第3回半導体分野将来基金表彰 受賞者
第3回 応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス 業績賞
(名取研二業績賞)
- 受賞者
- 極薄SiO2膜を持つ不揮発性メモリ実用化チーム:南 眞一 氏,神垣 良昭 氏,萩原 隆旦 氏(日立製作所)
- 業績
- 極薄シリコン酸化膜形成技術の研究開発および不揮発性メモリ技術の量産化への貢献
MONOS (Metal-Oxide-Nitride-Oxide-Semiconductor) 型メモリの不揮発性記憶動作は1960年代の終わりには知られていたが,Si界面において当時としては極限に近い超薄SiO2膜の形成が必要であり集積回路としての実現は極めて難しいと考えられていた.Siの酸化はDeal-Grove則に従って成長すると当時もモデル化されていたが,極薄SiO2膜の成長領域は初期酸化領域として扱われる領域であり,わずかな成膜環境の変化がSiO2膜厚に影響してしまうことから,その膜厚制御性をSiウェハー上で制御することはほとんど不可能と考えられていた.
南氏,神垣氏,萩原氏らは,窒素で希釈された極低酸素分圧での熱酸化膜厚制御に関して,酸化温度,酸化時間の関数として幅広く詳細な成長データ取得するという酸化の原点に戻り,酸素分圧領域によって変化するSiO2膜成長特性を自らのデータとして取得し,さらにそれをモデル化することによって,上記メモリ特性を左右するトンネル酸化膜にとってキーとなる1.8nmが安定成長するプロセスを確立した.その基礎技術によってMONOS構造を持つ電気的消去可能な不揮発性メモリ (EEPROM: Electrically Erasable Programmable Read Only Memory) 技術が構築されたと言える.実際に本技術は1980年よりEEPROM,1985年よりEEPROMを搭載したICカード用マイコンの量産化の核として大きく貢献してきた.さらに現在では不揮発性メモリをCMOS-LSIと混載した形でも展開されつつある.一方で本技術は高集積な電荷トラップ型不揮発性メモリへの展開,あるいは超微細化されたMOSFETのゲート絶縁膜形成技術一般にも大きな影響を与えてきたという意味において,現在のシリコンCMOS集積回路技術の心臓部を構成するMOSFETゲート絶縁膜の高性能・高信頼化の実現に大きく貢献してきたとも言える.
要するに,南氏,神垣氏,萩原氏らは,本技術の主要概念であるシリコンの酸化という基本現象に50年近く前にすでに焦点をあてて基礎的研究を行い,さらにそれを研究レベルで終わらせずに基本手法を量産現場で展開し,不揮発性メモリという大きな事業に結びつけ,その後のさらなる事業発展への基盤を構築した.このことは単に一社の事業展開にとどまらず,基礎的半導体プロセス技術を量産技術の最前線まで引き上げたという観点から応用物理の中でも特筆すべき成果と言える.以上のように,南氏,神垣氏,萩原氏らの業績は本業績賞授与にまことに相応しい.
第3回 応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス 業績賞
(名取研二業績賞)
- 受賞者
- 北川 光彦 氏(東芝)
- 業績
- IGBTの高耐圧化・低損失化を両立するエミッタ構造の新提案および実証,それに基づく大電力パワーデバイス事業への顕著な貢献
1980年代に実用化されたIGBT (Insulated-Gate Bipolar Transistor) は,MOSゲートを持つバイポーラ導通のパワー半導体であり,高速制御性と低導通損失を兼ね備えた素子として登場し,電力の制御や変換を担う主要素子として大きな期待が寄せられた.当時,パワー半導体は耐圧(阻止電圧定格)ごとに素子構造が異なり,600Vから1200Vはバイポーラトランジスタが主に用いられていたが,制御が容易なMOSゲート駆動のIGBTに置き換えが進んだ.一方,1200V超の高耐圧・大電流領域は,鉄道や送配電といった重要分野でもあるにかかわらずMOSゲート化が遅れていた.IGBTは耐圧保持層(n-ドリフト層)に過剰キャリアを蓄積させ,導通損失の低減を実現する.しかし,過剰キャリア密度を高めるための少数キャリアは裏面側から注入するため,n-ドリフト層が厚い高耐圧素子では表面に近づくほど過剰キャリア密度が低くなり導通損失が大きくなるという問題があった.
