特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 比色法を用いたタンパク質分析:ウイルス検査 高井 まどか 東京大学
1. まえがき
ウイルスや細菌,ホルモンやがんマーカーなどの検査には,生体が有する免疫という防御機構で産生される抗体が用いられる.この検査手法を,イムノアッセイ(免疫検査法)と呼ぶ.イムノアッセイの特徴は,抗体が抗原に結合する際のすぐれた選択性と親和性にある.強い親和性は,検査対象物質が極微量でも計測可能である大きな理由であり,結合解離定数が一般的に 10-10-10-11M であることからも理解できる.一方,生物学的な免疫反応だけ利用しても,検査はできない.つまり,イムノアッセイでは,検出のためのセンサが必要となる.センサには,“光”や“電気・電子”さらには“力(粘弾性)”などが使われる.さらに“光”は,吸光,蛍光,発光,プラズモンなどさまざまな種に分類される.“電気・電子”としては,電気化学,電界効果などが挙げられる.
本項目では,イムノアッセイの中でも,迅速簡易検出法として汎用されているイムノクロマト法1)と,臨床の現場で一般的な高感度分析法である酵素標識免疫分析 (Enzyme-linked immunosorbent Assay: ELISA) を取り上げる.イムノクロマト法は,特別な検出機器を必要とせず,目視による色の違いで判定できるため,定性分析に適している.そしてELISAは,ある波長の蛍光強度や吸光度を精細に検出できる装置を使うことで,定量分析に用いられる.
2. イムノアッセイ
2.1 イムノクロマト法
イムノクロマト法は,分離分析であるクロマトグラフィを基とする.クロマトグラフィとは,検査対象物質と,その他の物質の移動速度を変えることを分離の原理とした分析手法である.移動速度を変える方法には,疎水性・親水性相互作用,生物学的な特異的相互作用,ゲルやビーズなどの隙間構造を利用したサイズ排除などある.イムノクロマトは,その名のとおり,抗体の特異的抗原認識能を利用した分離分析という意味である.図1に代表的なイムノクロマト法の構成を,その分離原理とともにまとめた.
以下では,ウイルス感染の検査を例に説明する.生体内に侵入した異物であるウイルスを排除するために産生された抗体量を調べる場合を,抗体検査と呼ぶ.ここで抗体は血液中に存在するため,血液を検体として用いる.鼻粘膜や唾液などを検体として,含まれるウイルスを抗原として直接検出する場合は,抗原検査である.図1では,抗原検査のイムノクロマト法の概略を示す.

抗原への親和性が高い抗体が,移動相の上流に内包されている.この抗体は,検出のため標識されていることから,標識抗体と呼ばれる.検体が入ると,その中の抗原と標識抗体が複合体を形成する.その後,複合体は,移動相中をキャピラリ効果でテストラインまで移動する.そして,このラインに配置されている別の抗体である抗原結合抗体に捕捉され,発色する.それより離れた場所にあるコントロールラインには,標識抗体そのものを認識する抗体がある.抗原と複合体を作らない標識抗体は,テストラインで捕捉されず,コントロールラインまで移動し,色を呈する.
標識物質は,ナノ粒子である金コロイドを用いることが多く,金ナノ粒子が結合した抗体は,テストライン,コントロールラインに到達すると粒子が凝集するため目視での判定が可能となる.
2.2 ELISA
EILSAは,標識物質として酵素が結合した抗体を用いるイムノアッセイである2).特定の基質を酵素と反応させて得られた生成物の濃度を計測することで,間接的に測定対象物質の濃度を定量する.詳細な反応機構は後述するが,酵素反応による生成物は,実際の測定対象物質と比較すると量的に多くなる.生成物を検出するため,測定対象物質自体が低濃度でも分析感度が高いことを特徴とする.ELISAの中で広く用いられているサンドイッチ型のイムノアッセイについて述べる.図2に示すように,まず,1次抗体が固定化されている基材に抗原となる目的物質を反応させる.抗原と抗体の複合体が形成されたのち,標識物質が結合した抗体を2次抗体として抗原に反応させる.1次抗体と2次抗体で抗原が挟まれることから,サンドイッチ型と呼ばれる.標識物質は酵素であり,検出には酵素基質反応が用いられる.基質を選択することにより,さまざまな検出系を活用できる.すなわち,酵素基質反応による生成物が色を呈する場合は吸光度分析,生成物が蛍光・発光すれば蛍光・発光分析を使うことができる.ここでは,臨床の現場で広く用いられている吸光度分析について述べる.例として,酵素に西洋ワサビペルオキシダーゼ (HorseRadish Peroxidase: HRP),基質に発色(比色)基質である3, 3’, 5, 5’-テトラメチルベンジジン(3, 3’, 5, 5’-Tetramethylbenzidine: TMB)を用いる場合を挙げる.HRPは過酸化水素を用いて物質の酸化反応を触媒する酵素である.したがって,TMBは過酸化水素存在下で酸化され,655 nmに吸収極大をもつ青緑色の2量体を形成する.生じた発色量は,HRPが結合した抗体量,つまり測定対象物である抗原量を間接的に計測していることになる.酵素は,反応速度を高める物質であるため,単位時間あたりの生成物量が増える.結果,酵素反応に伴う検出物質が増大し,高感度化が達成される.

