特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 ウイルスの観察技術と治療法開発への応用 アブストラクト 南保明日香 長崎大学

未知の病原体による新たな感染症や,古くから存在する感染症の再流行に対処するには,原因となる病原体の姿や性質をできるだけ知ることが重要です.病原体の情報は,治療法の確立のほか,ワクチンや特効薬の開発の手がかりとなります.

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2ウイルス)もさまざまな技術を使って観察・解明が行われており,ウイルスの直径はおよそ100nm(1000万分の1メートル)で,エンベロープと呼ばれる感染細胞由来の生体膜で包まれていて,周囲に多くの突起があり,ゲノムとしてDNAではなくてRNAを持っている,などの情報が比較的早い時期に得られています.

こうしたごく小さいウイルスの観察に広く使われているのが,ウイルスに電子線を当てて,その透過量から画像を得る透過型電子顕微鏡です(図).ニュースなどの背景に使われる新型コロナウイルスの画像もこの手法で撮影されています.

このほかに,急速冷凍することで,構造を保持した状態でのウイルスを観察するクライオ電子顕微鏡にコンピュータで三次元画像を合成する手法を組み合わせた電子線トモグラフィーが開発されています.

遺伝子情報であるDNAやRNAの配列解析(いわゆるゲノム解析)もウイルスに関して多くの情報をもたらしてくれます.具体的には,ウイルスの起源,変異の状況,ヒトの免疫機構への作用(インターフェロンの阻害)などが分かるほか,ワクチンのターゲット候補の特定などが可能になります.

創薬に向けてウイルス感染に関連するタンパク質の構造を探ろうという試みも進んでいて,X線結晶構造解析や,タンパク質の動きをコンピュータ上で再現する分子動力学シミュレーションなどが行われています.

図 透過型電子顕微鏡を使って撮影された新型コロナウイルス(a)と,感染した細胞から出芽する様子(b)

一方で実現が難しいのが,生きた細胞を使ったウイルスの観察です.電子顕微鏡だと強い電子線で細胞が死んでしまうため,ある時点で固定化した状態であれば観察できても(図(b)),細胞内への侵入や細胞内での増殖の動的な現象を直接観察することができませんでした.

そうした課題を解決したのが,ウイルスタンパク質に蛍光物質を結合させたのち,共焦点レーザー顕微鏡や多光子励起顕微鏡という特殊な装置で観察する手法です.

この特別WEBコラムでは,「2 新型コロナウイルスを観る」のセクションを中心に,ウイルスの正体を探るさまざまな手法を説明しています.物理学を応用した先端技術は,病原体の解明に欠かせないものとなっているのです.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年7月下旬時点の情報に基づいています