特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 創薬を目指したSPring-8/SACLAの構造生物学研究 アブストラクト 山本 雅貴 理化学研究所

タンパク質は複数のアミノ酸が連結した高分子の化合物で,大きさは1〜10nm(ナノメートル)と小さいものの,人間をはじめとする生物には欠かせない存在です.ちなみに人間の体のおよそ20%はタンパク質でできています.

ウイルスにとってもタンパク質は欠かせない存在であり,新型コロナウイルス(SARS-CoV-19ウイルス)の場合は,特徴である外周の突起(スパイク)がタンパク質でできていますし,いったん感染したあとは人体の細胞内でRNAとタンパク質を合成しながら増殖していきます.

こうしたウイルスのタンパク質の働きを阻害する化合物がいわゆる抗ウイルス薬(治療薬)で,身近なところではインフルエンザの治療に使われる「タミフル」や「リレンザ」が該当します.

現在,新型コロナウイルスをターゲットにした抗ウイルス薬の開発が世界中の研究機関や製薬会社によって進められていますが,開発プロセスで重要な役割を担うとされているのが,兵庫県西部の播磨市にある「SPring-8」(スプリング・エイト)です.

SPring-8は,電子を光速(秒速30万km)近くまで加速し,磁力によって進行方向を曲げたときに発生する電磁波(放射光)を試料に当てて,物質のさまざまな性質や構造を解明するために建設された国立の実験施設で,電子ビームの加速器は直径がおよそ500mと巨大です.

また,SPring-8の敷地内には,強いエネルギーを持つX線を100兆分の1秒というきわめて短いパルスとして発生する「SACLA」(サクラ)という施設も併設されています.

新型コロナウイルスの感染(細胞内への侵入)や増殖に関与するさまざまなタンパク質の構造をSPring-8とSACLAを使って明らかにできれば,そのタンパク質に「鍵と鍵穴」のように合体して働きを阻害する化合物を探し出し,治療薬へと結びつけていくことができます(図).

こうした創薬手法は「タンパク質立体構造情報に基づく薬剤設計(Structure Based Drug Design: SBDD)」と呼ばれていて,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む新興感染症の抑止に貢献すると期待されています.

図 インフルエンザにおける創薬の流れ.
(a) インフルエンザウイルス表面のノイラミニダーゼという糖タンパク質の構造が明らかとなる
(b) ノイラミニダーゼのポケットに結合して働きを阻害する物質として天然のノイラミン酸が探索される
(c) ノイラミン酸の構造を基にインフルエンザ治療薬(リレンザ)が開発される.
(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年6月末時点の情報に基づいています