特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 近接場光学(エバネッセント光)による検出技術 アブストラクト 藤巻 真 産業技術総合研究所

コップの水に差し入れたストローは水面で折れ曲がったように見えます.空気と水の屈折率の違いから起きる現象で,高校の物理で「屈折の法則」あるいは「スネルの法則」として学びます.

ここで,屈折率の大きい媒質(たとえば水:およそ1.3)から屈折率の小さい媒質(たとえば空気:およそ1.0)に向けて光を当てたとき,光の角度を界面(上記の例では水面)に平行に近づけていくと,スネルの法則から導き出せるように,ある角度以上ですべての光が反射するようになります.

しかしミクロの視点で見ると,全反射の状態であっても,屈折率の低い媒質側にほんのわずかだけ光が染み出すという不思議な現象が起こります(図).この光を「エバネッセント光」(evanescent light)または「近接場光」と呼びます.染み出す長さはきわめて短く,両方の媒質の屈折率にもよりますが,光の波長の1/2程度しか届きません.

図 全反射のときに屈折率の小さい媒質(上側)にわずかに染み出すエバネッセント光

ごく短い距離しか届かないエバネッセント光の性質を利用して,試料表面の薄い領域だけを観察する技術が開発されています.観測対象に蛍光物質を結合させておき,エバネッセント光で蛍光物質を光らせて,全反射照明蛍光顕微鏡という装置で拡大する仕組みです.

試料の厚み全体に光を当ててしまうと,焦点の合っていないところから発せられた蛍光で像がぼやけてしまいますが,界面近くの薄い領域だけを光らせることのできるエバネッセント光を使うと鮮明な画像が得られます.

こうした特殊なエバネッセント光を応用したバイオセンサーの研究開発も進められています.たとえばウイルスを検出する場合,磁気微粒子を付着させた抗体と,金ナノ粒子のような光を反射する微粒子を付着させた抗体を用意しておき,それぞれを観測対象のウイルスに結合させます.

磁気微粒子が付いたウイルスは磁石によって簡単に動かせるため,エバネッセント光を当てながら,ウイルスの存在を光の点として検出できます.実際に,通常の光学顕微鏡では観察できないノロウイルスに似た粒子を光の点として検出した実績もあります.

こうした光学技術の進歩が,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2ウイルス)の解明の一助になっていくでしょう.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年7月下旬時点の情報に基づいています