特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 呼吸器感染症を引き起こす新興・再興ウイルスの検査診断 アブストラクト 影山 努 国立感染症研究所

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のニュースで「PCR」という用語を耳にしたことも多いかと思います.PCRとは「polymerase chain reaction」(ポリメラーゼ連鎖反応)の略で,DNAを複製して増幅させる方法として1983年に開発されました.開発者のマリス博士は,その功績により,1993年にノーベル化学賞を受賞しています.

PCRはバイオテクノロジー分野をはじめ広く活用されていますが,医療分野でも新型コロナウイルスなどの新興ウイルスをはじめ,感染症を引き起こすウイルスや細菌などの様々な病原体の感染の有無を判定する検査によく使われています.


PCRでは,検体として採取したDNAに対して,標的となるDNAに対応した「DNAプライマー」(DNAの断片),DNAを合成する「DNAポリメラーゼ」(酵素),作り出されるDNAの材料となる「ヌクレオチド」(リン酸と糖と塩基の化合物)を用います.

最初に増幅対象のDNAを94°C程度まで加熱して二本鎖DNAを一本鎖に分離させ,次に56-60°C程度に温度を下げてDNAプライマーを標的となる鋳型DNAに結合させます.次は72°C程度まで温度を上げて,DNAポリメラーゼの働きによってヌクレオチドを材料にDNAプライマーを起点とした特定領域のDNAを複製します.以上の温度サイクルを繰り返すことで,特定領域のDNAは,2倍,4倍,8倍・・・と増えていきます.蛍光標識プローブなどを使って特定領域のDNAの増幅の有無を確認することができ,ごく微量の DNA が出発材料であっても特定領域のDNAを大量に増やすことができるため検出しやすいという特長があります(図).

図 PCR検査法のひとつである「リアルタイムRT-PCR法 (TaqMan法)」の概念

なお,新型コロナウイルスはDNAではなくRNAを持つタイプのウイルスですので,事前に逆転写反応を使って相補DNAを合成してからPCR検査を行います.

PCRは別の検体がごくわずかでも混入してしまうと,同じように増幅されて正しい判定が行えません.そのため検体の汚染が生じないよう検査手順は厳格に定められていて,準備などを含めて一回の検査に一般的には4〜6時間を必要とします.


PCR以外にウイルスを検出する方法として,特定のウイルス抗原に反応する抗体を使った抗原検出法(迅速診断キット)があります.インフルエンザの検査ではこの方法がクリニックや病院などでもよく使われていますが,簡便ではあるもののPCRよりも少し検出しづらい(検出感度が低い)というデメリットがあります.

また,血液中にウイルスに対する抗体が存在するかどうかを調べる方法もありますが,ウイルスに感染してから抗体が体内で作られるまでにはそれなりの時間がかかるため,現在感染しているかどうかよりも,過去に感染していたことがあるか,といった検査に主に用いられています.

以上のことなどから,現時点では新型コロナウイルス感染症の検査はPCRが主流となっています.

(要約作成・関 行宏=テクニカル・ライター)
注:本稿は2020年6月末時点の情報に基づいています