特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 低温プラズマを用いたウイルスの不活性化(-ウイルス滅のプラズマ刃-) 堀 勝 名古屋大学,伊藤 昌文 名城大学
1. 低温プラズマ殺菌・滅菌,ウイルス不活化の歴史
プラズマは熱プラズマと低温プラズマに大きく分けることができます.熱プラズマは数千°C以上のガス温度を有する高温の電離気体で,電離したイオンや電子とガスとは熱平衡に近い状態となっています.一方,低温プラズマはイオンや電子の温度とガスの温度が非平衡な状態であり,ガス温度は室温程度となっております.
低温プラズマによる殺菌の歴史は古く,1857年にWerner von Siemensがプラズマを使ったオゾン発生器を発明して以来,多くの国の水道水の浄化・殺菌に使用され,半導体回路製造工程の洗浄過程などでも広く使用されています.約100年後の1960年代に医療器具の表面殺菌の低圧力下でのプラズマ滅菌研究が盛んになり,1968年に過酸化水素を用いた低圧力下でのRadio Frequency(RF)プラズマによる手術用器具の滅菌装置のプロトタイプが開発され,現在医療現場でよく用いられています1).ここで滅菌とは,器具に付いた全ての細菌やウイルスを6桁以上減らすことを意味しており,主に医療用途で用いられる重要な基準であります.一方,殺菌は目的の菌を選択的に少しでも減らすことを意味しており,幅広い分野で用いられている言葉です.細菌は,真正細菌(Bacteria)と古細菌(Archaea)に分類されます.病原性の大腸菌O157,コレラ菌,黄色ブドウ球菌などの細菌は真正細菌に分類されます.図1は細胞をその構造で分類したものですが,食パンなどに付くクロコウジカビやミカンなどにつくミドリカビの胞子は,細胞核と細胞膜,細胞壁をもつ真核生物の菌(細菌と区別するとき真菌と呼ぶことがある:図1の右上に該当)に分類され,核膜を持たない細菌類(図1の下半分に該当)とは構造が大きく異なり,殺菌も困難になります2).一方,ウイルスは細胞質などを持たず,基本的には核酸とタンパク質からなる粒子であります.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルス(SARS-CoV-2)はエンベロープ(細胞膜の構成要素である脂質が主成分)が核酸やタンパク質を囲んでいる構造となっています(図2).そのため,ウイルスは代謝系を持たず,自分自身でエネルギーを産生できないことから,生物とはみなされていないため,殺菌,滅菌という言葉は使われません.ウイルスは活性がなくなるという意味で,不活化という言葉を使います.


1988年に小駒,岡崎らがヘリウムガスを用いた大気圧グロープラズマを開発しました.3)このプラズマは大気圧下で室温程度の低温での処理が可能で,低圧力下での処理で必要な高価な真空装置を必要としないため低コストでありました.このため,2000年代に入って材料プロセスだけでなく,医療応用(直接プラズマ照射による治療や医療器具の滅菌)などへの応用が盛んとなり,2000年代後半から農業分野への応用も盛んとなっています.各種用途で開発された大気圧低温プラズマの種類は多様であり,代表的な例を図3に示します.
プラズマの医療応用においては,ウイルスや非常に危険性の高い狂牛病(牛海綿状脳症)の原因である異常プリオン(ウイルスとは異なるタンパク質からなる感染因子)の不活化にも効果があることが報告されています4), 5).
2. 低温プラズマ殺菌・滅菌,ウイルス不活化の機序
プラズマによる殺菌も滅菌も同じプラズマであれば同じ作用機序となりますが,プラズマの種類によって大きく異なります.放電ガス温度が高温になる熱プラズマでは,プラズマによる熱で,細胞内のタンパク質が変性することで機能が不活化することが主な殺菌機序になると考えられています.一方,低温プラズマによる殺菌は,低圧力下の低温プラズマ(低圧力下では電子の温度は10,000°Cを超える高温ですが,ガス温度は室温程度に保たれた非平衡プラズマを容易に作ることができ,半導体回路製造工程で必要不可欠の基幹技術になっています)と大気圧下での低温プラズマ(大気圧低温プラズマ)では,殺菌機序が大きく異なることが報告されています.低圧力下ではイオンの衝撃や希薄流体中を効率よく伝搬できる真空紫外光,深紫外光,および活性な酸素原子の細胞壁,細胞膜のエッチング効果などの相乗効果による細胞壁,細胞膜の破壊が殺菌機序の主要因と考えられています.一方,大気圧低温プラズマでは,イオンの衝撃や真空紫外光,深紫外光,紫外光などによる効果は少なく,プラズマ中の電気的に中性な酸素原子を含む活性酸素窒素種による酸化の効果が殺菌の主要因の一つであることが分かってきました.活性酸素窒素種は細胞膜や細胞内の小器官を構成する膜を酸化することで機能阻害をしたり,膜を分解したりすることで殺菌されると考えられています6).しかしながら,大気圧低温プラズマによる殺菌・滅菌の機序は非常に複雑で,細胞膜への酸化ストレスによる細胞内のシグナル伝達により殺菌される可能性も残されており,完全には解明されていません.ウイルスの不活化についての報告もなされつつありますが,特に細胞膜と同じ成分である脂質を成分とするエンベローブ構造を持つSARS-CoV-2ウイルスは,活性酸素窒素種に対する耐性を持つ細胞壁もないことから細菌より容易に不活化できることが期待できます.

