公益社団法人 応用物理学会

特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 空気中のウイルスの捕集 瀬戸 章文 金沢大学

1. 空気に関する考え方の変化

新型コロナウイルス感染症の拡大は,私たちの空気に関する考え方を大きく変えつつあります.身の回りの空気中には,様々な微粒子(エアロゾル)が浮遊しており,その濃度は1cm3あたり,およそ数千個にもなります.そのほとんどは生体に無害の粒子ですが,中にはPM2.5,黄砂,花粉,細菌,ウイルスなど,少なからず私たちの健康や環境に影響を与える微粒子も含まれています.特に,空気中のウイルスは呼吸によって体内に取り込まれて増殖し,ヒトからヒトへと感染するため「見えない敵」として,人間の生活を脅かしています.当然ですが,社会はヒトとヒトのコミュニケーションによって成り立っており,身の回りの空気は,雰囲気,空気感,空気のような存在,などの言葉からもわかるように,人間同士をつなぐ,当たり前の(無料の)存在です.しかし,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の出現によって,これまで,何も気にせず呼吸していた空気が「脅威」となり,また,無料で手に入れていた空気が,安全や安心を得るための「商品」になる可能性すら現実味を帯びてきています.このコラムでは,空気中にどのような状態でウイルスが存在し,それらを捕集するためにどのような技術が必要かについて紹介したいと思います.

2. 空気中でのウイルスの存在形態

新型コロナウイルス感染症やインフルエンザなどの,多くの感染症は,3つの経路,すなわち,接触,飛沫,空気感染のいずれか,あるいはそのうちの複数の経路によって伝播(でんぱ)するといわれています.このうち,空気中の微粒子が関与する経路は,飛沫感染と空気感染です.飛沫はせき・くしゃみや,会話などによって発生した唾液の粒子(液滴)であり,そのほとんど(99%以上)は水分です.飛沫の直径は10µm以上であり,重力により比較的短時間で落下します.このような飛沫粒子の軌跡は,粒子に働く重力と空気抵抗のバランス(運動方程式)によって求めることができます1).図1はその計算結果の一例です.ここでは,空気には流れがないとして,咳や会話によって発生される飛沫の初速を10ms-1として計算しています.図から分かるように,粗大な飛沫粒子(直径100µm)は,空気抵抗によって次第に減速しながら一定距離を飛行し,重力によって落下します.一方微小な飛沫はすぐに減速してほとんど飛散しません.このような現象は空気中に霧吹きを行っても簡単に確認できます.ここで,飛沫の主要成分は水ですので,飛散しながら蒸発して,粒子径は次第に小さくなっていきます.このように飛沫が蒸発して,数µm以下の微粒子になった粒子は「飛沫核」と呼ばれます.ウイルスは不揮発性のタンパク質と核酸の構造体なので,感染者から放出された飛沫に含まれるウイルスは,この飛沫核に濃縮された状態で残存します.図1に示すように,1µm程度の粒子(飛沫核)は,ほとんど重力が作用しないために長時間室内に滞留します.実際の室内では,エアコンなどの気流がありますので,この流れに乗って,ウイルスを含んだ飛沫核は遠くまで輸送される可能性もあります.多くのウイルスは,飛沫から飛沫核となる乾燥過程で活性(感染力)を失いますが,結核や麻疹(はしか)などは,飛沫核でも一定の活性を維持するため,これらが高い感染力を有する「空気感染」の原因とされています2).新型コロナウイルスの感染力(基本再生産数2〜3)から推定すると3),空気感染を引き起こす結核や麻疹ウイルスほどの感染力は無いと言われていますが,エアロゾルからも新型コロナウイルスの遺伝子が検出されたという研究報告4)もありますので,いわゆる3密(密閉・密集・密接)を避け,部屋の換気を良くすることが感染症の拡大抑制に効果があるとされます.またマスクの着用は,くしゃみなどによって発生する粗大な飛沫の室内への付着や拡散の抑制に一定の効果があると考えられています.

図1 空気中での飛沫(微粒子)の挙動

3. 感染予防のための換気

密閉された空間での感染者のクラスター形成の要因が,空気中に浮遊する飛沫や飛沫核である可能性があることから,室内での「換気」が感染対策の1つとして取り上げられています.厚生労働省は,多数の人が利用する商業施設などにおいて,事業者に対して,「建築物における衛生的環境の確保に関する法律(ビル管理法)」が定める換気基準の遵守を呼びかけています5).具体的には,機械式の空調設備では,「1人当たり毎時30m3以上の換気風量」を基準値として定めるとともに,窓の開放などにより,こまめに空気を入れ換える必要性を示しています.前章で述べた通り,新型コロナウイルスは,空気中に浮遊するウイルスも感染の媒体となっていることから,換気はこれらの希釈や除去に効果があることは予想できますが,それでは,適切な換気はどのように行えばよいのでしょうか?