北川光彦氏は,表面近傍を含むn-ドリフト層全体に渡って高い伝導度変調を実現することが低損失化の鍵と考え,それを実現するためにトレンチゲートの幾何学構造を活用するというデバイス構造を提案し,大幅な導通損失の低減結果を実証した.そして,その素子をキャリア注入の促進による伝導度変調の向上という観点から「Injection Enhanced IGBT」とした.現在は Injection Enhancement (IE) 効果と呼ばれるこの効果により,従来は大幅な改善が難しく遅れていた高耐圧・大電流領域におけるパワー半導体のMOSゲート化が加速され,技術的ブレイクスルーとなった.さらに,上記効果は現在では1200V以下のIGBTの特性改善にも寄与しており,世界中の主要メーカーの製品設計に影響を与えている.さらに,鉄道車両,発電・送電システム,産業用モータなど,社会インフラの根幹を支える分野で広く採用され,電力エネルギーの高効率・高信頼制御の実現に寄与しており,本業績賞にまことに相応しい.
第3回 応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス 高専活性化奨励賞
(名取研二高専活性化奨励賞)
- 受賞者
- 角田 功 氏(熊本高等専門学校・情報通信エレクトロニクス工学科)
現在,我が国の半導体産業の再興に向けた取り組みは大きな注目を集めている.その一方で,教育・研究・産学連携を通じた若手の人材育成の重要性がこれまでになく高まっている.その中で,我が国独自の教育システムである高専は,若い世代が実践的な技術と研究に同時に接することができる場として極めて重要な役割を担っている.
角田氏は熊本高専において「考えるだけでなく,手を動かすことが大切」という指導方針のもと,実践的学習を重視した教育体制を構築し,学生主体による設備運用を通じて課題解決能力と現場対応力の育成に取り組んでいる.また,企業技術者による授業や工場見学を組み合わせた「半導体共創特論」を新設し,学びと産業界との接点を意識した教育を推進している.特筆すべきこととして,角田氏は「半導体材料・デバイスフォーラム」を2010年に企画・立ち上げ,その中で中心的役割を担いながら毎年開催を継続してきた.2025年で第16回の開催を迎えた.そこでは学生による研究発表,企業ブースでのキャリア交流,さらには学会との連携を通じて,半導体分野における多層的な学びと協働を実現している.さらに,角田氏は応用物理学会九州支部理事および産学連携推進委員長として,地域産業との協働を通じた教育・研究の発展にも尽力しており,半導体分野における高専の存在感を高めている.
角田氏は研究的な面からも,半導体の固相成長の研究を長く続けてきており,学生に対しても応用物理学会やSSDMなどの学会における発表を促し,またJJAP等への論文発表も積極的に行っている.
以上のように,角田氏の長年にわたる半導体教育・研究・産学連携への情熱と実績は,高専教育の在り方に対する強いメッセージであり,シリコン系半導体エレクトロニクス高専活性化奨励賞(名取研二高専活性化奨励賞)にまことに相応しい.
第3回 応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス 若手奨励賞
(名取研二若手奨励賞a)
- 受賞者
- 髙橋 崇典 氏(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科)
- 業績
- 酸化物半導体の次世代集積化デバイスへの展開
高橋崇典さんの主たる研究テーマは,次世代集積回路用FETの新しいチャネル材料の一つとして考えられているIn2O3を基本にしたGaドープ酸化物多結晶半導体(poly-IGO)に関する材料開発である.そこでは極薄酸化物半導体が要求されており,いわゆるTFT用途の材料とは異なる性能が要求されている.実際に,高橋さんはわずか4 nm 厚のpoly-IGOチャネルをチャネル材料としたFETにおいて,従来の3倍以上の120 cm2/Vsを超える高移動度と〜10-7 Ω·cm2 の極低接触抵抗を示すデバイスを実証した.この結果は単に材料技術としての興味にとどまらず,通常の配線工程にあたるバックエンド工程においても高性能のFETを形成できる可能性を示す結果であり集積回路コミュニティにおいても現在大きな注目をあびている.さらに,シリコンCMOS技術の微細化の限界が叫ばれる現在,フロントエンド工程においてもシリコンに置き換わるチャネル材料としての可能性も示す大きな技術的インパクトを持っている.