(Z. Xiong, Plasma Medicine, 2018, DOI: 10.5772/intechopen.76093より引用)
3. 低温プラズマ殺菌・滅菌,ウイルス不活化のポテンシャルと新型コロナウイルスへのアプローチ
図4に,我々が開発してきた低温プラズマ装置の例を示します.図中にAと書かれたArガスを使ったペンタイプのプラズマ装置を用いてバクテリアより殺菌が難しいミドリカビの胞子の殺菌テストをした結果の一例を図5と図6に示します.図5は,カビの胞子を植菌したミカンに,プラズマ処理したものと処理しなかったものを数日培養した写真です.プラズマ処理をするとカビの繁殖が抑えられることが分かります.図6は,そのプラズマとカビの胞子の間にUV光のみが通る石英の板を置いてプラズマ処理した場合と石英の板は置かずに直接プラズマ処理した場合の処理時間に対する生菌数のグラフを示します.実線はプラズマ装置による処理時間に対する殺菌で生き残った菌の数を示しています.同様に点線はそのプラズマ装置から発生するUV光だけで殺菌して生き残った菌の数を示しています.減少する線の傾きが大きいほど,早く殺菌されることを示しています.これらの結果から分かりますように,プラズマの方がUV光より早く殺菌できます.またオゾンを100倍以上大量に発生することができるオゾナイザを使っても殺菌速度は半分以下であり,オゾンより効率よく殺菌できる粒子がプラズマにより発生していることが分かりました.そこで,図4のタフプラズマ(ラジカル源)と書かれている装置を用いて殺菌テストを行いました.この装置はプラズマ中の電気的に中性の活性種(反応性の高い粒子)を選択的に供給することができます.この装置を使うことで,酸素系の活性粒子の一つである基底状態の酸素原子が殺菌に効果的でほかのオゾンなどに比べると100倍以上の殺菌能力があることなどが分かってきました6).



さらに最近では,図4のBと書かれたプラズマ装置を用いて,乳酸リンゲル液を処理することで,選択的にがん細胞を死滅させることが発見されました7), 8).この知見から,さらに少量のベンゼン環などを持つアミノ酸を含むリン酸緩衝液をプラズマや上記ラジカル源で処理することにより,溶液のpHによらず1分以下の照射で滅菌基準まで大腸菌を殺菌できるほどの非常に強力な殺菌特性が得られることが分かってきました.また,これらの粒子は反応性が高く,農薬のように残留することがなく,植物に対しても成長を阻害することなく,かえって成長を促進することが分かってきました9).このように,プラズマから出る粒子を直接対象物に照射したり,アミノ酸などを含む溶液にプラズマを照射して調整したプラズマ活性溶液を用いることで,残留毒素の心配がない強力な殺菌法が開発されつつあります.
以上のように低温プラズマを用いた殺菌手法はウイルスの不活性化にも当然適用することが可能であり,現在内外で多くの新型ウイルス不活性化の研究が進められており,すでに数件の報告がなされています10), 11).
4. 未来展望
低温プラズマから生成される活性酸素は,室温近傍で,ダイヤモンドさえもCO2ガスとして,蒸発させることができます(プラズマアッシング:灰化と呼ばれています).現在使われている薬品などを用いたウイルスの不活性化技術では,変位種の発生により,薬剤耐性の高いウイルスが出現し,その戦いは,永遠に続くことが予想されます.もちろん,強力な放射線でも不活性化できない放射線耐性をもつウイルスが誕生することも否定できません.火炎を用いた熱照射技術では,周りの環境への損傷を防ぐことはできず,適用することは困難です.現在,SARS-CoV-2ウイルス以外にも,高病原性鳥インフルエンザ,豚インフルエンザが猛威をふるって,家畜に甚大な損害を与えています.ウイルスが炭素を主体とする有機物で構成されていることに鑑みると,低温プラズマは,室温で,基本的に全てのウイルスを不活性するだけでなく,跡形もなく灰化することができる,最強の技術(ウイルス滅のプラズマ刃)です.さらに,装置は,安価で,容易にハンドリングすることができることも低温プラズマの大きな特長です.将来は,家庭から公共施設まで,あらゆる場所で,低温プラズマ装置が整備され,普遍的に使われる技術へと発展していくことが考えられます.さらに,低温プラズマ科学技術によって,パンデミックフリーの安全,安心の明るい未来社会の創成が期待されます.
文献
- 1) P. T. Jacobs and S. M. Lin, Disinfection, Sterilization and Preservation, S.S. Block ed. , 5th ed. Chap. 38, p. 747. (Lippincortt Williams & Wilkins, 2001)
- 2) C-R. Woese et al.: Proc. Nati. Acad. Sci. USA, 87, 4576 (1990).
- 3) S. Kanazawa, M. Kogoma, T. Moriwaki, and S. Okazaki: J. Phys. D:Appl. Phys. 21, 838 (1988).
- 4) A. Sakudo et al: Biomed. Res. Int. 2013, 694269 (2013).
- 5) A. Sakudo et al: Int.J. Mol. Med. 27, 483 (2011).
- 6) M. Ito, H. Hashizume, J.-S. Oh, K. Ishikawa, T. Ohta, and M. Hori: Jpn. J. Appl. Phys. 60, 010503 (2021).
- 7) S. Iseki et al: Appl. Phys. Lett. 100, 113702 (2012).
- 8) H. Tanaka et al: Sci. Rep. 6, 36282 (2016).
- 9) N. Iwata, V. Gamaleev, H. Hashizume, J.-S. Oh, T. Ohta, K. Ishikawa, M. Hori, and M. Ito: Plasma Process. Polym, 16, e1900023 (2019).
- 10) Z. Chen et al: Phys. Fluids 32, 111702 (2020); DOI:10.1063/5.0031332
- 11) L. Guo et al: Chem. Eng. J.; DOI: 10.1016/j.cej.2020.127742