特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 近接場光学(エバネッセント光)による検出技術 藤巻 真 産業技術総合研究所

1. まえがき

近接場光という特殊な光を用いて,ウイルスなどの微小な生体物質の検出が行われています.一般的に光といえば,空間を伝わる光である伝搬光のことを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか.伝搬光は,遮蔽物やその光を吸収する物質が存在しなければ無限に空間を伝搬していきます.一方,近接場光は非伝搬光といわれ,物質の表面に染み出すように存在し,表面から離れるに従い減衰する特性を持ちます.近接場光としては,金属表面に誘起される表面プラズモン共鳴1)や,走査型近接場光学顕微鏡に用いられる微小開口プローブの先に発生する近接場光2)などもよく知られていますが,本稿では,最も一般的な近接場光として知られる,光の全反射によって発生する近接場光(エバネッセント光,図1)について解説し,また,その生体物質観測応用の例について紹介したいと思います.

図1 光の全反射によって発生するエバネッセント光

2. エバネッセント光

屈折率の高い物質と屈折率の低い物質の界面に光が入射すると,その界面で,入射光の一部は反射し,また,一部は屈折して屈折率の低い物質側に透過します.この時の光の入射角,屈折角および,両物質の屈折率の間には,スネルの法則が成り立ちます.入射角を大きくしていくと,入射光全てが反射し,透過光が生じなくなる点が現れます.この入射角を臨界角といい,臨界角より大きい角度で入射された光は全て反射されます.この現象を全反射と呼びます.しかしこの時,入射光は屈折率の低い物質側には一切到達しないというわけではなく,屈折率の低い物質側に少し染み出します.この染み出した光のことをエバネッセント光と呼びます.エバネッセント光の染み出し長(z)は,以下の式で表されます.

ここで,n1n2はそれぞれ屈折率の高い物質及び低い物質の屈折率,θは入射角,λは入射光の波長を示します.例えば,波長500nmの可視光が,屈折率1.5のガラスと空気(屈折率ほぼ1)との界面に入射角45°で入射したとき,空気側に染み出すエバネッセント光の染み出し長は225nmと計算されます.また,この式より,染み出し長は,2つの物質の屈折率差が小さいほど,また入射角度が臨界角に近いほど長くなることが分かります.

3. 全反射照明蛍光顕微鏡

近接場光は,細胞などを蛍光染色して観察する蛍光顕微観察おける照明光として用いられています.このような顕微鏡を全反射照明蛍光顕微鏡と呼びます3).一般的な落射型の蛍光観察では,照明光は観察対象物の光軸方向全体に対して照射されることから,この光軸上に存在する全ての蛍光色素から蛍光が発せられることになり,そのため,フォーカスから外れた部分から発せられる光が背景光となって像の観察を邪魔します.一方,エバネッセント光による照明の場合,全反射面から数百nm程度の非常に薄い領域のみが照明されるため,この限定された領域内でのみ蛍光が励起され,その結果,鮮明な画像が取得できます.また,全反射面付近で生じる現象を選択的に観察するには大変有利な照明方法となります.

顕微鏡観察用としてエバネッセント光を発生させるには主に以下の2つの手法が用いられます.1つは,光学プリズムを用いる手法(図2(a))であり,もう1つは,対物レンズをそのまま用いる手法(図2(b))です.光学プリズムを用いる方法では,プリズム表面で入射光を全反射させ,その際生じるエバネッセント光を照明光として用います.ただ,プリズムは大変高価なので,表面にキズや汚れが付かないように,プリズム表面に屈折率マッチングオイルを介して薄いガラスを貼り付け,そのガラス表面で光を全反射させてエバネッセント光を発生させ,その表面に観察試料を載せて顕微観察するのが一般的です.対物レンズを用いる手法でも,やはり同様に,レンズ表面に屈折率マッチングオイルを介してカバーガラスを接合し,カバーガラス表面にエバネッセント光を発生させて顕微観察を行います.

図2 エバネッセント光を発生させる蛍光顕微鏡用光学系
(a) 光学プリズムを用いる方法,(b) 対物レンズを用いる方法.

プリズム型のメリットは,構築が容易で一般的な光学顕微鏡にも後付けできる点です.また,対物レンズ型のように液浸レンズを用いる必要がないため,全体的に安価に組み上げることができます.対物レンズ型のメリットは,プリズム型とは異なり,ステージ上面側が開放されている点です.この開放部を利用して試料の入れ替えや薬品添加などの操作を容易に行うことが可能です.また,プリズム型の場合には,エバネッセント光によって励起された蛍光は細胞などの観察対象物内を透過したあと,対物レンズに入射するのに対して,対物レンズ型では,発生した蛍光をガラス面側から観察することから,蛍光が観察対象物内を通過しないため,対物レンズ型の方がプリズム型より鮮明な画像を得やすいという利点もあります.

4. 近接場光の電場増強

近接場光は,共鳴現象を用いてその電場強度を高めることもできます.最も有名な電場増強効果を示す共鳴現象の1つが表面プラズモン共鳴ですが,本章では,(国研)産業技術総合研究所が開発した導波モード励起による電場増強法4)をご紹介したいと思います.

