未来型高性能新規熱電材料 新規高性能化原理および材料による熱電発電の実用化の200年来の夢へ挑戦! 省エネおよび無数のIoTセンサーの自立電源へ 森 孝雄 物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 特別WEBコラム GX : グリーントランスフォーメーションに挑む応用物理
無駄に捨てられている熱を
熱電材料によって無数のIoT動作電源や省エネ発電へ!
身の回りにあふれていて,たくさん捨てられてしまっている「熱」を有用な「電気」に変換する熱電材料が注目されています.熱電材料にその機能をもたらすのは約2世紀前に発見されたゼーベック効果で,材料に温度差がかかると,材料中の電子やホールの電荷キャリアが高温側から低温側に拡散して,その結果,温度差に比例した電圧が発生します.図1のようにn型(電子)とp型(ホール)の材料素子を組み合わせれば,電圧の極性が逆なので,電圧が相乗して,片側から取り出せて,温度のより高い面へ設置すれば,低温側から電池のように電力が取り出せます.熱電材料の利点は,大がかりなタービンなどに比べて,固体素子で熱から電気を作り出せる利便性で,現代社会において,次の2つの側面での活用が期待されています.
現在,エネルギー価格の高騰やカーボンニュートラルの高い目標により,これまでにない,新規な省エネ技術を発掘する強いニーズが高まっています.人類が消費する化石燃料の約半分が廃熱として失われており,廃熱を熱電材料によって一部電気に変換することによる省エネ効果が期待されています [1].
また,未来社会Society 5.0を支えるためにはIoT(Internet of Things)の無数のセンサーを電池交換不要のメンテナンスフリーで駆動させるための自立電源が必要であり,少量の熱エネルギーでもそれに応じた電気にしっかり変換することのできる熱電材料の活用が期待されてます [2,3,4].
ただし,ゼーベック氏が効果を発見してから約200年,熱電発電はまだ広範囲実用化に至っておりません.しかし,現在,新原理,新規材料,および実用化技術の開発により,ブレークスルーの可能性がいよいよ高まっております.

高性能熱電材料開発の一般的な難しさ
熱を電気に変換する高い能力を有する材料を得るのは単純ではないです.と言いますのも,熱電材料の熱電変換効率は,次の性能指数\(ZT\)の関数で,\(ZT\)が大きければ大きいほど,理想的なカルノー効率に近づきます.\(ZT\)は幸い, \[ ZT=\alpha^2\sigma T/\kappa \] であり,\(\alpha\)はゼーベック係数,\(\sigma\)は電気伝導率,\(\kappa\)は熱伝導率,\(T\)は温度と,測定が容易な基礎的な物性パラメータで構成されており,基礎的な物性解明を進めながら,応用面において自分の材料がどれくらいの性能を有するか推し量れるところは,便利で魅力的です.
高性能,すなわち高い\(ZT\)を得るためには,理想は金属のような高い電気伝導を有すると同時に絶縁体のような高いゼーベック効果を有し,また,電気を良く通すが熱を遮蔽しなければいけない,というパラドックス的な要請があり,容易ではないです.パラドックスを乗り越えるために,前者に関しては,ゼーベック効果は,フェルミ面近傍の状態密度によるので,より先鋭な特徴のある低次元化,フェルミ面近傍に共鳴準位を形成するようなドーピング,状態密度の縮重度の利用に加えて,最近は磁性や相互作用を活用してキャリアを重くすることでの,ゼーベック係数の増強のいくつかの原理が見出されて活用されて来ました [5,6].後者に関しては,電気を運ぶ電荷キャリアと格子で熱を運ぶフォノンの平均自由行程が一般的に異なることを利用して,フォノンのサイズに近いミクロ・ナノ構造を材料に入れ込むことでフォノンを選択的に散乱して,電気伝導率をあまり損なわずに熱伝導率を選択的に低減する方法で多くの熱電材料における高性能化が得られました.原子間の特徴的なボンディングなどにより格子熱伝導率が本質的に低い材料に注目して,電気的な性質の制御を試みるアプローチもあります [5].
また,実用側面に関しては,従来の多くの高性能熱電材料が,非常に希少な元素であるTeや毒性の高いPbなどを主成分に持つ傾向があるのも,広範囲な応用を困難にしてきました.
新しい展開:半世紀チャンピオンBi2Te3系材料に匹敵・凌駕する
Mg–Sb系材料の開発
Mg3Sb2 系化合物はデンマークのグループによって早い時期から研究され,菅野らがキャリア調整などを行ったことにより熱電高性能が得られ,世界的に注目が増しました.最近,顕著な高性能化が得られました.ドーピング効果として,少量のCuをドープすることで,図2のように材料中の二種類の場所,すなわち粒界と原子間サイトにドープされることが分かりました.熱電物性における効果として,2つの思わぬことが起きました.まずはじめに,粒界にドープされたCuによって,従来起きる問題の粒界近傍のMg蒸発・欠損が抑えられ,粒界の組成・組織が大幅に改質され,熱伝導率の低い多結晶体でありながら,単結晶に匹敵する極めて高い電荷移動度を達成しました.次に,原子間サイトに入った少量のCuが予想外の大きな効果で,フォノンが伝わるのを邪魔して,フォノンの群速度を大きく低減して,例えば,フォノンを良く散乱する重金属の10倍のドーピング量の場合よりさらに強力な熱伝導率低減効果を発揮しました [7].

