第3回(2024年度)応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞) 受賞者

ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞)
選考委員会委員長 松下祥子

応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン(D & I)賞は,応用物理分野で顕著な研究・開発の成果をあげた女性研究者・技術者(女性研究者研究業績賞,女性研究者研究奨励賞),および,応用物理分野におけるダイバーシティ&インクルージョンに大きく貢献する研究または活動を行なった研究者・技術者または組織・グループ(ダイバーシティ&インクルージョン貢献賞)の功績を讃え,応用物理学分野の一層の活性化を図ることを目的としています.第3回応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞については,機関誌『応用物理』6~8月号および学会ウェブページ,機関誌同封チラシ,SNSに掲載された公募に対して2024年8月31日(土) までに推薦のあった候補者について,選考委員会およびダイバーシティ&インクルージョン委員会で慎重な審議・選考を行った結果,高瀬 恵子氏(女性研究者研究業績賞),鈴木 陽香氏,ならびに藤田 奈津子氏(女性研究者研究奨励賞),Serendipity Lab(代表者: 東京大学 合田 圭介氏)(ダイバーシティ&インクルージョン貢献賞)を受賞者と決定しました.

なお,授賞式は2025年春季学術講演会(ハイブリッド開催)の初日3月14日(金) 16:00~18:00に現地にて行われます.また,女性研究者研究業績賞,および女性研究者研究奨励賞の受賞者による受賞記念講演も同学術講演会の会期中に行われますので,是非ご参集ください.

女性研究者研究業績賞

受賞者
高瀬 恵子 氏(東京農工大学大学院工学研究院 先端電気電子部門・東京農工大学大学院工学府 知能情報システム工学専攻・東京農工大学工学部 知能情報システム工学科 准教授)
業績
ナノ構造半導体の輸送現象解明およびスピン軌道相互作用の電気制御の研究

高瀬恵子氏は,グラフェンやⅢ‐Ⅴ族半導体材料などを用いて,電子物性,特に量子効果の発現する輸送特性の研究を実験,理論計算の両面から行ってきました.近年では,有機金属気相成長法により成長するボトムアップ型のⅢ‐Ⅴ族半導体ナノワイヤを用いて,半導体量子ナノ構造におけるスピン軌道相互作用の電気的制御にも成功し,巨大スピン軌道相互作用の創出および化合物半導体におけるナノスピントロニクスを開拓しています.とくに,半導体ナノワイヤを用いて様々な構造の金属・酸化膜・半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)を開発することで,従来報告された二次元量子井戸や量子ワイヤをしのぐ巨大スピン軌道相互作用を実現し,Ⅲ‐Ⅴ族半導体におけるスピン軌道相互作用の世界最高クラスの高効率ゲート制御を達成しました.これらの研究成果は,省エネルギー・ナノスケール・スピンFETの実現に向けて大きく貢献します. 一連の同氏の研究は,新聞紙面に特集・掲載され,また各種の賞を受賞されるなど高く評価されています.さらに,同氏は国際的な研究者ネットワークを構築し,国内外における学会活動や社会貢献活動も精力的に行っています.

以上のように,高瀬氏は半導体ナノ構造の量子物性に関して先駆的な業績をあげており,応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究業績賞を受賞するに相応しい女性研究者です.

女性研究者研究奨励賞

受賞者
鈴木 陽香 氏(東海国立大学機構 名古屋大学 講師)
業績
高周波放電を用いた大気圧高密度プラズマ源の開発と応用に関する研究

鈴木陽香氏は,独自の進行電磁波重畳型伝送系の設計に基づいて,メートル級の幅を均一かつ高速に処理可能な新しい大気圧高密度プラズマ源を提案・実証されました。この画期的な技術により,様々なガスを用いて高密度かつ長尺で均一なプラズマ生成に成功し,従来の技術的限界を打破する成果を挙げられました.近年,電子デバイス製造においてフィルム上へのデバイス形成などの新たな技術が進展する中,高価な真空容器を必要としない大気圧プラズマ技術は,次世代のフィルムプロセス装置として大きな期待を集めています.しかし,従来の技術では処理速度や処理面積に限界があり,実用化にはさらなるプラズマ生成技術の革新が求められていました.鈴木氏の技術は,フィルムの表面を高速かつ効率的に親水化するプロセスや,高速アッシング処理を実現する点で顕著な実績を示しており,産業応用に向けた大きな一歩を踏み出しています.この技術革新は,電子デバイス製造だけでなく,材料表面処理や環境保全など,広範な分野において大きな波及効果をもたらすと考えられます.
上記のように,同氏は新しい大気圧プラズマ源の開発とその応用に関して先駆的な業績をあげており,学術的意義にとどまらず,産業界との連携を通じて社会実装にも取り組むなど,今後益々の活躍が期待されます.

