に結晶軸からのずれ角を与えることで,それまで悩まされていた結晶欠陥の発生がぴたりと止まったのです.最初はなぜ欠陥がなくなったのか分からなかったのですが,詳しく調べると結晶表面の原子レベルの段差の所で,結晶の配置が一意に決まるという機構であることが分かり,松波はこれをステップ制御エピタキシー法iと命名しました.この方法により極めて品質の良いSiC結晶が得られ,その結晶を用いてSiCの基礎物性やSiCパワーデバイス作製プロセスの研究が大きく進展することになります.松波らは1994年に4H型SiCを用いた高耐圧パワーデバイス(ダイオード)の試作を報告し,Siデバイスよりも格段に性能向上できることを世界で初めて示し,その翌年にはさらに性能を向上させた4H-SiCパワーデバイスを提示しました.ステップ制御エピタキシー法による4H型SiCの結晶成長技術は標準技術として,SiCパワーデバイスの製造で世界的に使われています.

図2: 1994年に化合物半導体に関する国際シンポジウム(International Symposium on Compound Semiconductors)で世界に先駆けて報告されたSiパワーデバイスの性能を大きく凌駕するSiC高耐圧低損失ショットキーダイオード.高濃度のn型SiC(n+-SiC)基板上にステップ制御エピタキシーで不純物密度を制御したn型SiC結晶を成長させ,表面と裏面に電極を形成してショットキーダイオードを作製しています.順方向(正の電圧)を加えたときに電流が良く流れる4H構造SiCが6H構造SiCよりも低損失パワーデバイスに適していることも併せて提示しました.(図面提供:京都大学木本恒暢教授)

京都大学の報告が契機となり,世界中でSiCの研究開発が活発化し,2001年にはSiCショットキーダイオードが製品化,2010年にはSiCパワーMOSFETが製品化されました.SiCパワーデバイスは薄型テレビの電源回路などに使われはしたのですが,パワーデバイスの世界でなかなか市民権を得ることができませんでした.Siパワーデバイスに比べて損失は低減できるのですが,デバイスが高価だったためです.そんな中,SiC普及の起爆剤となったのが鉄道への利用でした.

図3: SiCウエハ上に形成されたSiCパワーMOSFET.半導体クリーンルームの設備を用いてSiCウエハにエピタキシャル成長,イオン注入,酸化膜形成,熱処理,電極形成など,200以上の工程を経て形成されます.それぞれの工程について様々な創意工夫が凝らされています.(写真提供:産業技術総合研究所・先進パワーエレクトロニクス研究センター)

鉄道への適用で驚異的な省エネを実現

鉄道車両には大容量のパワーエレクトロニクスが用いられています.地下鉄や都市部の路線では短距離で発車,停車を繰り返すために多くの電力が使われ,パワーエレクトロニクスへの負担も大きくなります.この鉄道用のパワーエレクトロニクスへのSiCパワーデバイスの適用が検討されました.三菱電機は地下鉄銀座線用にSiCパワーデバイス搭載車両の開発を進め,2012年に試験走行の結果を報告しました.その結果,SiCの適用により,消費電力量約38.6%減という驚異的な節電に成功したのです.

図4: SiCパワーデバイスの鉄道利用の先駆けとなった地下鉄銀座線.損失低減や電力回生率の大幅向上により消費電力38.6%減という驚異的な節電効果が実証されました.
2012年三菱電機ニュースリリース の情報を基にグラフを作成.写真出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tokyometro01-138.jpg

加速時のSiCの省エネ効果として数%が期待されていましたが(数%でも大きな節電です),結果はそれをはるかに上回る38.6%でした.その理由は加速時ではなく,減速時にあったのです.現在の鉄道車両は回生ブレーキと呼ばれる減速時にモーターを発電機として車両の運動エネルギーを電気エネルギーとして回収し,架線に戻す仕組みがあります.従来のSiパワーデバイスを使った車両では,高速域では発電量が大き過ぎてパワーデバイスがその負担に耐えられないため,機械的なブレーキでエネルギーを熱として捨てて減速していたのですが,高性能(低損失)なSiCパワーデバイスによって,高速域でも電力を回収できるようになり,それが節電に大きな効果を発揮しました.(使用電力量は,(加速に使った電力量)−(減速時に回収した電力量)で計算します.)

鉄道車両での劇的な節電効果が示されて以降,鉄道用SiCパワーデバイスの開発が活発化し,現在ではJR山手線をはじめ多くの路線でSiC搭載車両が走行しています.また,東京オリンピックにあわせて2020年に投入された最新型新幹線N700SにSiCパワーデバイスが搭載されました.SiC研究者の長年の夢であった,「いつの日にか新幹線にSiCパワーデバイスを」の夢が結実した記念すべき年でした.

図5: 2020年7月に運行が開始された最新型新幹線N700S.SiCが電力変換装置に搭載されており,高効率化や車両の軽量化に大きく貢献しています.SiC搭載による装置の小型化により生まれたスペースを利用してリチウムイオン電池が搭載され,トンネル内や橋の上での停電時にも安全な場所まで自力走行が可能になるという安全性の向上も実現されています.
(出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:N700S-J1.jpg

次世代パワーデバイスと応用物理学会

低炭素社会実現の重要性はますます高まっています.電化が進み,エネルギー消費の大半が最終的に電力の形態をとっており,パワーエレクトロニクスの効率向上(損失低減)の重要性はさらに増しています.その効率向上の鍵を握っているのが,SiC,GaN,Ga2O3などのワイドギャップ半導体材料です.これらの材料は,どれも我が国の研究者が重要なブレークスルーや重要技術の開発を行っており,研究開発の中心の場が応用物理学会です.半導体パワーデバイス産業は我が国が強く,世界のかなりのシェアを日本企業が握っています.応用物理学会(先進パワー半導体分科会)としては,産業界とも密接に連携して次世代パワーデバイスの研究開発に今後も貢献する所存です.

注釈

  • 一般の化合物はそれぞれ特定の結晶構造を取るのですが,SiCは変わった材料で,さまざまな結晶構造になりうる化合物です.立方晶の3C構造,六方晶の4H構造や6H構造,三方晶の15R構造がよく現れる結晶構造です.そのため,結晶成長中に複数の結晶構造が混在して,それが結晶欠陥になってしまうという問題がありました.それを解決したのが,結晶の配列,構造を一意に確定させることができるステップ制御エピタキシー技術です.パワーデバイスに使う場合は4H構造が最も性質が良いことから,現在のSiCパワーデバイスはほぼすべてが4H-SiCにより作られています.

著者プロフィール

須田 淳

(すだ じゅん)

1992年京都大学工学部電気工学科卒,1997年同大大学院工学研究科電子物性工学専攻博士後期課程修了.博士(工学).京都大学助手,講師,准教授を経て2017年より名古屋大学大学院工学研究科教授.ワイドギャップ半導体の結晶成長,物性評価,デバイスプロセス,デバイス応用に関する研究に従事.応用物理学会先進パワー半導体分科会幹事長.

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