特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 空気中のウイルスの捕集 アブストラクト 瀬戸 章文 金沢大学

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含む感染症の多くは,鼻や目などの粘膜に病原体が直接触れることによる「接触感染」,咳や会話で発生する唾液の飛沫による「飛沫感染」,および飛沫に含まれる水分が蒸発して数µm以下の飛沫核となった「空気感染」のいずれか,あるいは複数の経路で広がっていきます.

ほとんどのウイルスは飛沫核になる過程で乾燥によって感染力を失っていきますが,結核ウイルスや麻疹ウイルスのように感染力が維持されるウイルスもあります.

新型コロナウイルスが空気感染するかどうかはまだ明確には分かっていません.空気中の微粒子(エアロゾル)から新型コロナウイルスの遺伝子が検出されたという報告や,エアコンの下流側に感染が広がったという中国での報告もあり,今後の解明が待たれます.

空気感染対策として提唱されているのが部屋の換気です.いわゆる「3密(密閉・密集・密接)」のうち「密閉」を防ぐことが重要です.

より高いレベルでの対策が求められる医療機関では,0.3µmの粒子に対して99.97%以上の捕集性能を持つ,高性能なHEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルタを用いた換気(空気清浄)が行われています.HEPAフィルタは,PM2.5粒子,黄砂,花粉,ハウスダストなどを捕集できるとして,民生用の空気清浄機,エアコン,掃除機などの一部にも使われています.

図 エアフィルタの繊維層と,捕捉された微粒子(ポリ
スチレン・ラテックス標準粒子)の走査型電子顕微鏡像

HEPAフィルタは電子顕微鏡で見ると意外なほど隙間が多く,フィルタ繊維は空間全体の10%も占めていません(図).直径が20nmから数百nmと小さいウイルスは素通りしてしまうように思えます.

しかし,ミクロの世界では物体にさまざまな力が作用します.ウイルスのような微小な粒子は,ブラウン運動によって不規則な動きを繰り返しながらフィルタ繊維に捕捉され,分子間力や静電気力などによって付着したまま,いずれ不活性となり感染力を失っていきます.

また,サイズの大きな粒子は,気流を直進してフィルタ繊維に衝突する「慣性」,フィルタ繊維の表面に接触する「さえぎり」,「重力」よるフィルタ繊維への落下などのメカニズムによって捕集されます.

このようにHEPAフィルタは各種のウイルスや細菌を捕集できるため,HEPAフィルタを備えた換気設備に対して気流を誘導するなどの工夫を行えば,飛沫や飛沫核による感染拡大を抑えられるのではないかと考えられています.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年6月中旬時点の情報に基づいています