特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 血中酸素濃度計:パルスオキシメータ 小林 直樹 日本光電工業株式会社
1. まえがき
パルスオキシメータは動脈血液中の酸素飽和度と脈拍数という呼吸循環の基本的な指標を非侵襲で連続測定する装置である.その原理は1974年に日本人エンジニア青柳卓雄博士が発表し1〜3),今日では世界中に広く普及し多くの命を救っている.現在COVID-19禍の中,肺炎による患者の低酸素状態を把握するうえで欠かせないデバイスとなっている.パルスオキシメータがCOVID-19患者管理に活躍する中,青柳博士は今年4月に84歳で逝去された.私は青柳博士の指導の下,パルスオキシメータ関連の開発業務を行ってきた.本稿は専門領域が違う方々にも,生理学的な意味,原理,歴史,その貢献などについて広く理解いただくことで青柳博士の偉業を伝えたいという思いで執筆させていただいた.
2. 酸素運搬と血中酸素濃度
健康な成人は安静時に約250 mL/minのO2を消費し約200 mL/minのCO2を産生して生命活動を維持している.全身の組織で消費する酸素は肺で取り込まれ肺毛細血管で血液中に拡散し,ヘモグロビン(Hb)に結合して心臓から全身に運ばれる.呼吸または心臓の停止は全身への酸素運搬停止を意味する.心臓と呼吸が停止した人が4分間放置された場合,その後の手当で助かる率は50 %以下になるとされているため4),血液の酸素運搬の障害は直ちに発見することが重要である.パルスオキシメータは指先にクリップ状のセンサを取り付けるだけで,呼吸停止などによる血液の酸素不足や心停止などによる指先の脈波の消失を知らせることができる.
酸素を運搬するヘモグロビンには,酸素と結合した酸素化ヘモグロビン(O2Hb)と,酸素を結合していない還元ヘモグロビン(RHb)が存在し,動脈血中で酸素と結合しているヘモグロビンの比率を動脈血酸素飽和度SaO2と表す.
SaO2(%)=O2Hb量/(O2Hb量+RHb量) (1)
健常者のSaO2はおおむね96〜99%の範囲にあり,高いSaO2は酸素が十分足りていることを示す.SaO2を採血することなく測定するのがパルスオキシメータであり,測定値はSpO2と表記し採血法で測定するSaO2とは別名で表す.SaO2のaはartery(動脈)の,SpO2のpはpulseの頭文字である.Pulseは物理学や工学の分野では通常矩形波を示すが,医学分野では脈拍を示す.紀元前340年ごろ古代ギリシャのプラクサゴラスは動脈が脈動することを発見し,動脈は空気に,静脈は血液に満たされていると考えていたようである5).間違ってはいるものの動脈血が脈動しながら酸素を運ぶ事実を示唆しているようで興味深い.
血液100mLが含有する酸素の量は,Hb=15g,SaO2=100%の場合約20 mLであるが,ヘモグロビンに結合せずに血液中に溶存する酸素量はわずか0.3mLであり,酸素運搬はヘモグロビンに依存するため,酸素飽和度は重要な指標である.心臓は1分当たり約5 Lの血液を駆出するため,心臓は1分当たり約1000mLの酸素を運搬する.前記のとおり酸素消費量は約250mL/min程度なので,約75%の酸素は消費されずに心臓に戻ってくるが,余裕は3倍しかない.
3. パルスオキシメータの原理
図2にパルスオキシメータの測定を簡略化して示す6).
図3に指先組織の模式図を示す.組織は動脈血液,静脈血液,血液以外の組織により構成される.心臓の血液駆出により,指先の動脈血液量だけが周期的に脈動変化するというのが,パルスオキシメータの原理モデルである.
血液量が最大となる収縮期は,血液量が最小となる拡張期に比べ動脈血液の厚みがΔD増加し,増加した血液の光吸収により透過光量は減少する.すなわち,透過光量変化は動脈血液の厚み変化に起因して発生するため,脈動信号は動脈血の情報だけを含む.
ΔDの厚みの動脈血液に対する減光度ΔAをランベルト・ベール(Lambert-Beer)の法則で表すと以下になる.
ΔA1 = Eh1 · Hb · ΔD (2)
ΔA2 = Eh2 · Hb · ΔD (3)
ここで,添字の1は660nm,2は940nmを表し,Ehはヘモグロビンの光吸収を示す定数である.Ehは図4に示すように酸素化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンでそれぞれ違う値を示し,両者が混合する状態では加重平均値となる.
