特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 期待される殺菌用・深紫外LED 永松 謙太郎1,安井 武史1,平山 秀樹2,1 1徳島大学,2理化学研究所
1. はじめに
“深紫外LED (Light-Emitting Diode) ” は,小型コンパクトで高出力な紫外光源であり,殺菌用途として今後普及することが期待されている.今般,“新型コロナウイルス” 感染の世界的な拡大に直面し,携帯可能な “殺菌用・深紫外LED” の重要性が高まってきている.
アルコール消毒と比べ,光(紫外線 (Ultraviolet: UV))による殺菌は,複雑形状な物の表面全体を,光を当てるだけで “簡易に” “くまなく” 殺菌することができ,また薬品による変質や劣化もない点で,有用である.市販されている深紫外LEDの強度で,数秒〜数十秒程度の照射で,十分な殺菌・滅菌効果がある.人命を守るための身近な殺菌が急務となっている現在,懐中電灯のように持ち歩ける “殺菌灯” は,非常に有用なアイテムといえる.世界経済の維持を考え,ポストコロナ時代のウイルス撲滅を目標とした社会の運営を考え,“深紫外LED” による殺菌を今新たに考える時期である.
2. 深紫外LEDとは,特徴,応用分野と現状
“深紫外LED” は,従来の殺菌灯(水銀ランプ)やプラズマ光源と比較し,複雑な構造を必要とせず堅固な構造で壊れにくく,また,高圧電源を必要とせず電池で駆動でき,耐久性・安全性に優れている.水銀やハロゲンガスなどの危険物質を含まない紫外光源で,環境への負荷が少ない.
図1に,紫外光の分類と深紫外LEDの実現波長領域を示す.紫外の波長域は,UV-C (100〜280 nm),UV-B (280〜315 nm),UV-A (315〜400 nm),に分類される.人体・生命への影響を考えた場合,UV-Aは日焼けを起こす紫外線,UV-Bは皮膚がんや白内障を引き起こすより危険な紫外線,UV-CはDNAを直接破壊し生命に大きな害を与える紫外線である.UV-Cの紫外線は,樹脂や金属など多くの物質に吸収され,光化学反応性が非常に高い.280 nmよりも短いUV-Cの紫外線は,上空のオゾン層で吸収され自然には存在しないが,LEDで人工的に発生させることができる.窒化アルミニウムガリウム (AlGaN) 系半導体を用いることにより,波長が210〜350 nmの紫外LEDがすでに実現されており1〜4),特に,殺菌用途の265〜280 nmの深紫外LEDは,現在,市販されている.

図2に,深紫外LEDの応用分野を示す4).波長が265 nm付近のUV-Cの紫外線は殺菌効果が高く,殺菌,浄水,空気浄化への応用に用いられる.殺菌波長のUV-C-LEDは,今後の大きな市場が予測されている.ちなみに波長が310 nm付近のUV-Bの紫外線は,皮膚治療などの医療や農作物の病害防止への応用に用いられる.また,波長が350〜400 nmのUV-Aの紫外線は,UV樹脂硬化・加工,UV接着,速乾印刷・塗装,コーティングなどに有用である.

AlGaNは,バンドギャップエネルギーが6.02 eV(AlN)〜3.4 eV(GaN) で変化し,206 nm(AlN)〜360 nm(GaN) の広い紫外波長領域で発光する半導体である.AlGaN系材料は,高効率発光(効率>80 %)が可能であり,また,結晶が硬く深紫外LEDの素子寿命は1〜3年が可能である.これらの特徴から,AlGaN系半導体を用いて幅広い波長帯の深紫外LEDが実現されている6,7).AlGaN系深紫外LEDの波長領域は,エキシマレーザー・ランプ,低圧水銀ランプ(殺菌灯),窒素レーザー,Ar-SHG(2倍高調波)レーザーなどの,紫外ガス・固体光源の波長域をカバーするため,これらの紫外光源の置き換えとなることが期待されている.
3. 深紫外LEDの開発の経緯と進展
1990年初頭から開発された青色LEDは,現在では照明用途として広く普及し,その当初の研究開発により3氏がノーベル物理学賞を受賞した.深紫外LEDは,青色LEDに続いて,1990年代の後半頃開発が始められた.青色LEDは窒化ガリウム(GaN) 結晶上に作製されるのに対し,深紫外LEDは窒化アルミニウム(AlN) 結晶上に作製され,より高温で結晶成長を行うため,結晶成長の難易度は深紫外LEDのほうが高い.これまで,AlN結晶の高品質化とともに深紫外発光の高効率化が実現され,深紫外LEDの短波長化と高効率化の開発が行われてきた.2002年頃,280 nmのUVCLEDが初めて実現され,2006年頃に,国内でもAlN結晶の高品質化が行われ,220〜350 nmの幅広い波長の深紫外LEDが実現された6,7).その後,深紫外LEDのさらなる高効率・高出力化が進展している.
図3に,AlGaN系深紫外LEDの代表的な構造とその動作スペクトルを示す7).構造は,サファイア基板上に製膜したAlNバッファ層,n型AlGaNバッファ層,AlGaN量子井戸発光層,p型AlGaN電子ブロック層,p型GaNコンタクト層からなる.各AlGaN層のAl混晶組成比を変化させることで幅広い波長の発光が可能で,図3の例では,222〜351 nmでシングルピーク動作が得られている.
深紫外LEDの外部量子効率は,内部量子効率,電子注入効率,及び光取り出し効率の積で表される1).また,電気から光への電力変換効率は,外部量子効率と電圧効率の積で表される.内部量子効率は,発光層において電子が光子に変換される割合であり,結晶の転位密度を低減することで高効率化が可能である.

