特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 コロナウィルスのエアロゾル感染シミュレーション アブストラクト 池田 圭 株式会社アテナシス
空気中を漂うチリ,花粉,PM2.5(大気汚染物質),タバコの煙などの微粒子を「エアロゾル(aerosol)」と呼びます.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の場合は,会話や咳で発生する唾液の飛沫や,飛沫から水分が蒸発した飛沫核などがエアロゾル粒子に該当します.
エアロゾルのうち大きめの粒子は重力の作用で落下していきますが,1 µm(マイクロメートル)程度よりも小さい粒子は,粒子が不規則に動くブラウン運動によって長時間にわたって浮遊し続ける性質を持っています.
新型コロナウイルス感染症の感染経路を解明するためにも,エアロゾル粒子の振る舞いを把握しておくことが重要です.そこで,熱流体解析(Computational Fluid Dynamics)を用いてコンピュータ上でシミュレーションを行いました.
なお熱流体解析とは,空間を多数の格子(メッシュ)で区切り,各格子の中心の状態を,温度,圧力,流速などの物理的なモデルに従って時間の経過とともに解いていく数学的手法で,自動車車体の空力設計やスマートフォン基板の放熱設計などにも活用されています.
乗って,天井へと上っていくシミュレーション結果.
解析では,部屋の大きさ,メッシュの数,人体の形状,人体の表面温度,呼吸の量と回数,呼気の温度,室温,粒子のサイズや個数など,さまざまな条件を熱流体解析ソフトウェアに設定し,計算を行います.
まず,冬を想定して室温が10 °Cで人体の表面温度が20 °Cという条件で計算を行ったところ,呼気に含まれる小さい粒子は,人体の熱によって発生するわずかな上昇気流に乗って天井に上がっていく様子が示されました(図).一方,夏を想定して室温と人体温度がともに30 °Cの条件では,体の周りに上昇気流は発生せず,粒子が顔付近にとどまる様子が示されました.
このほか複数の人が列を作った状態についてもシミュレーションしたところ,風速0.5 m/sのとき,前方の人から3 m離れた風下でも感染リスクの可能性があることが分かりました(シミュレーションの結果であり,必ずしも実際の感染力を意味するわけではありません).
こうしたシミュレーションは,感染予防に有効となるさまざまな知見を与えてくれます.