特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 X線CTとAI画像診断1 —新型コロナウイルス感染症とCT検査の果たす役割— 木暮陽介 順天堂大学医学部附属順天堂医院
1. まえがき
2020年7月12日現在,国内での新型コロナウイルス感染者数は21,459名,死亡者数は981名となっている1).新型コロナウイルスを検出する検査には,遺伝子検査であるPCR(Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応法)検査のほか,抗体検査や抗原検査もある.臨床現場では新型コロナウイルス感染症患者(疑い患者含む)の診療や手術,エアロゾルが発生するような医療行為の前のスクリーニングとしてX線CT(Computed Tomography)検査を施行するケースが多くなっている.本邦では他国と比較し人口あたりのX線CT装置台数が多いため,PCR検査などによる病原体診断とともに,肺炎の有無の診断にX線CT検査を用いる傾向がある.X線CT検査における理想的な感染対策は,場所(一般診療患者との隔離)・物(専用X線CT装置)・人(専従診療放射線技師)・時間(検査時間帯の固定)のゾーンニングとPPE(Personal Protective Equipment; 個人防護具)対策,十分なX線CT撮影室の換気となるが,1台しかX線CT装置がない施設やPPEが枯渇している施設では院内感染を起こさないように細心の注意を払いながらX線CT検査に当たっているのが現状である.
2. X線CTの原理
2.1 CT装置の基本構成
X線CT装置は,「走査ガントリ」「撮影寝台」「操作コンソール」から構成される.
「走査ガントリ」にはX線発生系の高電圧発生装置とX線管,X線検出系の検出器とデータ収集システム(Data Acquisition System:DAS)が搭載されている.X線管と検出器は対向した配置となっており,高速に連続回転できるようスリップリングから電源供給を得て,DASからの信号は光通信によって非回転部分の受信機に送信され演算処理ユニットに転送される.高電圧発生装置は,X線管に電流と電圧を供給・制御する装置で,X線発生系には陽極熱容量が大きく冷却効率が高いものが一般的には求められる.検出器は被写体を通過したX線の強度を電気信号に変更するもので,固体検出器素子であるシンチレータ+フォトダイオードが主流である.現在の検出器は320列マルチスライスCT(16cmカバレージ)をはじめとした多列型検出器が普及している.また,X線管・検出器を2対搭載しているdual source CTも臨床稼働している.
「撮影寝台」は,上下・水平方向の駆動機構で,操作コンソールから遠隔操作も行え,撮影中はX線発生とデータ収集が同期して制御されている.
「操作コンソール」は走査ガントリやCT撮影室とのインタフォン付きキーボード,モニタ,DVDなどのディスクドライブ付きコンソールなどにより構成されている.
2.2 X線CTの画像再構成
X線光子が物質に入射すると,あるものはそのまま通過し,あるものは物質内で吸収され,あるものは散乱して方向を変え物質外に出る.X線CTでは散乱線を抑えているため,理論的に計算で使用されるX線光子は物質で吸収される,または透過するものとして扱う.入射したX線光子数は,物質固有のµ(X線減弱係数)を係数として指数関数的に減少する.X線強度は,光子数に比例するので,入射強度Ioと透過強度Iの関係は以下の式となる.
I = Io × e – µt ※ t は物質の厚み
CT値は,組織のX線吸収の程度を示すもので,水のCT値を0としたときの相対的な値である.単位はHU (Hounsfield Unit) で1ピクセル毎にCT値をもつ.CT値に影響を及ぼす因子としては,対象物質の実効原子番号,密度,入射エネルギーに影響する機種依存,管電圧,付加フィルタ,そして線質硬化(ビームハードニング)に影響する被写体の大きさや周囲物質,補正処理などがあげられる2).
CT画像再構成は,フィルタ補正逆投影法 (Filter Back Projection : FBP) が主流であった.しかし,近年では画像ノイズ低減効果やアーチファクト低減効果で期待される逐次近似再構成法 (Iterative Reconstruction : IR) やFBPとのハイブリッドなCT画像再構成法が主流となっている.また,IRは計算時間がかかるため,ディープラーニングを用いたCT画像再構成も登場している.
3. X線CTの撮影条件
3.1 撮影条件の概要
撮影前に設定すべきX線CTの撮影条件としては,撮影法,検出器構成,管電圧,管電流,回転時間,CT用自動露出機構CT-AEC (Auto Exposure Control) 条件,撮影スライス厚,ピッチファクタ,スキャンFOV(有効視野),撮影範囲などがある.一方で,撮影後に変更できるX線CTの撮影条件には,CT画像再構成法,画像再構成関数,画像スライス厚,再構成間隔,ディスプレイFOV(有効視野),ウィンドウ条件などが挙げられる.
3.2 HRCT (High Resolution CT)
肺炎や孤立性病変に対してはHRCTが用いられる.HRCTの条件には「画像スライス厚」「ディスプレイFOV(有効視野)」「画像再構成関数」の3つが挙げられる.
