特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 イオン電流 ナノポアと機械学習を用いたウイルス検査 アブストラクト 筒井真楠,鷲尾隆,川合知二 大阪大学

特定のウイルスの検出によく使われるのがPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査と呼ばれる手法で,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染確認でもおなじみとなっています.ただし,結果が判明するまでに時間が掛かることや,偽陰性(実際は陽性であっても陰性と出てしまう)がある割合で発生するなどの課題があります.

ウイルスの存在をより直接的に検出しようと考案されたのが,「ナノポア」(nanopore)と呼ばれる微細な穴をウイルスが通るときに発生する電流の変化を調べる方法で,大阪大学が研究をリードしています.


ナノポアとはナノスケールのポア(pore=細孔)のことで,用途にもよりますが直径数nmから数百nmのものが使われます.ポアの素材は樹脂や半導体材料であるシリコンが一般的です.

ナノポアを電解液で満たし,電極で電圧を印加すると,ポアに微小な電流(イオン電流)が流れます.このとき,ポアをなんらかの物質が通過すると,イオンの流れが妨げられてV字型の電流変化が観測されます.その変化から,通過した物質の個数や種類を検出することができます(図).

図 ナノポアを通過するウイルスと,流れるイオン電流の変化の様子.

この原理は古くから「コールター・カウンター」として知られ,赤血球や白血球,分子,微小粒子などの計測に用いられてきました.その原理をウイルスにまで拡張した方式といえます.

ただしウイルスは大きさや形状が似かよったものが多く,たとえばインフルエンザのA型ウイルスとB型ウイルスは電子顕微鏡画像でもほとんど区別が付きません.ナノポアを通過したときの電流変化も区別が困難なほどでした.

そこで大阪大学では,ウイルスごとの電流波形の波高や尖度(変化の急激度)などの特徴を,AIの一種である機械学習システムに学習させることで,人間には判別が難しい電流変化のわずかな違いからウイルスを同定する手法を開発しました.

新型コロナウイルス(SARS-CoV-19)を対象にした評価はこれからですが,大きさや形状がほぼ同じインフルエンザウイルスの亜種に対して正確な識別が確認されています.PCR検査に比べて短時間で判定できる特長があり,今後の実用化が期待されます.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年6月末時点の情報に基づいています