第1回(2022年度)応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞) 受賞者

ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞)
選考委員会委員長 近藤高志

応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン(D & I)賞は,応用物理分野で顕著な研究・開発の成果をあげた女性研究者・技術者(女性研究者研究業績賞,女性研究者研究奨励賞),および,応用物理分野におけるダイバーシティ&インクルージョンに大きく貢献する研究または活動を行なった研究者・技術者または組織・グループ(ダイバーシティ&インクルージョン貢献賞)の功績を讃え,応用物理学分野の一層の活性化を図ることを目的としています.第1回応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞については,機関誌『応用物理』7,8,9月号および学会ウェブページ,機関誌同封チラシ,SNSに掲載された公募に対して2022年10月11日(火)までに推薦のあった候補者について,選考委員会およびダイバーシティ&インクルージョン委員会で慎重な審議・選考を行った結果,丸山美帆子氏(女性研究者研究業績賞),久志本真希氏,ならびにYu-Chieh Lin氏(女性研究者研究奨励賞)を受賞者と決定しました.ダイバーシティ&インクルージョン貢献賞は受賞者なしとなりました.

なお,授賞式は2023年春季学術講演会(ハイブリッド開催)の初日3月15日(水) に現地にて行われます.また,女性研究者研究業績賞,および女性研究者研究奨励賞の受賞者による受賞記念講演も同学術講演会の会期中に行われますので,是非ご参集ください.

女性研究者研究業績賞
丸山 美帆子 氏(大阪大学大学院工学研究科 電気電子情報通信工学専攻 量子情報エレクトロニクス部門 創製エレクトロニクス材料講座 機能創製バイオマテリアル領域 教授)
業績
有機結晶およびバイオミネラルの結晶成長機構の解明と結晶成長制御技術の開発

丸山美帆子氏は,東北大学理学研究科地学専攻を修了後,大阪大学で博士研究員としてタンパク質の高品質結晶化に取り組みました.その後,有機結晶の多形制御,尿路結石症の形成機序解明,骨のリモデリングといった多岐に渡る研究に携わり,それぞれのテーマにおいて優れた業績を挙げています.同氏は鉱物・結晶成長学を学術基盤とし,ユニークな視点により尿路結石と隕石の類似性に気付き,医工連携のMETEOR(Medical and Engineering Tactics for Elimination Of Rocks)プロジェクトを立ち上げ,40名を超える臨床医をはじめ様々な分野の研究者集団を束ねるリーダーを務めています.同氏は尿路結石と隕石の類似性を名古屋市立大学大学院医学研究科腎・泌尿器科学分野の安井教授,岡田准教授に提案出来たのは,カウンセリングのお陰と述べています.以前の同氏なら,自分より目上の相手に自己主張することを躊躇われていたそうです.その原因は,出る杭になると叩かれるから「何事にも目立たない様に一歩引いて行動するように」という親心からの家庭教育がトラウマになっていたからだと自身で気付き,カウンセリングを受けて解消されました.その結果,METEORプロジェクトが立ち上がり,その成果として尿路結石は先ずは準安定相の結石が形成され,時間とともに安定相に相転移するということを世界で初めてリアルタイムで観測することに成功されました.

同氏は自身の経験を基に「理系女性のライフプラン」をご友人の長濱祐美さんと共著で執筆されています.このように,同氏は女性が研究者として活躍するにはどうすれば良いのか,という課題に対してカウンセリングの活用をはじめ実践的に取り組んでいます.本賞受賞者として今後益々の活躍が期待できます.

女性研究者研究奨励賞
久志本 真希 氏(名古屋大学大学院工学研究科電子工学専攻 情報デバイス工学 講師)
業績
未踏波長帯域深紫外レーザーダイオードに関する研究

久志本真希氏は,これまで誰も為しえなかった深紫外レーザーダイオード(LD)を世界で初めて実証させた共同研究において,主要な役割を果たされました.2017年より始まった名古屋大学と旭化成株式会社との共同研究へ参画し,特に深紫外LD素子実現に重要であった構造設計や光学・電気特性評価においてその能力を発揮し,2019年9月に世界初のパルス注入による深紫外LDの実現という快挙を成し遂げました.さらにこの深紫外LDをより実用的なデバイスとして完成させるために,連続波発振を目指して閾値電流ならびに駆動電圧の低減に精力的に取り組まれました.この中でAlGaN結晶の異常成長や,作製時の欠陥形成による閾値電流への影響を明らかにし,閾値電流や駆動電圧を著しく低減するデバイス構造の設計に成功されました.これらの取り組みの結果,2022年に世界初の深紫外LD連続波発振を達成された訳です.これは同氏が半導体デバイス研究のリーダーに資する素質を十分に備えている証左と言えるでしょう.

以上のように,久志本真希氏は優れた世界的な研究成果を挙げながら,大学院教育と並行し,現在叫ばれている産学連携や分野の壁を越えて研究を遂行することが可能な貴重な人材である.また現状女性教員の少ない工学研究科にて女子学生のメンターや,女性向け工学系進学イベントの企画運営などの活動もしており,今後の女性研究者のロールモデルとしての活躍が期待されます.

女性研究者研究奨励賞
Yu-Chieh Lin 氏(理化学研究所 光量子工学研究センター アト秒科学研究チーム研究員)
業績
キャリア包絡線位相制御されたサブサイクル近赤外光パラメトリック増幅システムの開発

Yu-Chieh Lin氏は2013年に台湾国立交通大学で博士の学位を取得後,2014年に理化学研究所の特別研究員として高強度のフェムト秒レーザーを使った研究に参画しました.Lin 氏は,それまで超短パルスの研究経験がなかったにもかかわらず,ほぼ一人で非線形結晶BBOによる縮退光学パラメトリック増幅(OPA)を利用してサブサイクルパルス光(パルス幅4.3 fs,0.73サイクル)を増幅するOPAシステムを開発しました.1波長の励起光でサブサイクルパルス光を増幅できるシンプルなOPAシステムの開発はこれが初めてであり,サブサイクル光の高強度化に大いに貢献する成果で,その内容は”Optical parametric amplification of sub-cycle shortwave infrared pulses” と題しNat. Commun. 誌やCLEO2022の招待講演で発表されています.さらに本成果によりLin氏は第15回大阪大学近藤賞やUltrafast Science誌主催のthe 1st Women in Ultrafast Science Global Awardsも受賞しています.今後,これを用いた高次高調波発生や光渦への展開等,将来の応用研究が期待されます.一方,Lin氏は,その研究成果から受ける印象とは逆に,普段は非常に優しく謙虚な人柄です.その人当たりの良さで研究室の誰とでも仲良く接しており,旅行の話や理化学研究所内の趣味サークルの話で大いに盛り上がることも度々です.

以上のように,同氏は第1回応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞女性研究者研究奨励賞を受賞するに相応しい女性研究者です.

2022年度 応用物理学会ダイバーシティ&インクルージョン賞(D & I 賞)選考委員会

委員長
近藤 高志(東京大学)
委員
木本 恒暢(京都大学),齊藤 公彦(東京都市大学),小川 賀代(日本女子大学),沈 青(電気通信大学),田中 あや(NTT物性科学基礎研究所),筑本 知子(中部大学),橋本 信幸(元シチズン時計),増田 淳(新潟大学)