第2回半導体分野将来基金表彰 受賞者
応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス業績賞
(名取研二業績賞)
- 受賞者
- 服部 健雄 氏(東京都市大学・名誉教授,応用物理学会功労会員)
- 業績
- 高精度光電子分光法によるSi/SiO2界面構造の解明と関連分科会・研究会創設への貢献
Si集積回路におけるゲートSiO2膜の信頼性は,MOSFET(金属-酸化膜-半導体型電界効果型トランジスタ)の高性能化の心臓部ともいえる課題であり,まさに集積回路の成否を決することになるため,開発当初より常に実用化の最重要課題と位置付けられてきた.信頼性低下の対策として,開発当初には清浄化を中心に改善がなされてきたが,ゲート長1µm世代を迎えるにあたり,高信頼化の本質理解を求めて,ゲート酸化膜中の電荷捕獲中心への関心が高まってきた.さらに,不揮発性メモリなどにおける高電界印加による絶縁特性劣化に対して,熱酸化条件によるSiO2膜密度や応力の変化などの巨視的特性研究が増える中,Si-Oの結合様式やSi/SiO2界面構造そのものに関わる微視的な真性要因が研究開発の対象となってきた.
服部健雄氏は,X-ray Photoelectron Spectroscopy (XPS) によるSi/SiO2界面の高精度解析の可能性に着目し,Siの熱酸化過程における極薄SiO2膜形成時の界面におけるSi-O微視的結合構造(いわゆるサブオキサイド)の高精度解析に取り組んだ.熱酸化の進行に伴ってSiからSiO2へ結合状態が変化していく際に,SiとOが段階的に結合していく過程を詳細に追跡し,Si/SiO2界面の面方位依存性や熱酸化条件の変化によるサブオキサイド構造の膜厚方向分布の変化を明らかにし,界面におけるSiO2膜質の微視的描像を明確にすることに成功した.
氏の研究成果は,超微細シリコンデバイスの研究開発における極薄SiO2膜の高信頼化に必須となる原子・分子論的な理解の引き金となり,極薄SiO2膜形成機構の詳細解明,極薄膜の膜厚の高均一化,長期高信頼化研究につながり,高信頼ナノCMOSの研究開発を先導してきたと言える.
さらに,氏は若い研究者に対する研究助言,支援を精力的に進め,応用物理学会内にシリコンデバイスに関する研究会(後に分科会)の設立,およびシリコン酸化膜の膜厚高精度制御,高性能評価技術の構築,高信頼化に力点をおいた研究会の創設に尽力し,長くその運営を支え,多くの関連企業,大学の研究者の育成に努めてきた.
このような氏の業績は,関連業界からも高く評価されており,まさに本業績賞に相応しいと認められる.
応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス若手奨励賞
(名取研二若手奨励賞a)
- 受賞者
- 女屋 崇 氏(東京大学大学院新領域創成科学科助教)
- 業績
- 原子層堆積法を用いたHfO2系強誘電体薄膜の結晶構造制御
女屋崇さんは,明治大学理工学部における卒業研究から博士課程を修了するまで,物質・材料研究機構において原子層堆積法 (Atomic Layer Deposition, ALD) の研究をすすめ,博士課程期間中に米国テキサス大学ダラス校に1年間留学しALDの研究をさらに加速した.その後,学振PD特別研究員(産総研)としてさらに研究をすすめ,2022年12月に東京大学大学院に助教として採用され現在に至っている.
本賞の対象は,HfO2系強誘電体に関してALDを用いた成膜技術という観点から行われた詳細な研究成果である.HfO2は高誘電率ゲート絶縁膜として2007年以降,先端CMOSに採用されてきた材料であり,強誘電体としては2011年にドイツの研究機関から発表され,現在も世界中で活発な研究が行われている.しかし,この材料を使いこなすには常誘電体相(単斜晶あるいは正方晶)と強誘電体相(直方晶)を作り分ける必要がある.また,この系はペロブスカイト系の強誘電体材料とは異なり10 nm以下の薄膜領域でも強誘電性を示す特徴を持っており,良好な強誘電性を得るためには界面の制御が不可欠である.
このような課題に対して,従来は熱処理や雰囲気などの条件などを変えてプロセスの最適化が検討されてきたが,女屋さんは ALD の成膜機構の理解に基づき,原子層レベルで薄膜と界面の物性を制御するための新しいアイディアを提案し実証してきた.例えば,i) ZrO2を直方相HfO2の核形成層として用いるという新しい界面制御手法を提案・実証し,さらにZrO2層が界面反応を抑制することを解明し,それによる分極反転時の信頼性向上を実現できることを示した.ii) ZrO2核形成層の導入によって,ALD成膜後の熱処理を含めて300°Cという低温下において強誘電性を発現できる事を示した.
