第9回光工学業績賞・功績賞(高野榮一賞) 受賞者

業績賞受賞者
橋本 信幸 氏(日本女子大学)
業績
液晶による空間光変調素子の新規用途開発と産業応用

橋本 信幸氏は,1983年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を修了後,シチズン時計株式会社に入社し,技術研究所において液晶光学デバイスの研究開発に従事して以来,長年にわたり光情報処理およびアクティブ光学技術の発展に多大な貢献を重ねてきました.

1991年,世界に先駆けて液晶空間光変調器を用いたホログラフィTV装置の実現に成功し,光の振幅および位相を動的に制御する基盤技術を確立しました.この成果は,液晶デバイスを光波面制御素子として応用する可能性を初めて実証したものであり,光情報処理・表示・計測分野における後続研究の発展に大きな影響を与えました.

2000年代初頭にかけて,液晶による波面変調技術の高精度化・小型化を進め,光学ディスク装置における波面収差補償への応用に成功しました.特に1998年以降,DVDピックアップ用アクティブ光学素子の実用化に取り組み,ディスクの反りや傾きに起因する収差を電気的に補正する動的収差補償技術を開発しました.さらに2003年には,Blu-rayディスク用高開口数対物レンズ系に対応した液晶アクティブ素子を開発し,波面収差をサブ波長精度で補償することにより,高密度記録再生の安定化に寄与しました.これらの技術は光ディスク用ピックアップモジュールに組み込まれ,年産千万個規模で量産・供給されるに至りました.高精度なアクティブ光学素子が民生機器に採用されるのは世界的にも先駆的な事例であり,光波面補償技術の実用化と産業化を同時に達成した稀有な成功例です.これらの成果は後に多層ディスク(BDXL等)対応ピックアップや異波長対応複合光学系へと発展し,次世代光ディスク装置の基盤技術として広く応用されています.

さらに,橋本氏は液晶光変調技術をプロジェクター,電子ビューファインダー,光通信モジュール,顕微鏡用フォーカス補償など多様な光学システムに展開し,精密光学分野全体の性能向上に大きく寄与しました.これらの研究開発は,光波面を能動的に制御する「アクティブ光学」の産業応用を切り開くものであり,光学設計と電子制御の融合を推進した点で高く評価されます.企業研究者として,物理現象に基づく設計と量産化を一貫して行う姿勢は,原理と実用を結ぶ架け橋として特筆に値することから,光工学業績賞の受賞者にふさわしいと認められます.

功績賞受賞者
植田 憲一 氏(電気通信大学)
業績
高出力極限レーザー技術の先駆的研究と光工学発展への貢献

植田 憲一氏は,1971年大阪大学大学院工学研究科を修了後,日本電子株式会社,上智大学理工学部助手を経て,電気通信大学新形レーザー研究センターに助教授として奉職,教授,センター長を歴任されました.その間,核融合用エキシマレーザー,重力波検出用安定化レーザーと超高品質ミラー,キロワットファイバーレーザーやセラミックレーザーなどの基礎研究と先駆的開発に従事し,光工学分野の発展に大きく貢献されました.2012 年同大学名誉教授を授与され,その後も国内外の大学において特任・栄誉教授として光工学の発展に尽力されています.

エキシマ生成や脱励起過程の動力学的研究に加え,1980 年代には励起用相対論的電子ビーム装置を開発し,紫外線レーザー用高耐力ミラーを実現しました.特に,植田氏が開発した30cm口径,100ns,600J出力のKrFレーザーは,米国海軍研究所(NRL)が実施した世界評価で最も信頼できる優れた装置と認定されました.この成果は,米国における紫外レーザードライバーNIKE開発の基盤技術,すなわち反応動力学,電子ビーム発生,ASE抑制技術の発展に大きく寄与しました.

1990 年代以降は,重力波天文学研究のリーダーとして,周波数安定化レーザーおよび超低損失光学ミラーの開発を推進しました.重力波検出は10-21以下の空間歪みを測定する極限計測であり,光源の周波数安定性が計測精度を左右します.植田氏は日本で初めてLD 励起固体レーザーによる超高安定化レーザーを実現し,20m干渉計やTAMA300(300m基線)など複合干渉計の完成に寄与しました.また,反射率99.999%,総合損失3ppm以下の極限光学ミラーを国産化するため,国内外の技術者と協力し「高性能光学薄膜研究会」を組織,産学協働で極限光学技術の実用化を達成しました.

さらに,量子限界を目指す極限レーザー研究において,革新的手法を導入し,セラミックレーザーおよび高出力ファイバーディスクレーザーの開発に成功,透光性セラミックスの化学合成,ナノ結晶育成,鋳込み生成法を組み合わせ,結晶の分光学的性質とガラスの生産性を両立させたセラミックレーザーを実現して固体レーザー技術に革新をもたらしました.2002年には世界で初めて1 kWを超える高出力ファイバーディスクレーザーを実現し,産業応用にも成功,レーザー加工分野におけるファイバーレーザー普及に貢献しています.

大学退職後は欧州を中心とした超高強度レーザー開発プロジェクト,ELI,IZEST,ICANなどの主要メンバーとして参加し,200PWレーザー計画の概念構築,実施に協力するとともに,国内外のレーザー核融合プロジェクトに助言,協力しています.

植田氏の研究は,極限性能を追求する先駆的研究とその産業応用を一貫して推進するものであり,レーザー工学・光工学の発展に大きく貢献しました.さらに,応用物理学会理事,日本物理学会理事,レーザー学会副会長,OSA 理事,日本光学会常任幹事など要職を歴任し,学会活動の発展にも尽力されています.特に2004年~2013年には,日本光学会「Optical Review」誌のEditor-in-Chief を務め,国際的評価向上にも寄与しました.極限レーザーの先駆的研究と幅広い学会活動を通じて光工学の発展に顕著な貢献を果たしており,光工学功績賞受賞者にふさわしいと認められます.

第9回光工学業績賞・功績賞(高野榮一賞)表彰委員会

委員長
岡田 佳子
委員
荒木 敬介,菊田 久雄,栗村 直,鈴木 孝昌,平野 琢也,的場 修,宮前 博