「画像スライス厚」は2mm以下として,図1 (a) に示すようにパーシャルボリューム効果(部分体積効果)を軽減できる.
「ディスプレイFOV(有効視野)」は片肺ずつ,肺野及び胸壁が十分に入る程度の大きさで設定する.図1 (b) の320mmの画像は単純拡大したもので,生データからディスプレイFOV(有効視野)を200mmに小さくした画像の方が空間分解能は向上している.
「画像再構成関数」は肺野用の画像再構成関数(高周波強調関数)を用いることで,図1 (c) に示すように空間分解能が向上し,微細な構造の観察が可能になる.
4. 新型コロナウイルス感染症のCT所見
4.1 典型的なCT所見
新型コロナウイルス感染症の典型的な所見3)として,①初期は片側性ないし両側性の胸膜直下のすりガラス影,背側または下葉優位,②円形の多巣性のすりガラス影,③進行するとCrazy-Paving Pattern(図2)やコンソリデーション(図3)などの割合が増加,④器質化を反映した索状影の混在とされている.
4.2 AI (Artificial Intelligence) を用いた新型コロナウイルス感染症の検出
3Dディープラーニングを用いたCOVID-19ニューラルネットワーク(COVNet)では,2016年8月から2020年2月までの期間で,6つの病院から収集した胸部CT画像4352枚を用い,新型コロナウイルスによる肺炎,市中肺炎,その他の肺炎のCT画像にて,モデルの頑強性を検証している.その結果,新型コロナウイルスによる肺炎検出の感度および特異度は,それぞれ90%,96%で,AUC (Area Under the ROC Curve) が0.96 (P < 0.001),市中肺炎検出の感度および特異度は87%,92%で,AUCは0.95 (95%CI 0.93〜0.97) と報告しており,COVID-19 ニューラルネットワークは新型コロナウイルスを正確に検出し,市中肺炎と区別することができるとしている4).
5. むすび
今後,国内においてPCR検査の普及は進むと考えるが,それでも新型コロナウイルス感染症による肺炎などの重症度を診断する上で,CT検査は臨床現場において引続き施行されると考える.
CT装置の技術革新は著しく,今後も低線量高画質CT装置の開発ならびにAI画像診断に期待するところである.
本稿が応用物理を志す諸子に少しでもお役に立てば幸いであるとともに,新型コロナウイルス感染症の終息を願うばかりである.
文献
- 1) 厚生労働省: 新型コロナウイルスに関連した患者等の発生について(6月27日各自治体公表資料集計分)(2020年6月28日).
- 2) 木暮陽介, 北川久, 萩原芳広, 土橋俊男: 比べて理解 CT検査&MRI検査 (PILAR PRESS, 2018).
- 3) 氏田万寿夫, 加藤勝也, 芦澤和人, 田中伸幸, 荒川浩明, 松本哲哉, 泉川公一, 迎寛, 川名明彦: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する胸部CT検査の指針(Ver.1.0)(2020年4月23日).
- 4) L. Lin, Q. Lixin, X. Zeguo, Y. Youbing, W. Xin, K. Bin, B. Junjie, L. Yi, F. Zhenghan, S. Qi, C. Kunlin, L. Daliang, W. Guisheng, X. Qizhong, F. Xisheng, Z. Shiqin, X. Juan, and X. Jun: Radiology 19, 200905 (2020).
用語説明
- 線質硬化(ビームハードニング)
- X線CTで用いられるX線は,連続X線(低エネルギーから高エネルギーまでの連絡分布をもつX線)であるため,物質透過中に低エネルギー成分から徐々に吸収され,物質透過後にはX線質が硬くなる(硬線質).これを線質硬化(ビームハードニング)という.
- フィルタ補正逆投影法
- 画像再構成法とは,断面の線積分で得られた結果(投影データ)から解(断面像)を解く逆問題解法である.フィルタ補正逆投影法では,この逆投影法にフィルタを加えたもので,分解能の調整が可能で計算時間は短いが,負の再構成値が生じ,ストリークアーチファクトが発生しやすいといった特徴がある.
- 逐次近似再構成法
- ある解(断面像)を推定しその断面を線積分することで投影データを得,実際の投影データとの間で比較,比較した結果を逆投影し推定した解を修正,この修正を繰り返し行うことで真の解(原画像)に近づけていく方法である.負の再構成値は生じず,ストリークアーチファクトも少ないが,計算時間が長いといった特徴がある.
- パーシャルボリューム効果(部分体積効果)
- X線CT画像で表されるCT値は,単位体積(ボクセル=ピクセル×スライス厚)に含まれる組織の平均X線吸収値である.もし,単位体積中にさまざまな吸収値のものが含まれている場合,その内容物が占める割合に応じてX線CT画像で表現されるCT値は変化する.これをパーシャルボリューム効果(部分体積効果)という.