公益社団法人 応用物理学会

GXと自律分散社会 Society 5.0とカーボンニュートラルの両立に求められる自律分散社会とその課題 伊藤 智 研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 技術戦略研究センター デジタルイノベーションユニット長 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理

2020年10月に菅義偉内閣総理大臣(当時)が「2050年カーボンニュートラル」宣言を発しました.カーボンニュートラルは,温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることを目指すものであり,排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすることを意味します.排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため,排出した量と同じ量を吸収あるいは除去することで実質ゼロを目指すことになります.大気中あるいは,燃料資源の使用時に排出されるCO2を,直接回収して資源として利用する技術や,地中などに貯留する技術が開発されています.しかし,排出しても除去すればよいということではなく,排出するCO2を削減する努力は避けて通れません.

一方我が国では,IoTで全ての人とモノがつながり,様々な知識や情報が共有され,今までない新たな価値を生み出す社会として,Society 5.0の実現も謳っており,第6期科学技術イノベーション基本計画でも改めて記載されております.Society 5.0を実現するためにはデジタル化が必須となり,IoT機器などによるデータの生成,無線や光ファイバーによるデータの伝送,クラウドやエッジでのデータの分析,分析結果のサービスとしての発信など,様々な情報処理が必要であり,それぞれの段階において電気の消費が増大してしまいます.日本における電気の4分の3は石炭,石油などの化石燃料によるものであり,電気を使えばCO2の排出を増やすことになります.太陽光,風力などの再生可能エネルギーを増やす取り組みは進んでいるものの,供給率は高くなく,電気の使用を減らす,いわゆる省エネの取り組みが不可欠となっています.

このようなSociety 5.0の実現というデジタル化とカーボンニュートラル実現というグリーン化の取り組みにとって,大きな要素となるのが自律分散社会です.

ここに示したのは,経済産業省の「次を見据えた新たな「自律・分散・協調」戦略」に書かれていた図です.

出典:次を見据えた新たな「自律・分散・協調」戦略」(経済産業省,2016)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shomu_ryutsu/
joho_keizai/bunsan_senryaku/pdf/001_03_00.pdf

図に示されているように情報システムのアーキテクチャは [*1],主要プレイヤーの交代とともに,集中と分散を繰り返してきました.これまでの流れを受けて,2020年以降,分散にシフトしていくと考えられています.2019年の冬から始まった,新型コロナウィルス感染症の影響により非接触が求められ,オンラインやリモート技術などによるデジタル化がさらに進むこととなりました.オンラインやリモート技術が活用されると,これまで大都市に集中していた社会活動が地方に分散していく流れを生み出しました.発電所は都心よりも地方に多いため,都心集中型の場合,送電距離が長くなることで送電に伴うエネルギー損失も増えることになります.そのため,地方分散,エネルギーの地産地消はグリーンの観点からも有益となります.新型コロナウィルスは完全にはなくならなくても,ワクチンや自然免疫の獲得などによって,経済活動に支障がなくなる将来が訪れると期待していますが,その後においても直ちに都市集中に戻ることなく,リスク分散やデジタル化のメリット享受のため,分散化は続くと考えられます.

また,Society 5.0では,センサなどで生成されたデータをサイバー空間においてAIなどを活用して分析を行い,新たな価値を生み出して情報提供あるいは機械などの制御に結びつける社会像が描かれています.この中で,サイバー空間での分析は,クラウドに集中させる形ではなく,分散した形に移っていくことが予想されます.今後,ますますIoTが様々な場所に導入されてデータの生成量が増加する場合,全てのデータをクラウドに集めてしまうと,クラウドでの処理量とデータ通信にかかる消費電力が膨大となってしまいます.そのため,データが生成されるIoT機器,あるいはその物理的近傍(エッジ)[*2] において分析を行うエッジコンピューティングが進み,クラウド側に大きく依存することなく自律的に判断や制御が行われるようになると予想されます.

具体的に自律分散システムの例を示しましょう.自動運転が進むと自動車に搭載されたカメラ,加速度センサ,LiDARといった様々なセンサから得られたデータ,さらに現在走行している地点の地図情報と目的地から,自動車の車内に搭載したコンピュータによって状況を分析,判断し,進路や速度など,運転を制御します.センサ情報として得られるデータ量は将来的に1台1日あたり4TBにも至るという報告もあり,それらをすべてクラウドに送ることはネットワークに大きな負荷をかけることになります.外部とのデータのやりとりを少なくし,自動車が自律的に走行できるようエッジコンピューティングが進むことが期待されます.ただし,自動車も電動化が進むと,利用できる電力量に制約が強くなりますが,その制約の中で,自動運転の処理を進めるためには,センサや,分析を行うAIのためのプロセッサなども,大幅な省エネが必要となります.