上記のように,理想的に電気を良く通し,熱を遮蔽する材料が実現したことで,極めて高性能が得られました.この新規材料はn型で,同様に高性能化したMg–Sb材料のp型新規材料と組み合わせて,この資源豊富な第1号機のモジュールが作製されました.図3左のように,高温側温度593 K(320 ℃)において7.3% の熱電変換効率を実際示しました.この性能は,半世紀以上にわたってチャンピオンとして君臨しているが,非常に希少なTeを主成分とするBi2Te3 系の熟成された世界最高性能のモジュールにいきなり匹敵する性能です.また,電極の接触抵抗などによる初期モジュール固有の性能のロスが比較的大きいが,実際に開発された材料の熱電物性値から見積もった変換効率は11%近くあって,今後のモジュール技術の開発による大きな伸びしろを示しました(図3右).発電出力としては,この作製された第1号機モジュールは高温側温度593 K(320 ℃)で1.2 W/cm2を発電し,同様に開発材料からは1.8 W/cm2です [7].

室温近傍に性能をチューニングしたMg–Sb系材料の第1号機モジュールは,やはり半世紀チャンピオンのBi2Te3 系モジュールと同等の熱電発電およびペルチェ冷却能力を示し,材料自体はより高性能化が期待され,熱電材料開発研究において大きなブレークスルーが起きています [6,10].
今後の期待
上記のように,第1号機として簡単にアセンブリしたモジュールに対して,今後はモジュール関連の要素技術(電極,デザインなど)の開発によって,熱電発電モジュールの更なる高性能化が得られます.多様な応用場面に対応する図3真ん中の例のような種々の形態のモジュール作製も進んでおります.また,材料側面においても,このMg–Sb系開発材料は,電気伝導率と熱伝導率側面の新原理により高性能化されたが,今後は前述の,ゼーベック係数を増強する種々の原理の適用による更なる高性能化も期待されます.新規なアイディアや手法で取り組む学生さんや若手研究者,異分野の研究者の参入によって,さらに開発が加速することが期待されます.
また,広範囲実用化のためには,上記の側面に加えて,産業・大量生産に合致したプロセスによる材料合成および熱電発電モジュールの作製,開発,システムの総合的な熱管理技術の開発なども進める必要があります.そのような大型プロジェクトも走っており,上記の材料開発の躍進を含めて,現代社会においては無数のIoT動作電源や省エネ発電のために役に立つ,熱電発電の広範囲実用化という200年来の夢の実現が近づいてます.
参考文献
- [1]T. Hendricks, T. Caillat, and T. Mori, “Keynote Review of Latest Advances in Thermoelectric Generation Materials, Devices, and Technologies 2022,” Energies 15, 7307 (2022). [Crossref]
- [2]T. Mori and S. Priya, “Materials for energy harvesting: At the forefront of a new wave,” MRS Bull. 43, 176 (2018). [Crossref]
- [3]I. Petsagkourakis, K. Tybrandt, X. Crispin, I. Ohkubo, N. Satoh, and T. Mori, “Thermoelectric materials and applications for energy harvesting power generation,” Sci. Technol. Adv. Mater. 19, 836 (2018). [Crossref]
- [4]H. Akinaga, “Recent advances and future prospects in energy harvesting technologies,” Jpn. J. Appl. Phys. 59, 110201 (2020). [Crossref]
- [5]T. Mori, “Novel Principles and Nanostructuring Methods for Enhanced Thermoelectrics,” Small 13, 1702013 (2017). [Crossref]
- [6]森孝雄, 辻井直人,“磁性元素を用いた新規熱電材料の開発,” 応用物理 88, 252 (2019). [JaLC]
- [7]Z. Liu, N. Sato, W. Gao, K. Yubuta, N. Kawamoto, M. Mitome, K. Kurashima, Y. Owada, K. Nagase, C.-H. Lee, J. Yi, K. Tsuchiya, and T. Mori, “Demonstration of ultrahigh thermoelectric efficiency of ∼7.3% in Mg3Sb2/MgAgSb module for low-temperature energy harvesting,” Joule 5, 1196 (2021). [Crossref]
- [8]I. Ohkubo, M. Murata, M. S. L. Lima, T. Sakurai, Y. Sugai, A. Ohi, T. Aizawa, and T. Mori, “Miniaturized in-plane π-type thermoelectric device composed of a II–IV semiconductor thin film prepared by microfabrication,” Mater. Today Energy 28, 101075 (2022). [Crossref]
- [9]Y. Wang, H. Pang, Q. Guo, N. Tsujii, T. Baba, T. Baba, and T. Mori, “Flexible n-Type Abundant Chalcopyrite/PEDOT:PSS/Graphene Hybrid Film for Thermoelectric Device Utilizing Low-Grade Heat,” ACS Appl. Mater. Interfaces 13, 51245 (2021). [Crossref]
- [10]Z. Liu, W. Gao, H. Oshima, K. Nagase, C.-H. Lee, and T. Mori, “Maximizing the performance of n-type Mg3Bi2 based materials for room-temperature power generation and thermoelectric cooling,” Nat. Commun. 13, 1120 (2022). [Crossref]
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© 1999-2023 The Japan Society of Applied Physics (JSAP).