以上のように,鈴木氏は応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究奨励賞を受賞するに相応しい女性研究者です.

女性研究者研究奨励賞

受賞者
藤田 奈津子 氏(日本原子力研究開発機構 研究副主幹)
業績
加速器質量分析装置の超小型化を目指したイオンビーム機能性透過膜の開発

藤田奈津子氏は加速器質量分析(AMS)を用いた年代測定で重要な核種である炭素14に着目し,常識を覆す小ささの炭素14専用超小型AMS装置を開発するために必要となる特許「イオンビーム機能性透過膜」を発案しました.AMS装置を小型化する挑戦は,現在世界的に盛り上がりを見せていますが,イオンビームのエネルギーが100 keVより小さくなるとストリッパーガスとの衝突により大角散乱が顕著になり,透過率が低くなることや,バックグランドが増加するといった問題が現れるため,藤田氏は従来の加速器で使用されているストリッパーガスを「固体単結晶」に置き換えた本特許の原理実証を,工夫を重ねながら進めてきました.AMSの小型化と普及は,数少ない大型施設における高価な測定という従来のAMSの常識を覆し,地質学や考古学分野での年代測定にとどまらず,脱炭素社会達成や創薬等,活用のユビキタス化を通じて人類社会の福祉と繁栄に貢献し,AMS活用の汎世界的拡大や新たな価値を創出するゲームチェンジャーとなり得るでしょう.また,未来の研究者の若い芽を育てようと,国際メンタリングワークショップ等での理系女子学生応援活動や地元イベント講師,大学の非常勤講師や,学生への声掛け等,アウトリーチや人材発掘活動を精力的に行っています.

以上のように,藤田氏は応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究奨励賞を受賞するに相応しい女性研究者です.

ダイバーシティ&インクルージョン貢献賞

受賞者
Serendipity Lab代表者:合田 圭介 氏 東京大学大学院理学系研究科 教授)
業績
応用物理学と生体医工学の融合:国際的研究組織の構築とD&I推進

東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授が設立・運営する「Serendipity Lab」(http://www.serendipitylab.org)は,国境,年齢,ジェンダーを超えた協働を通じて,科学技術の発展を一般社会に還元することを目指す新しい学術組織です.現在,15カ国から180名以上の研究者が参加し,国内外の多様な背景を持つ研究者たちが学び,協力し合う場を提供しています.この組織からはこれまでに100報以上の国際共著論文が発表され,そのうち3割以上が世界トップ10%にランクされる高い学術的成果を上げています.この実績は,研究の国際化と多様性を重視する組織のビジョンが優れた成果を生み出していることを示しています.

特に注目すべきは,女性研究者や若手研究者が組織内で主導的な役割を担い,世界的な研究者との交流を通じて,早期の研究キャリア形成に有益なネットワークの拡大が促進されている点です.このような環境は,彼らに多様な視点を養い,柔軟な発想で独創的な研究を進める機会を提供しています.これまでに,18名の研究者が本組織での経験を基盤に新たな大学教員として活躍しており,その半数の9名が女性です.これはジェンダー平等とキャリア機会の均等化に大きく貢献していることを示しています.

これらの取り組みにより,設立者である合田教授のリーダーシップのもと,Serendipity Lab は応用物理学におけるダイバーシティとインクルージョンの推進に顕著な貢献を果たしてきました.以上の理由から,Serendipity Lab は応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞におけるダイバーシティ&インクルージョン貢献賞を受賞するに極めて相応しい組織であると考えられます.

2024年度 応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞)選考委員会

選考委員長
松下 祥子(東京科学大学)
委員
為近 恵美(横浜国立大学)庄司 一郎(中央大学)田中 あや(NTT物性科学基礎研究所)小寺 哲夫(東京科学大学)筑本 知子(大阪大学)橋本 信幸(日本女子大学)増田 淳(新潟大学)