以上のように,本研究成果は材料・プロセス技術の基礎的研究成果を最先端半導体デバイス技術に繋ぐ可能性を示すという点においても極めて重要であり,シリコン系半導体エレクトロニクス若手奨励賞(名取研二若手奨励賞a)にまことに相応しいと認められる.
応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス若手奨励賞
(名取研二若手奨励賞b)
- 受賞者
- 堤 将之 氏(ソニーセミコンダクタソリューションズ (株))
- 業績
- CMOSイメージセンサの画素部にSiC MOSFETを用いることによる放射線耐性向上への貢献
堤将之さんは,広島大学大学院・先進理工学系科学研究科修士課程を修了後,現在はソニーセミコンダクターソリューションズ (株) に所属している.今回の受賞対象は,広島大学で取り組んだ,シリコンカーバイド (SiC) を用いたCMOSイメージセンサに関する研究成果である.
SiCはパワーデバイスの高性能化に向けて,現在活発に研究開発が行われている半導体であるが,ワイドバンドギャップであることの利点として,放射線耐性が格段に向上するという点も期待されている.実際,我が国では福島第一原子力発電所の廃炉対応として,メガグレイ級(グレイGy, 放射線によって物体に与えられたエネルギーを表す単位)の高いガンマ線照射耐性を持つイメージセンサの開発が強く望まれている.
上記の背景のもと,Siを使った場合にはkGy以下でしかなかった放射線耐性を,SiCを用いることでMGy級に向上させたCMOSイメージセンサを実現しようというのが本研究の目的である.
堤さんは,3トランジスタ型,及び4トランジスタ型アクティブピクセル・センサの設計・試作・評価を行った.その研究にはSiCフォトダイオードの設計およびSiC MOSFETの試作なども含まれる.また,イメージング機能実証のため,8×8のピクセルアレイの試作も行った.さらに,試作したピクセル・センサが,2MGyまでのガンマ線照射後においても動作していることを実証した.この値はシリコンを用いて作製された場合に比較して3~4桁高い結果であり,また最近のSiC MOSFETを用いたCMOSイメージセンサの発表値に比べても倍程度高い値である.以上の研究成果は,放射線耐性が強く求められる環境下でのリアルタイム・イメージングの開発を大きく加速するという社会的観点からはもとより,SiCの応用範囲を大きく拡げるという点からも技術的意味はきわめて大きく,シリコン系半導体エレクトロニクス若手奨励賞(名取研二若手奨励賞b)にまことに相応しいと認められる.
応用物理学会シリコン系半導体エレクトロニクス高専活性化奨励賞
(名取研二高専活性化奨励賞)
- 受賞者
- 多田 和広 氏(富山高等専門学校・電気制御システム工学科准教授)
昨今の次世代半導体技術開発に対する国内における盛り上がりと期待は大きいものがあるが,マスメディアから発せられる派手な情報ではなく,息の長い技術として伝承し発展させていくことが必要であることは言うまでもない.また,新しい技術の開発においては単に技術を覚えるだけではなく,若い時に研究開発の場に自ら触れていくことの意味はきわめて大きい.中でも5年間という期間にわたり若い学生を育成する高専においては,上記の技術の伝承と研究という両面からの活性化が求められている.
富山高専の半導体教育では,半導体デバイスやプロセスの基礎を学生が実感できるように実験・実習科目が広く展開されている.さらに,学生が,急速に発展する半導体分野の動向を知り,より興味を高めることができるように,外部の専門家による最先端技術や基礎的理解に関するセミナーを開催するなど,多田氏らを中心に積極的に半導体教育を推進している.その成果は学生の学会発表,論文発表にも繋がっている.
多田氏らは研究という観点からも,ナノインプリントプロセスをトライボロジーあるいはレオロジーという観点から解明することをめざし,分子動力学法を用いた研究を進めてきた.最近では,電子ビームやイオンビームを材料に照射した場合の影響をナノスケールで解析するために,電子・イオンの散乱過程や材料の変形挙動解析をモンテカルロ法と分子動力学法のハイブリッドモデルを開発して研究をすすめている.また学会運営という点からも,2022年10月に富山で開催された応用物理学会主催の第22回ナノインプリント・ナノプリント技術国際会議(NNT2022)の実行副委員長として大きく貢献した.
以上のように,多田氏を中心にした富山高専における半導体技術に関する教育活動,学生を巻き込んだ研究に対する情熱と成果,さらに学会活動に対する講演および運営の両面からの積極的貢献は,高専における半導体技術教育の進め方の一つの方向を示しており,シリコン系半導体エレクトロニクス高専活性化奨励賞(名取研二高専活性化奨励賞)にまことに相応しいと認められる.
2024年度 応用物理学会半導体分野将来基金表彰委員会
- 委員長
- 鳥海 明
- 委員
- 青砥 なほみ,岩室 憲幸,土屋 敏章,藤平 龍彦,末代 知子,村上 秀樹,毛利 友紀,山部 紀久夫