特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 ウイルスの観察技術と治療法開発への応用 南保明日香 長崎大学

1. まえがき

ウイルスの基本構造は,タンパク質で構成される殻(カプシド)にウイルスゲノム(RNAやDNA)が内包された粒子であり,この複合体をヌクレオカプシドと称する.SARS-CoV-2などのエンベロープウイルスは,ヌクレオカプシドの外側に感染細胞に由来する脂質二重層(エンベロープ)を持つ.地球上には,さまざまな大きさや形態を持つウイルスが存在するが,一般的な球形のエンベロープウイルスの直径は100〜300 nmである.従来,ウイルスの検出に十分な分解能を持つ顕微鏡技術は極めて限定されたものであったが,昨今の顕微鏡技術,そして構造生物学解析手法の飛躍的な革新により,ウイルス粒子の観察のみならず,生きた細胞,さらには生体内でのウイルスの挙動を追跡することが可能となった.さまざまな観点からウイルスを観察することは,感染機構ならびに病原性の発現機構を理解することに加えて,治療法の開発においても重要である.本稿では,ウイルスを観察するさまざまな技術とともに治療薬創出への応用展開について概説する.

2. ウイルスの観察と創薬への応用

1932年に発明された透過型電子顕微鏡により,微小なウイルス粒子を観察することが初めて可能となった(本コラム2-2-1).図1は,ネガティブ染色したSARS-CoV-2ウイルス粒子と細胞から放出するウイルス粒子を透過型電子顕微鏡で検鏡した画像である.このように電子顕微鏡はウイルス粒子の特徴的な微細構造を検出することに加えて.感染細胞でのウイルスの挙動の追跡に極めて有効な方法である.透過型電子顕微鏡を用いて得られる情報は二次元であるのに対し,1967年に開発された電子線トモグラフィーは,同一試料を傾斜しながらさまざまな角度から電子顕微鏡像を撮影し,コンピューター上でこれらの画像を組み合わせることで,連続断層像(3次元構造)を再構成する方法であり,ナノスケールの空間分解能での立体的情報を取得できる.さらに,1980年代には試料を急速に凍結することで,固定,染色プロセスを必要とせずに水溶液中での構造をほぼ完全に保存した試料を解析できるクライオ電子顕微鏡が開発され,これまでさまざまなウイルスタンパク質に加えて,ウイルス粒子の形態や,その内部の微細構造に関する知見が報告された1)

図1 電子顕微鏡を用いた新型コロナウイルスの観察
ネガティブ染色したウイルス粒子(A)と,感染細胞から出芽するウイルス粒子(B)を透過型電子顕微鏡で観察した.東京大学医科学研究所 今井正樹准教授・氏江美智子博士課程4年撮影.

この解析技術に加えて,ウイルスの微細構造を観察するための有力な手段としてX線結晶構造解析が挙げられる.本技術に関しても,ウイルスタンパク質,ウイルス粒子ともに適用されるが,後者の全分子量は数百万〜数千万ダルトンにも達することから,解析には膨大な測定量と計算量が必要とされ,実現に至るまでにときを要することとなった.これに対して,膨大な情報を処理できる計算科学の発展と,ウイルス粒子がもつ対称性という特性を利用することで,構造解析の実現に至った.SARS-CoV-2に関してはこれまで,上記の解析技術により,標的細胞の受容体との結合に関わるスパイクタンパク質を中心に構造解析が進められている2, 3).特に,中和抗体や薬剤との複合体としての構造に関する情報が集積しつつあり,今後はこれらの結合様式の解明が進められることで,治療法の開発に有用な情報が提供されることを期待したい.

