特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 新型コロナウイルスのタンパク質に対するフラグメント分子軌道計算による解析事例 アブストラクト 望月 祐志 立教大学

2020年6月,新型コロナウイルス感染症が広がって社会に重苦しい空気が流れる中,日本のスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」が世界一の演算性能を達成したとの嬉しいニュースが流れました.

従来のスーパーコンピュータ「京(けい)」に比べて40倍から100倍もの性能向上が図られていて,これまでは時間が掛かっていた複雑で大規模なシミュレーションも,実用的な時間の範囲内で精度高く実行できるようになりました.

開発元である理化学研究所が共同利用設備として運用する「富岳」は,科学技術の振興を目的としたさまざまなプロジェクトで活用されています.新型コロナウイルス(SARS-CoV-2ウイルス)の解析や創薬もそのひとつです.

図 メインプロテアーゼと阻害剤との相互作用を対象にした,結晶構造のシミュレーション結果(左)と,構造揺らぎまで含めたシミュレーション結果(右)

本稿で紹介しているのが富岳を利用した新型コロナウイルスの解析例です.ウイルスの増殖に関与するメインプロテアーゼ(酵素の一種)と,それを阻害する薬剤との相互作用の解析(図),および,新型コロナウイルスの特徴となっているスパイク(突起)タンパク質の解析について取り上げています.

酵素やタンパク質は一般に分子量が数千から数万以上と大きいため,それらを構成する各分子や電子の状態を追跡しながら構造や挙動を解析しようとすると計算量が膨大になり,従来の「京」でも難しい場合がありました.

巨大な分子をフラグメントと呼ぶ小さな単位に分割し,フラグメント単体(モノマー)とフラグメントのペアを意味する2量体(ダイマー)を対象に計算を行う「フラグメント分子軌道(FMO)法」をベースに,執筆者らが開発したFMOを高速化する「ABINIT-MP」ソフトウェアを用いて「富岳」でシミュレーションを実行したところ,プロテアーゼおよびスパイクの解析ともに,実用的な時間内(数時間)で処理を完了できることが確認されています.

前者では分子構造の揺らぎを含めた計算が,後者では電子間の避け合い(相関運動)を高度に考慮した計算がそれぞれ可能になるなど,「富岳」によって非経験的なフラグメント分子軌道計算が大きく進展しそうな勢いです.新型コロナウイルスの解明と有効な薬剤の開発も進むことでしょう.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年8月上旬時点の情報に基づいています