公益社団法人 応用物理学会

特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 コロナウィルスのエアロゾル感染シミュレーション 池田 圭 株式会社アテナシス

1. まえがき

新型コロナウイルスは,直径0.06〜0.14 µmの球形1)で,感染者の咳やくしゃみは勿論,会話や呼気によってもエアロゾル化され,鼻や口から放出される.エアロゾルのサイズは,呼気に含まれる0.1〜1 µm程度2,3)の小さなものから,咳やくしゃみに含まれる数100 µmの大きな飛沫4)まで様々な粒径で分布する.一般に,1 µm程度より大きな粒径のエアロゾル粒子は,重力の影響で比較的短時間に落下する一方,それより小さな粒径ではブラウン運動が支配的となり,長時間浮遊すると考えられている5).以下では,英語圏で広く使用されるaerosolと,日本エアロゾル学会の定義に従い,粒径に関係なく空気中に浮遊する微粒子を「エアロゾル粒子」と総称する.

新型コロナウイルスの感染経路には接触感染も含まれるが,和田6)によれば「汗による感染は理論上ありえない」ことから,接触感染のきっかけとなるウイルスの付着も,元々は鼻や口から放出されたエアロゾル粒子の付着が要因と考えられる.従って感染防止のためには,人の周囲に浮遊するエアロゾル粒子の挙動を知ることが最も重要である.昨今,感染リスクを低減するSocial distancingとして2 mの間隔が求められているが,咳やくしゃみによって飛散する大きな飛沫が届かない距離とされている7).一方,特に室内で長時間浮遊するエアロゾル粒子は,室内の気流に乗って長い距離を移動・拡散することが可能であり,どの方向にどの程度移動し得るかは環境に大きく依存する.最近では,Li等による数値流体解析(Computational Fluid Dynamics,以下CFD)によって広州のレストランで発生したクラスターの解析例8)も報告され,CFDの有用性も示されている.しかしながら,感染拡大と温度や湿度との関係は依然として明らかではなく,浮力の影響に着目した解析例は見つかっていない.本稿では,浮力の影響も考慮したCFDを行い,室内のエアロゾル粒子の挙動を考察した結果と,建物の前に並んだ人の列を想定し,風によって輸送される呼気中の水蒸気分布の結果について報告する.

2. 計算モデル-A

鼻や口を識別できる人体モデルのCADデータ9)を利用し,CFD-VisCART10)を用いて部屋の中にいる人の周囲に計算格子を生成した.部屋の大きさは,人の足元を原点として後方0.5 m,前方2 m,横1.5 m,高さは足元から2.5 mとした.図1に斜めから見た中心断面の格子を示す(人体表面,特に顔の近くには細かな計算格子を用いた).気流とエアロゾル粒子の計算にはCFD-ACE+10)を用いた.呼吸のはく量と吸い込む量の時間変動はサインカープに従うとし,4秒に1回,0.5Lの息を鼻から吐き出すように設定した.水蒸気量は,飽和水蒸気量の約半分(0.1 g/呼吸)を仮定した.感染が拡大した冬場を想定し,周囲の壁面を含む室温は10 °C,人の表面温度20 °C,鼻から出る空気・水蒸気の温度35 °Cとした.始めに気流のみの計算を行い,体温と呼吸によって生じた流速分布を図2に,水蒸気(H2O)のモル分率(最大値を0.001に固定)を図3に示す.

図1 計算した部屋の大きさと中心断面の計算格子
図2 20秒後の流速分布
(中央断面,矢印の大きさ固定)
図3 20秒後の水蒸気のモル分率
(中心断面)

Time step は0.05秒固定とし,400 steps(20秒)の計算を実行した.浮力は,ブシネスク近似(300 Kにおける熱膨張係数:0.0033 1/K)による密度変化によって考慮した.更にその結果を新たな初期条件とし,人の前方(一辺0.4 mの立方体の領域,中心高さ1.5 m)に浮遊するエアロゾル粒子400ケ(5,20,80,および320 µm,各100個)を配置し,先の呼吸の解析と同様,20秒間の計算を実行した.なお,現実には温度や湿度の影響,例えば,液滴の蒸発と凝縮を考慮した粒径分布など,より詳細なモデルによる検討が望まれるが,本報は傾向を掴む目的で粒径と数を限定した.また,埃のような固体のエアロゾル粒子との衝突・付着も現実には起こり得るが,環境に強く依存する上,計算に考慮することが難しいことから,本計算では粒径や重さは不変と仮定した.