また,これらの解析で解明したタンパク質の立体構造と化合物の構造を基に,これらが結合するか否かをコンピューターシミュレーションで予測するスクリーニング法(インシリコスクリーニング)が創薬開発の主流となりつつある(本コラム2-2-2).従来の網羅的な実験的解析と比較して,あらかじめ結合することが予想されている候補化合物を限定してから実験系で検証するため,より効率よく薬剤開発を進めることができるものと期待されている4).さらに,生体内ではタンパク質を構成する原子は静止しておらず,周囲の水分子や脂質分子とともに常に少しずつその位置を変動している.このような原子・分子の動きをコンピュータ上で再現する手法が,分子動力学シミュレーションであり(本コラム2-3),この方法を用いて標的分子と候補化合物との結合様式をより正確に予測することで薬剤開発の推進につながることが期待される.現在,SARS-CoV-2に対する治療薬開発の戦略の1つとして,スパイクタンパク質の機能部位に結合する薬剤を,既存薬から探索する方法(ドラッグリポジショニングスクリーニング)がスーパーコンピュータ富岳を用いて進められている5)

RNAウイルスは,自身がコードするRNA依存性RNAポリメラーゼによってゲノムを複製する.一般的なRNAウイルス由来RNAポリメラーゼの特徴の1つとして,校正能が低く,複製の際に一定の割合でゲノムに変異が生じる点が挙げられる.変異が入ることで抗ウイルス薬が標的とする分子に構造変化が生じると,この薬剤に耐性をもつ変異ウイルスが出現する恐れがある.一方,逆の見方をすれば,ウイルス遺伝子間で保存された領域は機能的に重要であることが予想され,変異を起こしやすいウイルスに対する薬剤開発の際に強力な標的となりうる.したがって,本コラム2-4で紹介するゲノム解析から得られるウイルスのゲノム配列情報が有用なツールとなるであろう.

3. ウイルス感染細胞の観察と創薬への応用

前述したように.電子顕微鏡を用いることで感染細胞でのウイルスの挙動を解析することができる.しかしながら,この技術の弱点の1つとして,生きた生体試料を用いることができない点が挙げられる.例えば,エンドサイトーシスによるウイルスの細胞への取り込みや,ウイルスエンベロープと細胞膜との融合の瞬間など,短時間で完結する稀な現象を検出するためには,膨大なサンプルを調整する必要がある.この問題を解決に導いたのが2008年のノーベル化学賞の受賞対象となった蛍光タンパク質を用いた顕微鏡技術の開発である.オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)やサンゴ由来の赤色蛍光タンパク質(RFP)などを改変することで,さまざまな波長によって励起される誘導体が開発されている.これらを標的タンパク質に融合し,蛍光顕微鏡あるいは共焦点レーザー顕微鏡などを用いて,生きた細胞での局在や動態を時空間的に追跡することができる.図2は,脂溶性トレーサーで蛍光標識したエボラウイルス粒子を,さまざまなGFP融合タンパク質を発現した細胞に取り込ませることで,その侵入機構を解明した例である.さらに,蛍光タンパク質の改変により,細胞内情報伝達系やタンパク質間相互作用などの,多様な細胞現象を検出するバイオセンサーが作出されており,これらを組み合わせることで,ウイルス感染に伴うさまざまな細胞機能の変動をリアルタイムに検証することができる6)

上記可視化系をマイクロプレート上に再現し,取得した画像から得られる蛍光情報や形態情報の定量と統計学的解析を自動化した装置(ハイコンテンツイメージングシステム)が開発され,ハイスループット化合物スクリーニングへの応用展開が進められている.例えば,ウイルスの侵入,あるいは複製に伴い蛍光を発する系を用いることで,これらのプロセスを標的とした化合物の探索を,これらの細胞毒性を同時に評価しつつ行うことが可能である.

近年,蛍光分子の光学応答や特性を巧みに利用することで光学顕微鏡の空間分解能の限界を超えた超解像顕微鏡が開発され,2014年ノーベル化学賞の受賞対象になった7).生きた細胞を用いた解析にはまださまざまな制限はあるものの平面方向で50 nm以下,深さ方向で130 nm以下という極めて高い分解能を有することから今後のウイルス研究のブレイクスルーにつながることを期待したい.