一方で,デバイス性能を競うだけでなく,In-Ga-O系アモルファス半導体の熱安定性と電子物性を詳細に評価することによって,HfO2系強誘電体デバイスとの高い親和性を示すことを示した.この研究においてはALD(原子層薄膜堆積)法によるIn-Ga-O系酸化物の構造安定性,HfO2強誘電体との界面適合性,及び熱処理後の電気特性保持を詳細に調べた結果から明らかにされた成果であるとともに,ALD法が可能にする精密な膜厚制御とデバイス特性の両立という集積回路を実現する上でキー技術に取り組んだ結果を含んでおり,今後の量産技術への展開可能性も示している点も大きな業績と言える.この結果は,今後のロジック混載用の高速不揮発性強誘電体FETメモリの3次元集積化に向けて大きな道筋を与えるものと言える.
上記の成果は,材料科学とデバイス技術を統合する応用物理の展開としてまことにすぐれているというだけでなく,現在も企業との共同研究を並行して推進しており,アカデミアと産業界の橋渡しを担う実践的な研究者としても今後も期待される.
以上のように,高橋崇典さんは材料科学とデバイス物理,集積回路応用の融合領域において今後も大きな展開を期待させる若手研究者であり,シリコン系半導体エレクトロニクス若手奨励賞(名取研二若手奨励賞a)にまことに相応しい.
第3回 応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス 若手奨励賞
(名取研二若手奨励賞b)
- 受賞者
- 野須 涼太 氏(島根大学大学院 自然科学研究科理工学専攻)
- 業績
- ガラス上スパッタSi膜の単結晶帯成長の実現と高移動度Si-MOSFETの実証
野須涼太さんは,2024年に島根大学総合理工学部物理・マテリアル工学科を卒業し,現在は同大学院自然科学研究科理工学専攻物理・応用物理学コース博士前期課程に在籍している.学部4年次から現在に至る約3年間,ガラス上へのスパッタSi膜の結晶配向制御単結晶帯形成とそのMOSFET応用の研究を行ってきた.
3次元LSIや次世代高精細ディスプレイの分野においては絶縁体上のSi単結晶形成技術が必要とされており,当研究室ではµシェブロンレーザー走査法(µCLS)というレーザー結晶化技術を独自に開発し,ガラス上Si膜の単結晶帯成長,および (001) 配向制御に成功し,作製したMOSFETの電界効果移動度が単結晶に相応した値を有していることを実証してきた.ただし従来はCVD-Si膜を用いて開発が行われてきたが,原料にシランガスを用いる危険性を抱えていた.そこで,スパッタSi膜を用いたµCLS結晶成長の研究も進めてきたが,(001) 配向制御に課題があり大きな壁となっていた.
このような背景のもと,野須さんはスパッタSiの成膜温度と配向制御のためのSiO2キャップ膜厚に着目し,µCLSによる高品質(001)結晶帯成長実現の研究に取り組み,CVD-Si膜に勝る単結晶帯の(001)配向率が得られる条件を見事に見出した.これまでは,スパッタSi膜のレーザー結晶化によって優れたデバイス特性が得られたとの報告例は無かったが,この条件に基づいてMOSFETを試作したところ,平均電界効果移動度が400 cm2/Vsまで向上することが実証された.さらに,野須さんは,µCLSによる全面単結晶化という新たな取り組みにも挑戦しており,まだ課題は残っているものの間隔3µm程度以下に隣接させた単結晶帯をラスタ走査することによって全面単結晶化できる可能性も示しており,試作したMOSFETはさらに高い電界効果移動度を示すところまで到達している.
以上の研究成果は,今後期待される3次元集積回路やディスプレイ応用という領域以外に,太陽電池の高性能化にも適用可能な要素を含んでおり,今後のさらなる展開を期待させる.まさに,シリコン系半導体エレクトロニクス若手奨励賞(名取研二若手奨励賞b)に相応しい.
2025年度 応用物理学会半導体分野将来基金表彰委員会
- 委員長
- 鳥海 明
- 委員
- 青砥 なほみ,岩室 憲幸,土屋 敏章,藤平 龍彦,末代 知子,村上 秀樹,毛利 友紀,山部 紀久夫