IoT社会を支える自立電源技術:環境発電 多種多様なエネルギー変換技術で持続可能な社会の実現に貢献 竹内 敬治 株式会社NTTデータ経営研究所 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
環境発電とは
私たちの身の周りには,多種多様な形態のエネルギーが存在します.例えば,太陽や照明の光,機械・構造物などの振動,太陽熱,機械の排熱,人間(動物)の動き,体温,風,雨,波,水の流れ,温湿度や気圧の変動,携帯電話・Wi-Fi・テレビの電波などです.これらのエネルギーには,希薄・微小なものが多く,大規模な発電の再生可能エネルギーとして活用できるケースは限られます.しかし,近年,電子デバイスの消費電力が急速に低下しつつあることで,希薄・微小なエネルギーであっても,発電して有効に活用できるようになってきました.環境中にさまざまな形態で存在する希薄・微小なエネルギーから発電する技術を総称して,環境発電と呼んでいます.具体的には,表1に示すような,さまざまな環境発電技術の研究開発が進められています.
環境中のエネルギー | 主な環境発電技術 | 実用化事例 |
---|---|---|
可視光 (太陽光,室内光など) |
各種太陽電池(アモルファスシリコン太陽電池,色素増感太陽電池,ペロブスカイト太陽電池,有機薄膜太陽電池など) | 電卓,腕時計,雑貨,美顔器,電飾,スマートゴミ箱,屋外・屋内環境モニタリング,室内用BLEビーコンなど |
力学的エネルギー | 電磁誘導,静電誘導(エレクトレット,電気活性ポリマー,摩擦帯電など),圧電効果,撓電効果,逆磁歪効果など | 腕時計,トイレ自動水栓,テニスラケット,照明等の無線スイッチ,防火シャッター,産業機械モニタリング,列車車軸モニタリング,ベルトコンベアモニタリングなど |
熱エネルギー | 熱電発電,熱磁気発電,熱電子発電,熱光発電,熱音響発電,スピンゼーベック発電,焦電発電,熱機関など | 腕時計,集蚊器,発電鍋,産業機械モニタリング,油井・製油所設備モニタリング,暖房ラジエータ自動制御,カセットガスヒーター,下水道氾濫検知など |
電波エネルギー | レクテナ | 鉱石ラジオ,光るアンテナ,空気汚染センサなど |
その他 | バイオ燃料電池,微生物燃料電池,湿度変動電池など | 服薬測定ツール,僻地の環境センサなど |
環境発電の歴史
電気の発見は紀元前に遡りますが,人類が本格的に電気エネルギーを活用し始めたのは19世紀です.そして,20世紀初頭から,環境発電が使われ始めました.
世界で最初に普及した環境発電技術は,20世紀初めに発明された鉱石ラジオです.鉱石ラジオを使うと,電源がなくても,ラジオの放送電波のエネルギーだけで,放送を聞くことができました.1920年代,英国で電力とガスが住宅へのエネルギー供給競争を繰り広げていた時期には,ガスの燃焼熱を利用し熱電発電で駆動されるラジオが販売されていました [2].1930年代には,自転車の車輪の回転で発電してライトを点灯させる車輪(ハブ)内蔵のダイナモが発売されました [3].当時は,まだ真空管の時代で,環境発電で駆動できるような低消費電力の電子機器は他にはありませんでした.
その後,トランジスタが発明されて半導体の時代になり,1970年代には,CMOSというデジタル回路方式のICが登場して,一気に電子デバイスの低消費電力化が進みました.そして,それとともに,環境発電を利用した小型電子機器が,日本のメーカから次々に発売されることになりました.例えば,1970年代には,太陽電池で駆動される電卓や腕時計,1980年代には,手首の動きで発電する腕時計や水流で発電するトイレの自動水栓,1990年代には,手首と外気の温度差で発電する腕時計が登場しました.
環境発電が現れる以前から,人類は,環境中の希薄・微小なエネルギーをうまく活用してきました.例えば,日時計,温度計,湿度計,気圧計,地震計,方位磁針,風見鶏(風向センサ)などのセンサ類は,今でも使われています.スイスの時計メーカ「ジャガー・ルクルト」の置時計アトモス・クロックは [4],1920年代に発売され,現在も販売されていますが,この置時計は,15°C~30°Cの間で1°Cの温度変化,あるいは3 hPaの気圧変化があれば,塩化エチルの気化・凝結による体積変化を利用してゼンマイを巻くことで,2日以上動き続けます.これらのような,もともと環境中のエネルギーを活用していたセンサや時計は,電子化されても消費電力が小さく,環境発電で駆動するのに向いています.
さて,1970年代~1990年代に登場した前述のさまざまな環境発電応用製品は,全てスタンドアローンで動く機器でした.ところが,今世紀に入って,その状況が変わってきました.
環境発電の現状
21世紀に,電子デバイスの低消費電力化はさらに進展しました.環境発電に最もインパクトを与えた変化は,無線技術の低消費電力化です.環境発電で無線通信ができるようになったことで,環境発電の用途は,スタンドアローンで動く電子機器の電源から,ネットワークにつながる機器の電源へと拡張されました.
最初に現れた応用製品は,照明機器の無線スイッチです.押す操作で発電し,無線で照明の制御信号を送信する無線スイッチは,配線が大変な欧州の石造りの建物や,レイオフで頻繁なレイアウト変更がある米国のオフィスのリノベーションなどで活用されています.押して発電する無線式のドアホンも,通販などで手軽に購入できるようになりました.下水道の氾濫を検知するリアルタイム監視用水位センサの電源には,熱電発電が使われています [5].マンホールの鉄蓋は,晴れた日の昼間には温度が上昇し,夜は放射冷却で冷えます.この温度変動を利用して発電しているのです.その他にも,表1に示すように,さまざまな実用化事例があります.
