フォノンエンジニアリング ナノ構造を駆使した熱制御による省エネと創エネ 野村 政宏 東京大学 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
はじめに
我々の身の回りには熱があふれています.太陽からの光はほとんどが熱となり,電子機器も利用に伴い熱が発生しています.フォノンエンジニアリング分野では,ナノスケールにおける特殊な固体熱輸送の物理を探索・理解するとともに,高度な熱制御技術を開発することによって,省エネルギーな半導体デバイスの実現や,熱電発電によってグリーントランスフォーメーション(GX)に貢献する多岐にわたる研究開発が行われています.ここでは,フォノンエンジニアリングの基となるナノスケールでのフォノン輸送の物理とナノ構造を駆使した熱制御技術をわかりやすく解説し,どのようにGXに貢献できるのかについて紹介します.
フォノンエンジニアリングとは? 基礎となる物理と制御技術
フォノンは,結晶などの周期的な構造における原子や分子の振動を,粒子として扱うときの呼び名です.低周波数領域では音響波や弾性波などの気体や構造の機械的振動として捉えられますが,波長が原子や分子のサイズに近くなる高周波数領域では熱として捉えられます.ここでは,熱輸送に大きく貢献する高周波数のフォノン(熱フォノン)を対象にお話を進めます.フォノンが散乱されずに移動する距離(平均自由行程)より小さい構造を形成することで熱伝導率の人工制御が可能になります.フォノンエンジニアリングは,このような小さい系におけるフォノン輸送の物理的理解に基づいてフォノンや熱伝導の物理を探求・制御し,熱物性や熱機能を制御する工学で,熱機能材料の開発からデバイス応用までをターゲットとしたさまざまな階層と広範な分野に関わります.
熱輸送は熱キャリアであるフォノンが移動する現象です.フォノンの平均自由行程\(\Lambda\)は,移動速度(群速度)\(v_{\text{g}}\)とフォノンが散乱されない時間(緩和時間)\(\tau\)の積で与えられ,\(\tau\)は系に存在するさまざまな散乱要因で決定されます(図1(a)).ある平均自由行程を持つフォノンがどの程度熱輸送に寄与するかを計算・測定することができ,室温におけるシリコンの計算例を図1(b)に青線で示します.平均自由行程が短い方から熱伝導率を累積させ,規格化した値(累積熱伝導率)が赤線で表されています.この情報によって,熱制御に効果的なナノ構造の寸法を知ることができます.青線が集中している1 µm程度以下の構造を形成すればフォノンは主に構造によって散乱され,熱伝導率がバルクの値よりも小さくなることが予想できます.
この知見は,熱エネルギーを電気エネルギーに変える熱電技術に役立っています.熱電材料は,温度差から電圧を生み出すため,電気を流しやすく温度差が消えないように熱を通しにくい材料が適しています.そのため,高性能化するためには電子輸送を妨げずにフォノン輸送を大きく阻害する構造を導入すればよく [1],さまざまな材料および構造形成技術が開発されています [2–4].熱電材料に用いる高濃度にドープしたシリコンでは,熱フォノンが電子よりも1桁程度長い平均自由行程を持つことを利用し,その間の寸法である数十から数百nm程度のナノ構造を形成することで高性能化できることが報告されています(図2(a))[5].
次に,フォノンの弾道的輸送特性を活用した熱流制御を紹介します.バルク材料中では,方向性のない拡散的熱輸送になりますが,平均自由行程内ではフォノンの弾道性により直線的な軌跡となるため,熱流をある程度制御することが可能になります.例えば,図2(b)のように円孔を放射状に配列すると,円孔の合間を移動する熱フォノンが指向性を獲得することにより,熱流を空間の一点に集めることができます [6, 7].このように,熱フォノンエンジニアリングの制御対象は熱伝導率のみならず,構造の配列を利用して熱流方向の制御にも展開でき,高度な熱流制御への道を拓いています [8].
半導体熱マネジメントと環境熱発電でカーボンニュートラルに貢献
フォノンエンジニアリングに基づいた半導体熱マネジメントは,スマートフォンや電気自動車など,既に我々の身の回りのデバイスやシステムに使われています.伸び続ける半導体デバイスの消費電力量の削減に寄与する熱マネジメント技術や熱電変換技術,エネルギー利用効率の向上に貢献する熱機能材料開発およびデバイス技術などがGXに貢献すると期待できます(図3).
