特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 顕微鏡によるウイルス観察 アブストラクト 永山 國昭 N-EMラボラトリーズ株式会社,山口 正視 千葉大学・真菌医学研究センター

世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス(SARS-CoV-19ウイルス)の大きさは,およそ0.0001mm(1万分の1ミリメートル=100nm)と小さく,肉眼で見ることはできません.

一方で,症状の解明やワクチンおよび特効薬の開発を進めるためには,ウイルスの姿を明らかにして,少しでも多くの情報を得ておく必要があります.そこで登場するのが,観察対象の試料に電子線を当ててその透過量から画像を得る,透過電子顕微鏡と呼ばれる装置です.コントラストを高めるために,電子線を散乱させる性質を持つウランなどの重金属でウイルスを染色してから観察します.ニュースでよく紹介される新型コロナウイルスの画像も透過電子顕微鏡によって撮影されています.コロナウイルスの特徴である突起(スパイク)が全周に存在していることが見てとれます.

また,最高倍率が2,000倍程度の光学顕微鏡でも,工夫次第でウイルスの存在を捉えることができます.蛍光体を付けた抗体をウイルス表面に付着させたのち,蛍光顕微鏡で観察すると,ウイルスが蛍光色で光るため,ほとんど無限小の星が暗い夜空に見えるように,ウイルス存在の場所を特定できます.ただし,ウイルスの存在は分かりますが,透過電子顕微鏡が明らかにしたスパイクのような微細構造までは見えません.

ウイルスを観察する別のアプローチが,試料を通過した電子線の位相(電子の波の山と谷)の差を画像化する位相差電子顕微鏡です(図).本稿の執筆者である永山氏らによって開発されました.試料であるウイルスを液体エタン(融点-183°C)などで急速凍結する処理が必要ですが,重金属での染色が不要になるため,ウイルスの構造に与える影響が少ないのが特徴です.

位相差電子顕微鏡で観察したインフルエンザウイルス(左)と,画像から再現した三次元の姿(右).
白い横棒はそれぞれ20nm(ナノメートル:10-9m).ウイルス表面
を囲む数多くの突起と,細胞膜に相当する脂質二重膜が見てとれる.
Reprinted from J Struct Biol. 2008 May;162(2):271-6., M.Yamaguchi, R.Danev, K.Nishiyama, K.Sugawara, K.Nagayama. Copyright (2008), with permission from Elsevier.

ウイルスの解析は近年はDNAやRNAのシークエンシングが主体となっていますが,画像からも多くの情報が読み取れます.観察技術のさらなる向上が期待されます.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年6月末時点の情報に基づいています