特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 MEMS水晶振動子マイクロバランス・センシング アブストラクト 荻 博次 大阪大学
ガンやアルツハイマー病など一部の病気では,血液や尿の中に特有のタンパク質やペプチド(アミノ酸が連なったもの)が現れることが知られています.そうした目印となる物質を「バイオマーカー」と呼び,その有無は病気の診断に役立てられます.
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の場合は,感染直後に体内で作られるIgM抗体や,少し遅れて作られるIgG抗体などがバイオマーカーとして使われます.
バイオマーカーを検知するデバイス(素子)がバイオセンサーです.いくつかの方式があるなかで,電子部品の技術を応用したバイオセンサーが「水晶振動子マイクロバランス・センサー(QCMセンサー)」です.
水晶を薄い板状に加工して交流電圧を印可すると,ある一定の周波数で振動することが知られています.しかも,水晶片に物質が付着して質量が重くなると,発振周波数が低下するという性質があります.
まず,特定のバイオマーカーだけが結合する物質(リガンドと呼ぶ)を水晶片に付着させておきます.リガンドに血液などに含まれるバイオマーカーが結合すると,質量がわずかに重くなって発振周波数が低下し,それを回路で検出してバイオマーカーの量を計測する仕組みです(図).数ng(ナノグラム)から数十pg(ピコグラム)といったきわめて高い検出感度を実現できるのがQCMセンサーの特長です.

本稿では,半導体表面に機械的な構造を設けるMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を用いて水晶片を10µmにまで薄型化した高感度なQCMセンサーについて説明しています.IgG抗体は6.7pmol/L(1リットルあたり6.7ピコモル濃度),体内の炎症反応を示すC反応性タンパクは10pg/mlなど,きわめて微量のバイオマーカーを検出できることが確認されています.
こうした高感度なセンサーが実用化されれば,より正確かつ早期の診断が可能になるでしょう.また,特定のバイオマーカーに結合するリガンドを見つけられれば新薬の候補にもなります.半導体技術は医学の進歩にもつながっているのです.