先端半導体やパワー半導体は発熱が激しく,三次元IC化を含めたさらなる進化のためには,より高度な熱マネジメント技術が必要不可欠です.発熱部とヒートスプレッダーやシンク間を満たして放熱を促進する熱界面材料や放熱材料の開発が盛んに行われています.特に,スマートフォンなどの発熱を伴う気密性の高いデバイスでは,界面を含めた固体熱伝導の物理的理解とそれに立脚した材料および構造設計が重要です.
環境熱発電について解説します.熱電変換技術については,本コラムサイトの「省エネ」にある森孝雄氏による「未来型高性能新規熱電材料」で解説されていますので,詳しくはそちらをご覧ください.熱電変換デバイスは,環境にただよう未利用熱から発電できるため,配線や充電池が不要なエネルギー自立型システムの電源となることで,GXのみならずスマート社会化にも貢献することが期待できます.その熱電変換効率の向上にフォノンエンジニアリングが役立てられています [8].
熱機能材料・デバイスは,材料の熱伝導率のコントラストが電気よりも遥かに小さいことから開発が難航していますが,2000年代から熱機能素子の検討が始まっています.電子回路を構成する電子部品とのアナロジーで,熱ダイオード,熱トランジスタ,熱メモリ,熱論理ゲート,熱スイッチなどが提案・実証されています.原理的な動作が確認された段階ではあるものの,固体中でのより高度な熱マネジメントに活躍するため,高性能化に期待が高まっています.
おわりに
フォノン・熱輸送を高度に取り扱う熱フォノンエンジニアリングは,スマートフォンやパソコン,電気自動車など,広く普及している電子製品だけでなく,これから社会導入が進む環境発電デバイス搭載機器にも適用されるでしょう.将来的には,他の量子や準粒子との相互作用によって獲得される特殊な性質,二次元材料およびその異種材料積層構造で発現する特殊な物理現象や輸送特性,異方性などが新しい研究領域と応用を拓くことが期待できます.フォノンエンジニアリングが,高効率熱電変換を通じてGXに貢献し,高度熱マネジメント技術によりさまざまなデバイスの省エネルギー化を通じてカーボンニュートラル実現に貢献することを期待します.
参考文献
- [1]G. A. Slack, “New Materials and Performance Limits for Thermoelectric Cooling,” in CRC Handbook of Thermoelectrics, ed. D. M. Rowe, Chapter 34 (CRC Press, 1995) [Crossref].
- [2]K. Biswas, J. He, I. D. Blum, C.-I. Wu, T. P. Hogan, D. N. Seidman, V. P. Dravid, and M. G. Kanatzidis, “High-performance bulk thermoelectrics with all-scale hierarchical architectures,” Nature 489, 414 (2012) [Crossref].
- [3]J. Shiomi, “Research Update: Phonon engineering of nanocrystalline silicon thermoelectrics,” APL Mater. 4, 104504 (2016) [Crossref].
- [4]M. Nomura, J. Shiomi, T. Shiga, and R. Anufriev, “Thermal phonon engineering by tailored nanostructures,” Jpn. J. Appl. Phys. 57, 080101 (2018) [Crossref].
- [5]M. Nomura, Y. Kage, D. Muller, D. Moser, and O. Paul, “Electrical and thermal properties of polycrystalline Si thin films with phononic crystal nanopatterning for thermoelectric applications,” Appl. Phys. Lett. 106, 223106 (2015) [Crossref].
- [6]R. Anufriev, A. Ramiere, J. Maire, and M. Nomura, “Heat guiding and focusing using ballistic phonon transport in phononic nanostructures,” Nat. Commun. 8, 15505 (2017) [Crossref].
- [7]野村政宏, ロマン・アヌフリエフ,「フォノニックナノ構造を用いた集熱の実現」 応用物理 87, 745 (2018) [J-STAGE].
- [8]M. Nomura, R. Anufriev, Z. Zhang, J. Maire, Y. Guo, R. Yanagisawa, and S. Volz, “Review of thermal transport in phononic crystals,” Mater. Today Phys. 22, 100613 (2022) [Crossref].