第10回女性研究者研究業績・人材育成賞(小舘香椎子賞) 受賞者

女性研究者研究業績・人材育成賞(小舘香椎子賞)表彰委員会
委員長 近藤高志

女性研究者研究業績・人材育成賞は,(研究業績部門)応用物理学分野の研究活動において顕著な研究業績をあげた女性研究者・技術者,または,(人材育成部門)女性研究者・技術者の人材育成に貢献することで科学技術の発展に大いに寄与した研究者・技術者または組織・グループを顕彰することを目的としています.本賞は,小舘香椎子先生(日本女子大学名誉教授,応用物理学会フェロー)の日本女子大学理学部退職に際しての感謝の会におけるご祝儀,および小舘香椎子先生からのご寄付を基金として設立されました.第10回女性研究者研究業績・人材育成賞については,機関誌『応用物理』7,8,9月号および学会ウェブページに掲載された公募に対して2019年10月31日までに推薦のあった候補者について,表彰委員会で慎重な審議・選考を行った結果,竹岡裕子氏(研究業績部門),小西くみこ氏,當麻真奈氏(研究業績部門[若手])を受賞者と決定しました.人材育成部門は受賞者なしとなりました.

なお,授賞式は2020年春季学術講演会(上智大学)の初日3月12日(木) 夕刻に行われます.また,研究業績部門の受賞者による受賞記念講演も同学術講演会の会期中に行われますので,是非ご参集ください.

研究業績部門受賞者
竹岡裕子氏(上智大学 理工学部 教授)
業績
有機無機ペロブスカイト材料の構造制御と光学応用へ向けた研究

竹岡裕子氏は,量子閉じ込め材料として注目を集めている有機-無機ペロブスカイト化合物の創製と光物性について,数々の研究成果をあげてこられました.有機‐無機ペロブスカイト化合物は,近年太陽電池材料として注目を集めていますが,竹岡氏はそれ以前に本化合物の研究を開始しています.東京大学大学院博士後期課程において、JST-CREST研究を通して、本化合物の非常に高い自己組織性を生かし、ゼロ次元から3次元までの量子閉じ込め構造を自在に作り出すことに成功し、その光物性についても系統的に評価してきました.同氏は化学をバックグラウンドとしており,その合成技術と化学物質に対する知見を大いに利用することにより,他研究者が実現できなかった多様な分子設計を可能としています。最近では,2次元量子閉じ込め構造を有する有機-無機ペロブスカイト化合物の配向制御を行い,デバイス応用において重要な知見を見いだしつつあります.これらの結果はイギリス化学会のHighly Cited Author受賞でも明らかなように,国内外で大きな注目を集めています.

同氏の活動は研究のみならず,学会幹事,国内学会運営委員,学会誌編集委員と多岐にわたります.応用物理学会では,春季学術講演会運営委員、女子学生に向けた特別寄稿などに尽力されました.また,中高生夏の学校で講師を務め、中高理科教員を対象としたセミナーの講師を務めるなど,若い世代の理科教育を積極的に支援しています.以上のように,研究,学会,人材育成と広く活躍する同氏は,本賞の受賞者としてふさわしい研究者です.今後のさらなる研究の発展と国際的な活躍が期待されます.

研究業績部門(若手)受賞者
小西くみこ氏(株式会社日立製作所 研究開発グループ 研究員)
業績
SiCパワーデバイスの高信頼化に向けたSiC結晶欠陥に関する研究

小西くみこ氏は,日立製作所に入社以来一貫して,シリコンカーバイド(SiC)を用いたパワーデバイスの,実用化に向けた研究開発に取り組んできました.中でも,SiCの重要な課題である結晶欠陥に関する研究を行い,以下に示すような顕著な研究成果をあげました.

まず第1に,SiC ショットキーバリアダイオード(SBD)のリーク電流について研究し,SiCの結晶欠陥に起因していること,また,逆方向リーク電流の電界強度依存性を定量的に明らかにし,リーク電流低減に向けたデバイス内部の電界設計指針を示しました.リーク電流を抑制したトレンチ型SiC SBD製品の,大電流化と製造歩留向上に貢献しました.本研究で得た指針は,今後電気自動車向けで爆発的な市場拡大が見込まれるトレンチ型SiC MOSFETにも普遍的に適用できる知見です.

第2に,SiCの信頼性の大きな課題である,通電劣化現象(順方向電流によりSiC基底面転位(BPD)が積層欠陥状に成長する現象)について解析しました.SiC基板やエピ層のBPDだけでなく,製造プロセスから発生するBPDを起源とする劣化についても調べ,これらの積層欠陥成長の定量的な物理モデルを構築しました.さらに,放射光を用いたオペランドX線トポグラフィー法を用い,世界で初めて動作中のSiC MOSFETにおける積層欠陥の拡張を直接観察することに成功し,パワーデバイスの実動作条件下での欠陥拡張の機構を明らかにしました.これら成果は,SiC MOSFETの通電劣化を防ぐため必要なダイオードを不要とし,パワーモジュールの革新的な小型・低コスト化の実現に大きく貢献するものです.

同氏には,今後も次世代SiCパワーデバイスの研究の進展に大きく貢献し続けるとともに,広く産業界・アカデミアの架け橋となる役割が期待されます.

研究業績部門(若手)受賞者
當麻真奈氏(東京工業大学 工学院電気電子系 助教)
業績
ボトムアッププロセスによる機能性ナノ構造表面の構築

當麻真奈氏は誘電体微粒子が自己集積プロセスによって配列した集積構造の特徴を非常に巧みに活用することで,従来のトップダウンプロセスに基づく微細加工では作製が困難な形状や素材からなる金属ナノ構造配列の大面積作製に成功し,応用上重要となる光学的・機械的特性について幅広い視点で明らかにしてきました.表面の微細構造によって自然界に存在しない特異な光学特性を実現するメタ表面は,自在に光を操る超薄型の光学材料として世界的に盛んに研究が行われており,ボトムアッププロセスの特徴を生かした金属ナノ構造配列作製に関する研究は,今後ますます重要性が高まると考えられます.また,同氏が明らかにしてきた金属ナノ構造配列表面の撥水性や,細胞を培養する足場としての有用性,光を信号として生体分子検出を行うバイオセンサ基板としての性能評価は,微細構造表面の特性を最大限利用した機能性表面の創出につながります.同氏は,疾病や健康状態に関わる生体分子を高感度検出可能なスマートフォン型の光学バイオセンサの開発に取り組んでおり,将来は設備の整っていない家庭,診療所,公共施設でも,標的となる生体分子を簡易にその場検出できるバイオセンサ技術となることが期待されます.

同氏は,日本,オーストリア,米国,ドイツとさまざまな国や環境で研究経験を積んだ,国際的な視点をもつ研究者でもあります.将来の応用物理学会を担う人材として,これまでの枠組みにとらわれない,柔軟な発想で,新しい分野を切り拓いていくことが期待されます.

2019年度女性研究者研究業績・人材育成賞(小舘香椎子賞)表彰委員会

委員長
近藤高志
委員
有吉恵子,加藤一実,小寺哲夫,庄司一郎,筑本知子,藤原聡,渡邉恵理子