図4(a)に,AlGaN量子井戸発光層の内部量子効率とAlNバッファの貫通転位密度の関係を示す8).サファイア基板上に製膜したAlN結晶は,1400 °C程度の高温成長,材料のパルス供給成長6),高温アニール9)などを行うことで,高品質化され,おおむね2 × 108〜1 × 109 cm-2の貫通転移密度まで低減されている.サファイア基板上に作製したAlGaN量子井戸発光層の内部量子効率は,最高値で75 %程度が観測されている.
図4(b)に,フォトルミネセンス法を用いて測定した深紫外AlGaN量子井戸の内部量子効率を示す10).図4(b)の観測例では,室温における最高の内部量子効率は54 %であった.最近では,室温における内部量子効率は70 %程度が得られるようになり,殺菌用UVCLEDの市販が可能となってきた.今後も,AlGaN深紫外発光の内部量子効率を向上させることは重要な課題であり,徳島大学のポストLED (pLED) プロジェクトでも,深紫外LEDの内部量子効率と素子寿命を改善するため,AlN結晶の高品質化の研究を進めている.

図5に,これまでに市販された殺菌用UV-C-LEDを示す.いくつかの企業によって265〜280 nmのUV-C-LEDが商品化され,その出力や効率は向上している.これまでにシングルチップで50〜100 mWのUV-C-LEDが実現され,電力変換効率 (WPE) は3.3〜4.5 %が実現されている.家庭用浄水器(流量が2 L/分)で殺菌に必要とされる出力は100 mW程度であるため,これらのLEDを1〜2個搭載して市販化が可能である.

4. 今後の高効率・高出力化の展望
深紫外LEDの効率は,いまだ青色LEDに比べて低いため,その高効率・高出力化が今後の課題となっている.これまでの開発で,上述の内部量子効率と電子注入効率は大分改善されてきた.今後は,光取り出し効率を向上することによりその高効率化が期待されている.
深紫外LEDでは本来,紫外に透明なp型AlGaNコンタクト層を用いるべきであるが,p型AlGaNはホール濃度が低いため電極電圧の上昇を招く.そのため,ホール濃度の高いp型GaNコンタクト層が用いられているが,光取り出し効率は,p型GaNコンタクト層による紫外光の吸収により低下している.そこで最近,光取り出し効率を向上させる試みが行われている.
深紫外LEDの光取り出し効率は,LEDの母体材料と空気の間の屈折率差により,深紫外光がLED内部で全反射を繰り返すうちに吸収され減衰し,大幅に低下する.光取り出し効率を向上させるには,素子内部での光吸収を低減することや,レンズを接合し光を全反射させることなく外に取り出す方法,高反射パッケージに実装すること,などが有効である.
図6に,UV-C-LEDにおける光取り出し効率の向上の例を示す11,12).図6では,従来のUV-C-LED構造(図3(a)参照)に,透明p型コンタクト層,反射電極,加工サファイア基板,および,レンズ状樹脂モールドを導入して,光取り出し効率向上を図った.その結果,従来の構造に対し5倍の光取り出し効率の向上が観測され,外部量子効率の世界最高値である20.3 %が得られた12).このほかにも,深紫外LEDのp型-GaNコンタクト層に,反射型のフォトニック結晶を形成し,光取り出し効率を向上させる試みも報告されている13,14).今後は,低電圧駆動で高い光取り出し効率を可能にすることで,ワットクラスの高出力・深紫外LEDの実現が期待されている

図7に,報告されている深紫外LEDの外部量子効率を示す13).深紫外LEDの開発競争は多くの企業が参画し,殺菌波長を中心に,現在非常に活発に行われている.殺菌に用いられる260〜280 nmのUV-C-LEDは高効率化が進み,外部量子効率10〜20 %が報告されている.一方,波長が240 nmよりも短い領域,およびUV-Bの領域では,効率はいまだに低く課題となっている.今後,深紫外LEDは,上述の光取り出し効率の向上とともに,高効率・高出力化が進むと考えられ,ポストコロナ時代の殺菌用光源として広く普及していくものと期待される.

文献
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