式(2)を式(3)で割ると,
ΔA1/ΔA2=Eh1/Eh2 (4)
となり,吸光係数の比だけが残る.ΔA≡log10(I/I-ΔI)として透過光量から計算することが可能であり,Eh1/Eh2は酸素飽和度により一義的に決まるため,脈波1拍ごとにEh1/Eh2を酸素飽和度に換算することができる7).以下の3点が装置校正なしに指先を挟むだけで,動脈血の酸素飽和度測定を可能にしたポイントである.
- ① 透過光量の脈動は動脈血情報だけを含む.
- ② 拡張期と収縮期の光量比から減光度を計算するので,センサごとのLED光量の違いは考慮不要(校正不要).
- ③ 減光度の割り算がHbとΔDの個体差の影響を消去.
4. パルスオキシメータの発明と普及
1970年代初頭に青柳博士は,人工呼吸器の自動制御を視野に入れ,動脈血酸素飽和度の無侵襲連続計測の研究に着手した8).当時発案されたウッド(Wood)方式2)のオキシメータの改良により動脈血酸素飽和度の連続測定を試みたが,安定測定という課題が解決できなかった.そこでウッド方式を使った心拍出量計の開発を行い,その中でパルスオキシメータを発想した経緯は非常に興味深いものがあるので引用文献を読んでいただきたい2, 8, 9).青柳博士は1972年に原理を発想し,開発チームは1975年に商品化したが(図5),以下の理由で普及しなかった.
- ① 当時,血液の酸素化の指標は飽和度ではなく酸素分圧mmHgであったため,新しいパラメータの臨床における価値を理解する人は少なかった.
- ② 安定な測定ができなかった.センサは光源に白熱電球を使いフィルタで分光したため大きく,動きによる雑音に弱かった.また,耳介は指先に比べて毛細血管床が少ないため,信号品質が良好な場所ではなかった.
パルスオキシメータが普及するまでには,半導体デバイスの進歩と,世界中の多くの研究開発者の偉業がある.
ミノルタカメラ(株) が,強力なハロゲンランプと光ファイバを使用し,測定部位を指に変えたことは画期的だった(1977年発売)10).米国Ohmeda社はLEDとフォトダイオードをセンサに使用し,現在の普及するパルスオキシメータの原型を作った(1982発売).米国スタンフォード大学の麻酔医W. New Jr.らはパルスオキシメータが医療に貢献することを予感し,1983年にNellcor社を設立し,1985年に製品を発売し実用期を迎えることになる11).1986年に米国ハーバードメディカルスクールが麻酔中のモニタリングスタンダードにパルスオキシメータを入れ,それを契機に麻酔中の事故防止の目的で急速に普及し,1990年に米国麻酔学会(ASA)がモニタのスタンダードに入れた.普及していく過程でNellcor社は市場をほぼ独占し,装置は日本にも逆輸入されたが,1998年に米国Masimo社が信号分離技術を用いて体動下で測定可能なパルスオキシメータを発売したことで,現在ではNellcor社と市場を二分する.近年SpO2計測専用のICも発売され,ウエアラブルパルスオキシメータの開発が加速している.時計タイプの製品もリリースされ,メンブレンセンサの研究も進んでいる12)〜14).
パルスオキシメータ以前,動脈血酸素濃度を知るためには,動脈に針を刺し採血して血液ガス分析装置を用いて測定した.採血のスキルが必要であり間歇的な測定であるため,呼吸停止や麻酔中の酸素吸入回路の異常などによる低酸素状態を即座に発見することが難しかったが,安価で簡単に連続測定できるパルスオキシメータの普及は麻酔の安全性を大幅に向上し,現在世界保健機関(World Health Organization: WHO)は開発途上国における麻酔中のモニタとして普及させる活動をしている15).また,新生児の酸素管理や先天性心疾患のスクリーニングを行う装置としてこどもの命を救うことにも大きく貢献し16, 17),毎日,世界中で多くの命を救っている.