換気の基本的な考え方は,室外の清浄な(ウイルスが含まれていない)空気を導入して,汚染された(ウイルスが含まれた)空気を室外に排気することです.一般空間では,ビル空調などの適切な換気の実施により,ある程度の感染予防効果が見込まれる一方で,医療機関など,感染者を治療する施設などでは,より高いレベルの換気能力が求められます.このためには空気を清浄化して室内に再循環させる必要があり,高性能エアフィルタ(HEPAフィルタ;High Efficiency Particulate Air Filter)を装着した固定式の機械換気設備が用いられます6)

4. 高性能エアフィルタによる空気中ウイルスの捕集

上述の換気設備や,医療用マスクあるいは,移動式の空気清浄器には,HEPAフィルタが用いられます.HEPAフィルタには,国内外に様々な規格が存在しますが,一般的には「直径0.3µmの粒子に対して99.97%以上の捕集効率を有するエアフィルタ」とされます7).図2は繊維充填層からなるエアフィルタの電子顕微鏡写真です.この図に示すように,1µm以下の微細な繊維が充填層を形成していることが分かりますが,思いのほか隙間が多いことに気が付きます.実際にHEPAフィルタの空間充填率は10%以下です.このような隙間の多い層を通過させることで,効率的に粒子を捕集できるのか,不思議に感じる方も多いと思います.

図2 エアフィルタの繊維層と捕捉された微粒子(ポリスチレン
ラテックス(PSL) 標準粒子)の走査型電子顕微鏡像

同様に微粒子を除去する手段に,篩(ふるい)があります.篩はその網目よりも大きい粒子を捕捉し,小さい粒子は通り抜けてしまいます.空気中の微粒子を対象とするエアフィルタは,この篩の原理とは大きく異なり,繊維に付着した微粒子が分子間力によって固定されることを利用して微粒子を捕集します.図3は,フィルタ繊維に付着する微粒子の挙動と,それぞれの機構によるエアフィルタ透過率を示した一例です8).図に示すように,空気中の微粒子には,様々な「力」が作用し,気体の流れ(流線)から逸れてフィルタ繊維に接触し捕集されます.慣性やさえぎり(物理的な大きさ)によって大きい粒子ほど捕集されやすくなりますが,逆に微小な粒子はブラウン運動しているので,ある粒子径より小さい範囲では,小さいほど捕集されやすいことになります.その結果として,粒子径が0.1〜0.3µmあたりの粒子が最も捕集されにくくなるという訳です.いずれにせよ,0.3µmの粒子に対して,99.97%以上の捕集効率を持つフィルタ(図中の破線の交点よりも透過率が低いフィルタ)は,それより大きな飛沫や飛沫核の粒子を十分捕集する能力があると言えます.

図3 エアフィルタによる粒子捕集機構と粒子径に対するフィルタ透過率(流速5cms-1で,
繊維径300nm,充填率8%,厚さ0.6mmの繊維充填層を通過させたときの理論推定値)

このようにHEPAフィルタは,通過させれば空気中のほぼ全てのウイルスを捕捉することができると言えますが,その設置や使用にはいくつかの注意が必要です.例えば,HEPAフィルタは圧力損失(通気抵抗)が大きいので,マスクに利用するには,顔面との密着性を確保し,さらにファンなどの呼吸を補助する機構が必要になります9).顔面との密着が不十分な状態のままHEPAフィルタを使用すると,フィルタ面の通気抵抗が大きいため,側部から漏れが発生しやすくなります.また,家電製品として市販されている,移動式の空気清浄器にもHEPAフィルタなどの高性能フィルタが用いられており,飛沫感染や飛沫核(空気)感染の防止のための浄化に大きな効果が期待できます.この効果を発揮するには,室内における適切な設置方法,特に気流を効果的に空気清浄器に誘導することが重要になります.特に飲食時や熱中症の恐れがある夏季には必ずしもマスクを着用できないために,感染予防のツールとして空気清浄器の活用が期待されますが,適切な設置方法や使用方法に関するガイドラインが求められます.

文献

  • 1) ウィリアム C. ハインズ: エアロゾルテクノロジー,井上書院 (1985)
  • 2) 例えば,国立国際医療研究センターホームページ,
    http://amr.ncgm.go.jp/general/1-1-1.html
  • 3) 例えば,D’Arienzoa, M and Conigliob, A., Assessment of the SARS-CoV-2 basic reproduction number, R0, based on the early phase of COVID-19 outbreak in Italy, Biosafety and Health (in press, 2020) では,イタリアのアウトブレークにおいて基本再生産数が 2.43〜3.10 と報告されている.
  • 4) Liu, Y. et al., Aerodynamic analysis of SARS-CoV-2 in two Wuhan hospitals, Nature (2020).
    https://doi.org/10.1038/s41586-020-2271-3
  • 5) 厚生労働省,商業施設等における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気について,
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000616069.pdf
  • 6) WHO Natural ventilation for infection control in health-care settings. (WHO Press Geneva, 2009)
  • 7) 除菌用HEPAフィルタの性能試験方法,JISK3801 (2000)
  • 8) Omori, Y. et al., Performance of nanofiber/microfiber hybrid air filter prepared by wet paper processing, Aerosol Science and Technology, 53, 1149-1157 (2019)
  • 9) 労働安全衛生法,防じんマスクの規格(労働省告示第88号)

著者プロフィール

瀬戸 章文

(せと たかふみ)

金沢大学理工研究域フロンティア工学系教授.1996年広島大学大学院工学研究科博士課程修了,博士(工学).96年日本学術振興会特別研究員(PD).97年工業技術院機械技術研究所.01年組織改組により,独立行政法人産業技術総合研究所.07年金沢大学准教授.13年同大教授.20年同大理工学域フロンティア工学類長・教授.専門:エアロゾル,ナノ粒子,レーザー,プラズマ,環境中微粒子など.