もう一つ例を挙げましょう.地震,津波,台風,火山など,日本では様々な自然災害が発生する可能性があります.人命にも関わりますが,自然災害の影響により大規模に森林が倒れたり,焼失したりすると,CO2の吸収量が減ることにもなるためカーボンニュートラルの観点からも防災は重要です.災害の発生が懸念される火山のマグマ状態や川の水位などを監視するため,フィールドに多数配置したセンサのデータを,近くの無線の基地局などエッジで分析を行い,災害の予兆を検知したら,近隣の自治体などに自律的に注意や警報を発することが考えられます.

出典:「ICT,データ活用等における戦略的なインフラメンテナンス等」(国土交通省, 2018)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/
infla/dai2/siryou5.pdf

上記の例のように,Society 5.0の実現に向けて,自律分散型のシステムを構築しようとすると,IoT機器が屋外で用いられることは少なくありません.屋外に設置されるIoT機器は,設置範囲が広いことからケーブルの接続は困難となり,データの通信も電力の供給もケーブルを使わない方法が必要となってきます.データの通信については,無線を使う方法が一般的となりますが,利用できる電力が限定されると,送信の頻度,データ量,送信する距離に制約が生じます.そのため,IoT機器の近くに,データを収集するための中継器が必要となる場合もあります.電力については,電池を使うことが一般的ではありますが,電池を交換するためには人による作業が必要になったり,最悪のケースとして放置されてしまった場合などに水銀や鉛が使われていると地球環境への負荷が懸念されます.屋外に設置する場合は,光,振動,温度差など,様々なエネルギーハーベスティングが使える可能性があります.近年は,デバイスの消費電力がかなり削減されてきたこともあり,データの送信頻度やデータ量を少なくしたり距離を縮めると,ハーベスティングしたエネルギーだけで十分賄える場合があります.もちろん,より自由度を上げるためには,より効率のよいエネルギーハーベスティングの開発も必要です.また,必ずしも十分なハーベスティングが可能な環境にない場合は,マイクロ波など電波による給電も有用な方法となります.データ通信に使われる電波はエネルギーを持っているので,そのエネルギーを電気に変換して給電することも研究されています.ただし,非常に僅かなエネルギー量であるため,エネルギーを必要とするデバイスの位置を特定して,ビームフォーミングなどの技術により電波の放射をIoT機器に集めることで給電の効率を上げる工夫が必要です.橋梁やトンネルの老朽化,あるいはボルトの緩みなどをセンサで検知して事故を未然に防ぐインフラ点検においては,多数のセンサの設置が必要になります.点検用の自動車が走行しながらマイクロ波をセンサに向けて発信して給電するとともに,センサのデータを収集するような実証実験も行われています.

Society 5.0の実現には,様々なセンサなどのIoT機器や,分析のためのプロセッサが活用されますが,カーボンニュートラルも合わせて達成していくためには,消費する電力を大幅に削減する工夫が必要となり,データの転送量を抑えエッジで様々な分析を行うような自律分散型の社会に移っていくことが期待されます.

注釈

  • [*1] 情報システムのアーキテクチャ: 情報システムがどのような要素(部品)から構成されているかや,部品のインタフェースなど,仕様を規定するものとして「アーキテクチャ」という言葉が 使われますが,「基本的な考え方」のように概念を表すものとして使われることもあります.ここでは,概念を表す言葉として用いています.
  • [*2] 物理的近傍(エッジ): エッジとは,端,末端の意味であり,IoT分野では,ネットワークの末端に接続している機器(例えばスマートフォンやセンサ機器など),および機器で生成 されたデータをネットワークに送り出すポイントをエッジと呼びます.複数のIoT機器が設置してある場合などは,物理的に近い場所にコンピュータを設置して,全てのデータを収集して解析し,結果と必要な情報だけをネットワークに送り出す場合があります.そのような場合のコンピュータもエッジと呼ばれます.

著者プロフィール

伊藤 智

(いとう さとし)

1987年筑波大学大学院物理学研究科博士課程修了.1987年から(株)日立製作所中央研究所にて材料シミュレーション,金融工学,並列計算機の利用技術等に関する研究に従事.2002年6月から産業技術総合研究所にてグリッドコンピューティング,グリーンIT,クラウド等の産業分野への応用研究に従事.2017年4月から新エネルギー・産業技術総合開発機構にて技術戦略の策定に従事.

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