3. 計算モデル-Aの計算結果

320 µmの粒子はすぐに落下したことから,本稿では図示を割愛する.80 µmの粒子は,顔から離れているものの多くは重力の影響で落下してゆくが,人体の近くにあるものは上昇気流に乗って浮上し一部は人体表面に付着することが分かった(図4,図5).20 µmと5 µmの粒子は,重力の影響で少しずつ落下してゆくものの,多くの粒子が上昇気流にのって輸送され,一部は天井に付着するが,多くの粒子が気流に乗って輸送されることが分かった(図6,図7).

図4 80 µmの粒子の軌跡
図5 付着する粒子と落ちる粒子(80 µm)
図6 20 µmの粒子の軌跡
図7 5 µmの粒子の軌跡

比較のため,室温と人の表面温度を30 °Cとし,その他は全て同じ条件で,室温の高い部屋を想定した計算も行った.本稿では代表的な結果として,粒子サイズ5 µmの結果を図8に示す.浮力による上昇気流はごく弱くしか発生せず,エアロゾル粒子の移動は非常にゆっくりとなった.また,20 µmの粒子の一部は人体表面に付着したが,80 µmの粒子は全て落下した.

図8 気温30 °Cの部屋における5 µmの粒子の軌跡

4. 計算モデル-B

先の室内とは別に,建物の前に並んでいる人の列(先頭より1および3 m後方では二人が横並び)を想定した計算モデルを図9に示す.手前と上の面は対称境界とし,向かって左手(列の前方)より0.5 m/sの流速で風(乾燥した空気,温度27 °C)が吹いている状況を仮定した.建物の壁面と地面の温度は20°C,先頭の人の呼吸については,計算モデル-Aと同様とした.Time step は0.01秒とし,重力と浮力を考慮した.

図9 建物の前に並ぶ人の列を想定した計算モデル

5. 計算モデル-B の計算結果

先頭の人の呼気に含まれる水蒸気(H2O)について,10秒後のモル分率(最大値は0.001に固定)を図10に示す.計算は10秒以降も継続したが,息をするタイミングで時間的に変動はあるものの,分布に大きな変化はなかった.計算の結果,すぐ後の人のみならず,3 m後方の人の顔の付近でも水蒸気濃度が比較的高くなることが分かった.

6. 考察

計算モデル-Aの結果より,寒い部屋では,数10 µmの大きなエアロゾル粒子でも,人の呼気によって生じる上昇気流で上昇し,室内に浮遊することが判明した.従って,咳やくしゃみによって生じる比較的大きなエアロゾル粒子は,気温の低い部屋では浮遊する時間が長くなると予想され,換気されていない状況では,2 m以上離れていたとしても,滞在時間が長くなればなるほど感染リスクも高くなることが推測される.また,エアロゾル粒子の幾つかは,床は勿論,人体表面に付着することも確認された.数々の報道で指摘されているように,エアロゾル粒子が接触感染にも繋がる可能性を示唆している.なお,粒径が1 µm程度の液滴は,例えば寒い季節の呼気が白く見えてもすぐに見えなくなってしまう様子を思い浮かべると分かるように,短時間で蒸発しながら雲のように粒径が小さくなり,湿度の高い環境でも0.1 µm程度まで小さくなると考えられる2).その中にコロナウイルスが含まれる場合,ウイルスに液滴の一部が付着したような状態2)で浮遊していると推測される.従って,咳やくしゃみによる比較的大きなエアロゾル粒子を除くと,コロナウイルス自体の移動・拡散は気流の解析から予測するのが妥当である.身近な例として,煙草の煙をイメージすると分かり易い.煙草の粒子径は多くがサブミクロンで,コロナウイルスを含むエアロゾル粒子と同程度であると考えられる.例えば,カフェに喫煙者がいた場合,数m離れていても煙草の匂いが気になる,或いは,街中で歩き煙草の人とすれ違った際,暫く煙草の匂いがした,という経験を持つ人は多いであろう.仮に煙草のエアロゾル粒子にコロナウイルスが付着していたら,煙草の匂いを感じた=鼻の中にウイルスが着地,した可能性を示唆する.計算モデル-Bの結果は,野外であるにも関わらず,2 m以上離れていても風下の人に感染リスクが生じることを示唆する.従って,social distancingの2 mという距離は1つの目安であって,エアロゾル粒子が輸送される側に居た場合は必ずしも2 mが十分とは言えない点にも注意が必要である.なお,本稿は全てマスクをしていない状況を想定しているが,花粉症の対策と同様に,吸引するエアロゾル粒子を低減させるためのマスク着用は重要である.流体力学の観点からは,顔とマスクの間の隙間をできるだけ狭くすることが望ましい.