3. 迅速かつ高感度アッセイにむけて
イムノクロマト法にはその場における迅速検査,ELISAには低濃度物質の高感度検査,という特徴がある.一方,イムノクロマト法では高感度化が難しく,ELISAでは測定時間が長いという問題点がある.そこで,迅速かつ高感度な定量分析が求められており,さまざまなナノ材料,検出法,分析システムが研究されている3〜5).
例えば,アッセイの時間を短縮するには,容器のサイズを小さくすることが有効である.臨床の現場では,96個の穴(ウエル)の空いた96ウエルプレートを用いるが,1ウエルあたりが約300マイクロリットルである.このウエルが反応場である.ウエルの体積をマイクロリットルから,ナノリットルに減少させたマイクロ流路を用いたイムノアッセイが1990年代から研究開発されてきた.反応場が小さいと,目的物質の絶対量も減少する.さらに吸光度分析においては,図2の原理にも示したとおり,吸光度は光路長に依存するため,流路幅が100 マイクロメートル程度のマイクロ流路では検出に限界が生じる.そこで,マイクロ流路でイムノアッセイを行うには,生成物を蛍光・発光検出とする場合,あるいは標識物質として蛍光物質を用いる場合がある.これらの工夫をして,ELISAで1時間程度かかる検出時間を数分まで短縮させた技術が発表されている6).

我々の研究においても,迅速かつ高感度なイムノアッセイを,マイクロファイバ膜を反応場として達成した(図3)7).この手法は,ポリスチレン製のマイクロファイバを膜にした不織布に特徴があり,検体と反応液を膜の上下方向に流すことができるようにした.96ウエルプレートでは,特異シグナルが得られるまでに,静止状態で抗原と抗体を反応させると1時間かかるが,流速を制御すると,約5秒で得られる.これは,多孔質構造を有するマイクロファイバを基材とすることで,単位面積当たりの抗体固定化量が大幅に増加していること,さらに溶液を強制対流させていることに依存する.我々は,蛍光検出を用い,マイクロファイバを用いたイムノアッセイで,MERSコロナウイルスを検出するシステムを開発している.このシステムでは,検体をシステムに導入し検出するまでの過程を含めて3分以内で検査結果が得られることを実証している8).ポリスチレンマイクロファイバは,元来,疎水性だが,酸素プラズマを施すことで親水性を付加している.したがって,図3左のように1枚のファイバ膜に複数の反応場を構築すれば,種類の異なる抗原が同時にアッセイできる.つまり,短時間での多項目同時測定が可能となる.
4. むすび
比色分析による検査を検出原理とし,迅速で高感度な次世代の分析系を最近の動向として取り上げた.その発展技術が,我々が開発しているマイクロファイバーを駆使した検査システムである.場所を選ばずに検査ができるメリットもある.将来的に家庭で手軽かつ安全に扱えるウイルス分析機器が創製されると,新型コロナウイルスなどの感染の予防につながり,利用価値がますます高まると期待される.
文献
- 1) X. Huang, Z.P. Aguilar, H. Xu, W. Lai, and Y. Xiong: Biosensors and Bioelectronics 75, 166 (2016).
- 2) S.D. Gan and K.R. Patel: Journal of Investigative Dermatology 133, e12 (2013).
- 3) A, Hatch, A.E. Kamholz, K.R. Hawkins, M.S. Munson, E.A. Schilling, B.H. Weigl, and P. Yager: Nature Biotechnology 19, 461 (2001).
- 4) J.-S. Park, M.K. Cho, E.J. Lee, K.-Y. Ahn, K.E. Lee, J.H. Jung, Y. Cho, S.-S. Han, Y.K. Kim, and J. Lee: Nature Nanotechnology 4, 259 (2009).
- 5) A. E. Herr, A.V. Hatch, D.J. Throckmorton, H.M. Tran, J.S. Brennan, W.V. Giannobile, and A.K. Singh: PNAS 104, 5268 (2007).
- 6) M. Ikami, A. Kawakami, M. Kakuta, Y. Okamoto, N. Kaji, M. Tokeshi, and Y. Baba: Lab Chip 10, 3335 (2010).
- 7) C.F.O. Hoy, K. Kushiro, and M. Takai: Analyst 143, 865 (2018). 8) C.F.O. Hoy, K. Kushiro, Y. Yamaoka, A. Ryo, and M. Takai: Sensing and Bio-Sensing Research 26, 100304 (2019).