図2 エボラウイルス粒子の細胞侵入の観察
脂溶性トレーサーで蛍光標識したエボラウイルス粒子(赤)を,GFPを融合したアクチン(緑)(A)ならびに小胞マーカー(緑)(B)を発現する細胞に取り込ませ,共焦点レーザー顕微鏡を用いてこれらの局在を解析した.エボラウイルスはアクチンの再構成による細胞膜ラッフリング(A)を伴うエンドサイトーシスを介して細胞に侵入し小胞に取り込まれること(B)(白矢印)が明らかになった.Nanbo et al. PLoS Pathog 2010.

4. 生体内でのウイルス動態の観察

ウイルスの病原性を理解するためには,動物モデルを用いて,生体内でのウイルスの動態や免疫応答を解析することが必要となる.従来の方法としては,ウイルスを接種した動物から組織を取り出し,ウイルス量を定量する,あるいは組織切片の病理学的解析が主であった.これに対して,近赤外レーザーパルス光を用いた多光子励起顕微鏡を用いた生体イメージング法は,長波長の光を使用するため,試料へのダメージを軽減しつつ組織深部を高解像度で観察することを可能とする.GFPやルシフェラーゼ等のレポーター遺伝子をゲノムに組み込んだ組換えウイルスを用いることで,生きた動物の体内でウイルスの増殖と標的組織までの動きを観察する方法として有用である8).図3は,GFPで可視化した組換えインフルエンザウイルスを用いて感染したマウスの肺を2光子励起顕微鏡で観察した例である.インフルエンザウイルスに感染したマウスでは非感染マウスと比べて,さらに高病原性インフルエンザウイルスでは季節性インフルエンザウイルスと比較して,血液の流れ(青)が遅くなり,好中球(赤)の軌跡(白線)が短いことから好中球の運動性が低下していることが分かる.SARS-CoV-2は,受容体であるACE2受容体が高発現する肺を第一標的臓器として感染し,重篤な肺炎を引き起こすことが報告されている.したがって同様の方法を用いることで,SARS-CoV-2の病原性発現機構の解明につながることが期待される.

図3インフルエンザウイルスに感染した肺の生体イメージング.
インフルエンザウイルスに感染したマウスの肺を2光子励起顕微鏡で観察した.感染細胞(緑)と好中球(赤)の動きや血液の流れ(青)を観察することができる.インフルエンザウイルスに感染したマウスでは非感染マウスと比べて好中球(赤)の軌跡(白線)が短いことから好中球の運動性が低下していることが明らかになった.Ueki et al. PNAS, 2019.

5. むすび

人類とウイルスとの攻防の歴史は古くに遡り,我々は未知のウイルスによる流行に度々直面してきた.18世紀以降,ワクチンの開発や抗生物質の発見により,感染症の予防・治療法が飛躍的に進歩したことから,感染症はもはや脅威の対象とは見なされなくなりつつあった.しかしながら,近代以降の経済活動のグローバル化に伴い,ヒトが未知の病原体と遭遇することで発生する新興感染症,あるいは古くから存在する感染症が再流行する再興感染症が問題になる中で.今回のSARS-CoV-2による歴史的な世界的流行が発生し,感染症対策の重要性が再認識された,今後も発生し続けることが予想される未知の感染症に対して,有効な対策を講じることが喫緊の課題であり.本稿で紹介したウイルスを観察する技術の活用を通じて,これらの感染症の制圧に向けた展開を期待したい.

文献

著者プロフィール

南保明日香

(なんぼ あすか)

1999年北海道大学薬学研究科博士課程修了,同大遺伝子病制御研究所研究員,独立行政法人日本学術振興会特別研究員,助手,米国ウィスコンシン大学研究員,北海道大学講師(薬学研究院),同大准教授(医学研究院)を経て,19年より長崎大学感染症共同研究拠点教授.ウイルス感染の分子基盤の解明に取り組む.