あらゆるモノがネットワークにつながるIoT(モノのインターネット)社会を実現するためには,ネットワークの末端のすべてのモノに電源が必要です.電源配線や電池交換が必ずしも容易ではない個所も多く,そのような場所では,低消費電力のセンサや無線を環境発電で駆動する製品が使われ始めています.
そして,循環型社会の実現に向けて,EUで新しい動きが出てきました.
普遍的な電源技術へ
環境発電の位置づけは,今までの「電源配線や電池交換が難しい場所で使う電源」から,より普遍的な電源技術へと変わろうとしています.
2020年3月11日に採択されたEUの新しい循環経済アクションプランには [6],未来のモビリティを支える電池の循環可能性を高めるために,「代替品がある場合,段階的に使用を中止することを視野に入れた一次電池への対応」を検討していると書かれています.未来のモビリティを支える一次電池の代替品とは,具体的にはどんな技術なのでしょうか.
図1に,IoT向けの電源技術の選択肢を示しています.選択肢は,電源配線,電池(一次電池,二次電池),無線電力伝送,環境発電,そしてそれらの組み合わせとなります.
まず電源配線はモビリティの妨げになるので,代替品とするのは困難です.一次電池よりも容量(エネルギー密度)の小さな二次電池を頻繁に交換することもコスト高となります.残る可能性は,無線給電や環境発電と蓄電デバイスの組み合わせです.無線給電は距離の制約がありますので,環境発電が,一次電池の代替技術として重要な位置づけになることが分かります.

一方で,EUは,環境発電に対する研究開発支援を強化しています.現在,EUでは環境発電に関連した研究開発プロジェクトが多数並行して実施されています.CORDIS [8] というEUの研究開発プロジェクトのデータベースで検索したところ,Energy Harvestingというキーワードを含む進行中のプロジェクトは,2021年7月末時点で,ちょうど100個ありました.それらのプロジェクトを表2に示します.
EUは,カーボンニュートラルに向けた取り組みにも熱心ですので,環境発電というには大きめの,マイクログリッドに接続するような規模の発電技術の研究開発も含まれますが,表2を見ると,EUが環境発電の研究開発に力を入れていることが分かります.Googleで,“プロジェクト名 EU project”というキーワードで検索すると,各プロジェクトのウェブサイトやCORDISデータベースが見つかります.表2の中に,面白そうなプロジェクト名を見つけたら,探してみてください.
まとめると,EUは,持続可能な社会を実現するために,一次電池の段階的廃止を目指し,環境発電技術の研究開発を進めているということです.
2030年に向けて
2022年1月発効予定のEUの電池規制案 [10] では,「欧州委員会は,2030年12月31日までに,ライフサイクルアセスメント手法に基づき,環境への影響を最小化する観点から,一次電池の使用を段階的に廃止する措置の実現可能性を評価しなければならない.」と定めています.
また,世界最大手の通信機器メーカであるスウェーデンのエリクソン社は,6G(第6世代移動通信システム)に向けて,ゼロエネルギー・デバイス(環境発電で駆動されるデバイス)の検討を進めています [11].6Gが商用化されるのは,2030年頃です.
これらの状況を踏まえると,今後,2030年をターゲットに,環境発電の実用化に向けた研究開発が加速していくと予想されます.環境発電が,IoT向け電源技術の国際標準となる可能性もあります.我が国としても,今後,取り組みを強化していく必要があるのではないでしょうか.
参考文献など
- 堀越智, 竹内敬治, 篠原真毅: エネルギーハーベスティング:身の周りの微小エネルギーから電気を創る“環境発電” (日刊工業新聞社, 2014).
- 竹内敬治, 木藤浩之, 山本和寛, 新井隼人, 清水智之, 福井篤, 笠原恵, 中野雅行, 吉江智寿, 柴田諭, 田中裕二, 渦巻拓也, 村瀬隆浩, 南部修太郎, 内田秀樹, 青柳智英, 刀禰直生, 伊藤雅彦, 大西敦郎, 石野勝也, 速水浩平: 環境発電・エネルギーハーベスティング——デバイス開発と応用展開—— (サイエンス&テクノロジー, 2020).
- 鈴木雄二(監修): 環境発電ハンドブック第2版——機能性材料・デバイス・標準化:IoT時代で加速する社会実装—— (エヌ・ティー・エス, 2021).
- [1] NTTデータ経営研究所『情報未来』No. 52 (2016年10月号) の「IoT実現に必要となるエネルギーハーベスティング技術」図1を一部改変 [https://www.nttdata-strategy.com/assets/pdf/knowledge/infofuture/52/infofuture_52.pdf]
- [2] http://www.nationalgasmuseum.org.uk/the-all-gas-household/
- [3] http://www.sturmey-archerheritage.com/index.php?page=history-detail&id=51
- [4] https://www.jaeger-lecoultre.com/us/en/watches/atmos.html
- [5] https://www.fujitsu.com/jp/Images/smhsolution.pdf
- [6] https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1583933814386&uri=COM:2020:98:FIN
- [7] 株式会社NTTデータ経営研究所作成
- [8] https://cordis.europa.eu/
- [9] CORDIS検索結果よりNTTデータ経営研究所作成
- [10] https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52020PC0798
- [11] https://www.ericsson.com/en/blog/2021/9/zero-energy-devices-opportunity-6g
著者プロフィール
© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).