プリズム表面に屈折率の異なる層を積層すると,各層の界面で光が反射および屈折します.このとき,入射光の波長と入射角,層の厚さと屈折率が共鳴条件を満たすと,入射光がその層の導波モードと「結合」して多重反射を起こし,層内を伝搬します.その結果,層内には非常に強い電場が形成されます.光が伝搬する層が最表層となるように設計すると,層内で増強された伝搬光の電場がエバネッセント光として表面に染み出すため,電場増強されたエバネッセント光が得られます.我々は,シリカガラス基板上に単結晶Si層とSiO2層との積層構造を形成して,SiO2層内に導波モードを励起することによる近接場光の電場増強機構を開発しました.

この電場増強機構を全反射照明蛍光顕微鏡の光源として用い,蛍光染色した細胞の観測を行った例を以下に紹介します.図3(a)は図2(a)のプリズム型のエバネッセント光励起機構において導波モード励起によって電場増強を得るための光学系の模式図を示します.シリカガラス製のプリズム上に,屈折率マッチングオイルを介して,シリカガラス基板上に厚さ24nmの単結晶Si層と厚さ290nmのSiO2層が形成された導波モード励起用チップを貼り付け,図のように偏光子でS偏光にした光を入射して導波モードを励起します.光の波長は405nm,プリズムの底角αは40°としました.このときの光のチップ表面への入射角θは71°となります.この光学系で観測したDAPI染色したMDCK細胞の顕微画像を図3(b)に示します(DAPI:励起波長ピーク360nm,蛍光波長ピーク460nm).電場増強効果の無いガラス基板を用いて観察した場合に比べ,5倍程度コントラストの高い鮮明な画像が得られています.

図3 (a)プリズム型のエバネッセント光励起機構において,導波モード励起によって電場増強を得るための光学系の模式図.(b)導波モード励起機構を光源に用いて,DAPIで染色したMDCK細胞を観察した顕微画像.

5. 外力支援近接場照明バイオセンサ

産総研では,エバネッセント光を用いて,ウイルスなどの微小な生体物質の高感度検出が可能なバイオセンサの開発も行っています.

我々が開発したバイオセンサは,近接場光と外部磁場を利用して,対象を「動く光点」にして検出するバイオセンサです.外部からの力と近接場光を用いることから,外力支援近接場照明バイオセンサ5)と呼んでいます(図4).外力支援近接場照明バイオセンサでは,検出対象のバイオ物質に対する抗体を磁気微粒子に付けて,対象のバイオ物質に付着させます.こうすることによって,外部に設置した磁石によって,磁気微粒子が付着したバイオ物質を選択的に動かすことができます.同時に,光信号用の微粒子にも抗体を付け,こちらも対象のバイオ物質に吸着させます.光信号用微粒子には金ナノ粒子などの強い散乱光を示す微粒子を用います.また,近接場光を発生させる機構には前述の導波モード励起機構を採用し,電場増強された近接場光を照明光として用いています.こうすることによって,増強された近接場光が金ナノ粒子によって散乱され,強い光信号を得ることができます.以上から,磁気微粒子と金ナノ粒子の両方が付着したバイオ物質は,外部磁場と近接場光によって動く光点となって観測されます.従来方式では,多くの場合,バイオ物質を抗体でセンサの検出面に捕まえて検出しますが,外力支援近接場照明バイオセンサではバイオ物質を動かして検出する点が特徴となっています.このような動く光点を画像処理によって抽出して検出することによって,センサ表面の汚れやキズ,液中の夾雑物(きょうざつぶつ)などからのノイズ信号とセンサ信号とを簡単に区別することができ,その結果,高い検出感度を得ることができます.これまでに,100 µl中に40個程度のノロウイルスのウイルス様粒子を入れたサンプルから,ウイルス様粒子を検出することに成功しています.

図4 (a)外力支援近接場照明バイオセンサの測定系の模式図と(b)測定方法の説明図.(b)中のTは検出対象のバイオ物質,Mは磁気微粒子,Oは光信号用微粒子.T-M-Oの結合体をプリズム下方に設けた磁石で引き寄せると,Oがエバネッセント光の照射範囲内に入り,光を発する.その状態で,液セルの横に設けた磁石でT-M-Oの結合体を引き寄せると,光点が移動する.

6. むすび

近接場光学は,理論的な解析が進んでおり,理論値と実験値とがよく一致することがわかっています.そのため,近接場光を応用する際にはその設計が容易で,かつ期待される結果を得やすいという利点があります.このような利点を生かし,今後もさまざまなアプリケーションが開発されていくことを期待したいと思います.

文献

  • 1) 福井萬壽夫,大津元一:光ナノテクノロジーの基礎(オーム社,2003).
  • 2) 大津元一,河田聡 編:近接場ナノフォトニクスハンドブック(オプトロニクス社,1997).
  • 3) H. Schneckenburger: Curr. Opin. Biotechnol. 16, 13 (2005).
  • 4) M. Yasuura and M. Fujimaki: Sens. Mater. 31, 63 (2019).
  • 5) M. Yasuura, H. Shirato, K. Higo-Moriguchi, and M. Fujimaki: Jpn. J. Appl. Phys. 58, 071005 (2019).

著者プロフィール

藤巻 真

(ふじまき まこと)

国立研究開発法人産業技術総合研究所センシングシステム研究センター副研究センター長.1998年早稲田大学大学院博士後期課程修了.博士(工学).独立行政法人日本学術振興会特別研究員,早稲田大学理工学総合研究センター客員助教授などを経て,04年に産業技術総合研究所に入所.光を用いた微量物質検出技術を研究.