公益社団法人 応用物理学会

特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 ゲノム解析 アブストラクト 中川草 東海大学医学部

2019年12月に中国の武漢市で原因不明の肺炎が報告された直後から,新型コロナウイルス(SARS-CoV-19)の正体を明らかにしようという試みが世界的に進められてきました.そうした取り組みのひとつが,遺伝情報が格納されたRNA(遺伝子の一種)の塩基配列を明らかにする「ゲノム解析」です.

ウイルスのゲノムが分かるとどういったメリットがもたらされるでしょうか.まず,ウイルスの系統や進化の道筋を推定することができます.新型コロナウイルスについては,2002年に発生したSARSウイルスに似ていることや,コウモリが自然宿主だった可能性が高い,といったことが分かっています(図).突然変異についても追跡が可能で,武漢で病気が報告されてから半年ほどのあいだに,各ゲノムには平均して13箇所の変異が生じていることも明らかになっています.

図 コロナウイルス科に属するある亜種の進化系統樹.赤はヒトに感染するコロナウイルスで,
上の赤がSARS-CoV-19,下の赤が2002年発生のSARSウイルス.

一方で,ほ乳類のセンザンコウが自然宿主ではないかといった説や,人工的に作りだされたウイルスではないかといった説に対しては,ゲノム情報を見る限り,それらを裏付ける証拠は乏しいと考えられています.

このほかに,人間の肺などの細胞に結合するウイルス周囲の突起(スパイク)に関する突然変異に関して様々報告されていて,病原性を含めたウイルスの性質の変化に関与する可能性もあると考えられますが,現時点では実験的な検証が進んでおらず,未知の部分が多いのも事実です.

ゲノムの解読作業をシークエンシング(sequencing)と呼びます.逆転写酵素を使ってRNAから相補DNAを合成してシークエンシングを行うウイルス叢(そう)解析と呼ばれる手法や,標識となるプライマー(RNA片)を貼り付けたRNAをPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法によって増やしシークエンシングを行う手法など,さまざまな方法が開発・実用化されています.

各研究機関が解読した新型コロナウイルスのゲノム情報の多くは,国際的なデータベースに登録され,ワクチンや特効薬の開発などを目的に世界中の研究者によって参照されています.

ちなみに,およそ30億個の塩基で構成される人間のDNAに比べて,新型コロナウイルスのRNAはわずか3万個の塩基によって構成されています.物理的な大きさにおいてもゲノムのサイズにおいても,きわめて小さな存在に私たち人類は苦しめられているといえるでしょう.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年6月中旬時点の情報に基づいています