5. パルスオキシメータとCOVID-19
世界中でCOVID-19が拡大する中,重症化の目安となるのが血液中の酸素濃度であり,パルスオキシメータはCOVID-19患者の病態把握になくてはならないものとなっている.COVID-19では,重症に見えない患者が短時間で突然悪化し死亡するケースが報告されている.SpO2が低いにもかかわらず患者が呼吸困難感(息苦しさ)を訴えないケースがしばしばあり,この状態は「サイレントハイポキシア」と呼ばれている.通常,医療従事者はSpO2が90%未満になると呼吸不全を疑い処置が必要と考えるが,COVID-19患者ではSpO2が60%台であっても患者が呼吸困難を訴えないケースが報告されている18).また,COVID-19で入院した患者の退院時,安静時のSpO2が健常者の範囲であっても簡単な運動で80%台に低下するケースがあり,多くは肺塞栓症を発症しているという報告がある19).COVID-19ではサイトカインストームの発生により肺毛細血管床に血栓ができると20),退院後も肺機能が低下している可能性があり,パルスオキシメータによる肺機能の確認は重要である.COVID-19の肺炎では前記のとおり60%台のSpO2も測定されているが,低酸素領域ではパルスオキシメータの精度が低下することも患者の病態把握を複雑にする要因とされている18).患者の病態を正確に把握し適格な処置を行うために測定精度は重要であり,青柳博士は日本光電工業(株) で一エンジニアとして,生涯パルスオキシメータの理論の確立と多波長化による精度向上の研究に情熱を注いだ21, 22, 25).
6. むすび
青柳博士が発明したパルスオキシメータは簡便,安価に誰でも動脈血の酸素飽和度と脈拍数を測定することが可能であり,世界中で多くの患者の命を救ってきた.今後もさらに多くの命を救い続けるだろう.COVID-19の拡大によりパルスオキシメータの有用性が再認識される中,青柳博士は惜しくも逝去され,世界中から追悼の言葉が送られた23, 24, 25).私も医療を受けるものとしてパルスオキシメータの発明者である青柳博士とその偉業に感謝するとともに,妥協することなく研究開発を行う姿勢を自ら示し教えてくださった師に感謝し,今後の医療機器の発展に力を尽くしたい.
文献
- 1) 青柳卓雄, 岸道生, 山口一夫, 渡辺真一: 第13回日本ME学会大会論文集 p.90, (1974).
- 2) J.W. Severinghaus and P.B. Astrup: J. Clin. Monit. 3, 135 (1987).
- 3) 日本光電工業: https://www.nihonkohden.co.jp/information/aoyagi/
- 4) 東京防災救急協会: https://www.tokyo-bousai.or.jp/lecuture_point/
- 5) N Ghasemzadeh: Cardiol Res Pract. 2011 (2011)
- 6) 日本光電工業: https://www.nihonkohden.co.jp/iryo/point/spo2point/point.html
- 7) 青柳卓雄, 鵜川貞二: Clinical Engineering 7, 102 (1996).
- 8) 青柳卓雄: 医器学77, 94 (2007).
- 9) 小林直樹: 麻酔・集中治療とテクノロジー 2011(1), 51 (2011).
- 10) KONICA MINOLTA TECHNOLOGY REPORT vol.4 (2007).
- 11) 鎗田勝: 千葉大学学位論文 (2009).
- 12) T. Tamura: Biomed Eng Lett . Feb 18;9(1):21-36 (2019)
- 13) N.Kobayashi, S.Yamamori, Gasses, Seamless Healthcare Monitoring pp 311-334 (2017)
- 14) WHO: https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/44185/9789241598552_eng.pdf
- 15) 仁志田博司: 赤ちゃんを守る医療者の専門誌 with NEO 26, 59 (2013).
- 16) G.R. Martin: Pediatrics 146(1), July (2020) [DOI: 10.1542/peds.2019-1650].
- 17) M.J. Tobin: Am. J. Respir. Crit. Care Med., Jun 15 (2020) [DOI: 10.1164/rccm.202004-1076ED].
- 18) N.J.U. Fuglebjerg: Int. J. Infect. Dis., July 11 (2020) [DOI: 10.1016/j.ijid.2020.07.014].
- 19) 日本医師会COVID-19有識者会議: https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/1968
- 20) 青柳卓雄: 医用電子と生体工学 30, 1 (1992).
- 21) 青柳卓雄, 布施政好, 金本理夫, 謝承泰, 小林直樹, 町田和子, 宮坂勝之: 生体医工学 50, 299 (2012).
- 22) The New York Times: https://www.nytimes.com/2020/05/01/science/takuo-aoyagi-an-inventor-of-the-pulse-oximeter-dies-at-84.html
- 23) The Washington Post: https://www.washingtonpost.com/local/obituaries/takuo-aoyagi-whose-pulse-oximeter-helps-hospitals-fight-coronavirus-dies-at-84/2020/05/03/685b3ec6-8d45-11ea-a0bc-4e9ad4866d21_story.html
- 24) 宮坂勝之: LiSA 27, 569 (2020).