7. むすび

今回,室内の人の呼吸によって生じる気流によってエアロゾル粒子が輸送・拡散される様子,及び,建物の前に並んだ人の列の後方に風によって呼気中の水蒸気が運ばれる様子について,数値流体解析による検討を行った.その結果,寒い部屋では,数10 µmという大きなエアロゾル粒子であっても,浮力の影響により上昇・浮遊して20秒という短時間で室内に広く拡散し,換気の重要性が示唆された.同時に,輸送されたエアロゾル粒子が人体表面に付着し,接触感染に通じることも示唆された.数µm以下のエアロゾル粒子の輸送については気流の解析が重要であり,建物の前に並んだ人の列の例では,3 m後方でも感染リスクがあることが示された.これらの現象は,煙草の煙に置き換えて考えると理解し易く,感染防止策を練るヒントに繋がると考えられる.今後,床付近の埃の巻き上げについても考慮しつつ,強制対流を生じさせるエアコンの影響についても検討したい.

文献

  • 1) N. Zhu, D. Zhang, W. Wang, X. Li, B. Yang, J. Song, X. Zhao, B. Huang, W. Shi, R. Lu, P. Niu, F. Zhan, X. Ma, D. Wang, W. Xu, G. Wu, G. F. Gao, and W. Tan, N Engl J Med, (2020), [DOI:10.1056/NEJMoa2001017]
  • 2) W.W.-F. Leung and Q. Sun: Sep. and Purif. Tech. J. 245, 116887 (2020)
  • 3) P. Fabian, J. J. McDevitt, W. H. Dehaan, R. O. P. Fung, B. J. Cowling, K. H. Chan, G. M. Leung and D. K. Milton, Plos One :3 (7) e2691, (2008)
  • 4) Z.Y. Han, W. G. Weng, and Q. Y. Huang, J. R. Soc. Interface, 10: 20130560 (2013)
  • 5) 奥山喜久夫:地学雑誌 98, (6), 775(2010)
  • 6) https://news.yahoo.co.jp/articles/adf2d2676fb7cf6bd69adb13aa2f95c834385f94
  • 7) 尾方壮行,市川真帆,堤仁美,有賀隆男,堀賢,田辺新一,日本建築学会環境系論文集,83, (743), 57 (2018)
  • 8) Y. Li, H. Qian, J. Hang, X. Chen, L. Hong, P. Liang, J. Li, S. Xiao, J. Wei, L. Liu and M. Kang, MedRxiv (2020) [DOI: 10.1101/2020.04.16.20067728]
  • 9) https://grabcad.com/library/generic-human-head-and-body-step-1
  • 10) ESI Group, Paris France.

著者プロフィール

池田 圭

(いけだ けい)

1989年日電アネルバ株式会社(現キヤノンアネルバ株式会社)入社.01年株式会社ウェーブフロントに移籍.08年に株式会社アテナシスを設立,現在に至る.フランスESI Group社のエージェントとしてマルチフィジックスソフトウェアACE+ Suiteを軸に半導体・自動車・電力などの業界でサポート・コンサルティングに従事.プラズマの反応モデルについては英国Quantemol社の代理店.