特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 インピーダンスでPCRをモニターする:ウイルス検出小型・可搬型リアルタイムPCRの実現へむけて アブストラクト 山下一郎,信澤和行,Huanwei Han 大阪大学
電解液と電極が接した面の性質を調べる方法のひとつが「電気化学インピーダンス分光法」(Electrochemical Impedance Spectroscopy)です.英語の頭文字を取って,単にEISとも呼ばれます.主に,リチウム電池などの特性評価,金属材料やコーティング剤の腐食性の評価,めっき工程の評価などに使われています.
電極に微小な交流電圧を加え,電圧の周波数を数百kHz程度から0.1Hz程度にまで順に下げていき,電極を流れる電流の振幅と位相からインピーダンスを求め,その関係をグラフにプロットします.グラフには,縦軸にインピーダンスの虚数成分,横軸にインピーダンスの実数成分をそれぞれ割り当てたナイキスト・プロットが一般に用いられます.こうしたグラフから,たとえば電池における電流の流れやすさなどが解析できます.

電気化学インピーダンス分光法はバイオセンシング分野でも活用されています.検出したい物質と結合する物質を電極に付着させておくと,測定したインピーダンスから,液中に含まれる物質の濃度が分かります.本稿は,新しい発見を基に新規開発したEIS測定法を,PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)のモニターに用いたものです.
PCRとは,ウイルスや細菌などのDNAを検体とし,ターゲットのDNA断片を数百万本から数千万本にまで増幅(増殖)させて蛍光物質を用いて検出する方法です.検査対象のDNAの増幅を蛍光法の代わりにインピーダンスで捉えられれば,電気的な判定が可能になります.これにより複雑高価な光学系が不要となり装置の大幅な簡素化・小型化,低価格化,検査の効率化が図れます.
最近,dsDNAと結合するように設計した微量のルテニウム錯体イオン(Ru(bpy)2DPPZ2+)が,ヘキサシアノ鉄イオン([Fe(CN)6]3-/4-)と共同して働きインピーダンスを大幅に減少させることが見出されました.この2つのイオンをPCR溶液に添加してPCR処理を行ったところ,PCRの温度サイクルに応じてインピーダンスの変化が観測されています.
安価な塗布型電極,PCR溶液を扱う流路システム,インピーダンス測定回路などを組み合わせることで,PCR装置の小型・携帯化を実現できる可能性があります.