第7回光工学業績賞・功績賞(高野榮一賞) 受賞者
- 業績賞受賞者
- 中井 武彦 氏(キヤノン)
- 業績
- 積層型回折光学素子をはじめとする新規技術のカメラ光学系への導入とその実用化
中井 武彦氏は,1987年キヤノン(株)に入社して昨年定年を迎えるまで事務機やカメラの光学系の設計や最先端の光学素子開発に一貫して従事し,現在,同社ICB光学統括部門で産学連携や後進の育成に携わっています.多くの研究開発の業績の中でも,これまで白色光での実用は困難とされていた積層型回折光学素子を発明するとともに,カメラレンズのへの実用化に貢献しました.
屈折回折ハイブリッドレンズが色収差補正に有効であることは,光ディスクのピックアップ光学系において既に知られていましたが,白色光を扱うカメラレンズでは,極端な回折フレアが発生するため,その採用は困難で,当時のレンズ設計者は導入することを諦めていました.しかしながら,中井氏は,当時の常識を打破し,これを解決する手段としてそれぞれ正と負の設計回折次数を持つ回折光学素子を積層するアイデアを思いつきました.これにより主要波長において合成回折次数がすべて1次回折となる積層型回折光学素子を発明しました.
さらに,2001年,この技術を量産向けカメラレンズに適用して世界で初めて商品化し,色収差補正に加えて,レンズの全長および重量が従来のレンズに比べて約30%減となる大幅な小型・軽量化を達成し,積層型回折光学素子のポテンシャルの高さを示しました.さらに,2004年には同技術をズームレンズに展開,2020年には,焦点距離600mmおよび800mmの超望遠レンズを低価格帯で商品化することが可能となり,一般カメラユーザーが回折光学レンズの恩恵に浴する技術となっています.回折光学レンズの有効性については1960年代から学会・産業界でも広く知られていましたが,中井氏の弛まぬ努力と積層構成の閃きにより,40年後に結実しました.現在では他社を含めて回折光学素子を採用したカメラレンズが多数普及していますが,カメラレンズの小型化・軽量化・高性能化に貢献した中井氏の業績は揺るぎないものとなっています.
積層型回折光学素子以外にも,2009年にはサブ波長構造を利用した反射防止膜のカメラレンズへの適用,2014年には特殊な屈折率の波長分散性を持つ色収差補正素子であるBR光学素子のカメラレンズへの実用化を主導し,新規技術のカメラ光学系への導入に多大な貢献をしてきました.
以上のように,中井氏は新規技術を光学設計技術に導入することで,従来の屈折レンズ光学設計に大きな変革をもたらした業績は高く評価でき,光学設計で活躍された故高野榮一氏を顕彰する光工学業績賞受賞者にふさわしいと認められます.
- 功績賞受賞者
- 河田 聡 氏(ナノフォトン)
- 業績
- ナノ光学・分光学における永年にわたる研究開発と国内外の光学界への貢献
河田 聡氏は,1981年大阪大学工学部助手に奉職し,1993年には同大学教授に昇任,その後,2002年理化学研究所主任研究員,2010年理化学研究所チームリーダを歴任するとともに,2003年ナノフォトン(株)を創業し代表取締役会長に就任しています.さらに,2015年理化学研究所名誉研究員,2017年大阪大学名誉教授の称号を授与されています.
1980年代後半,走査型トンネル顕微鏡の登場によりナノテクノロジー分野が世界の研究者の注目するところとなり,光学の分野でも回折限界を超える近接場光学顕微鏡の研究開発が鎬を削っていました.当時は,先鋭化光ファイバーの先端を微小開口とする顕微鏡がほとんどでしたが,これに対して河田氏は,1992年に金属探針を用いた局在化表面プラズモンによるナノ光スポットの形成原理を用いた非開口近接場光学顕微鏡を提案し,一躍注目されるところとなりました.この顕微鏡は,ナノメートルの分解能と電場増強による信号強度の大幅な向上をもたらし,先端増強ラマン顕微鏡の開発に繋がっていく成果となるとともに,現在大きな分野となっているプラズモニクスの分野の創出に貢献しました.
分光学分野においても,数多くの独創的かつ先駆的研究開発があり,機械的走査のない表面プラズモンセンサ,近赤外マルチチャンネルフーリエ分光法,機械的及び電気的機構を有さないスペックル軽減装置などがあります.さらに,光学・フォトニクス分野では,2光子重合による3次元微細造形技術,エバネッセント場及び表面プラズモンの放射圧とその応用,プラズモンホログラフィー,金属ナノレンズ,深紫外ラマン顕微鏡,ナノ構造・メタマテリアルの自己成長法などの独創的研究成果を世界に先駆けて発表されています.また,河田氏は,2003年にレーザー顕微鏡の開発製造企業「ナノフォトン株式会社」を創業することで,これらの研究成果の社会還元を積極的に進めています.
河田氏は,2005年日本分光学会会長,2014年応用物理学会会長,さらに,学術審議会,文化審議会などの委員を歴任するとともに,2022年には米国Optica会長に就任し,世界の光学コミュニティーをリードし,これらの活動を通した光工学への貢献は極めて大きいと考えられます.
以上のように,河田氏は一貫して光学・分光学,とりわけ顕微鏡・分光分析・ナノフォトニクスの分野で,類い希な研究成果を多数挙げ続け,起業を通してその成果を社会還元するとともに,光学コミュニティーにおける世界的な活躍を通して光工学の発展に大きく貢献しており,光工学功績賞受賞者にふさわしいと認められます.
第7回光工学業績賞・功績賞(高野榮一賞)表彰委員会
- 委員長
- 梅田倫弘
- 委員
- 荒木敬介,岡田佳子, 菊田久雄,栗村直,鈴木孝昌,平野琢也,宮前博