特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 2変数を用いた感染者数推移のキネティクス解析 アブストラクト 武安 光太郎,中村 潤児 筑波大学
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,2020年5月中旬頃に最初の流行がいったん収まったあと,6月下旬頃からいわゆる第二波が発生しました.このような流行が,拡大しつつあるのか,それとも収束しつつあるのかは,一般には日々発表される陽性確認者数をプロットしたグラフの傾向から判断されますが,主観的ではなく定量的に把握するには数学的な手法が必要であり,さまざまな数理モデルや指標が開発・提案されています.
フィッティングした kapp 値(正=増加,負=減少)
本稿で紹介しているのが,化学反応の解析に使われる「速度論(キネティクス・kinetics)」を応用した手法です.感染が広がっていく過程も,感染者が回復して流行が収まっていく過程も,単位時間(たとえば日)あたりの時間的変化で表現できるという考えに基づいています.
本稿では,無症候者(自覚症状がない人)を含む市中感染者 Ninf は,感染者と非感染者の接触頻度 k と,感染者が回復によって減少する速度 k’ という二つの変数を使って簡易的にモデル化できることが示されています.
さらに,潜伏期間を含めても,k と k’ の二つの変数によって流行の拡大または収束が表現できることも示されています.
実際に,東京都の日々の陽性確認者数を対数軸でプロットしたグラフにkapp(= k – k’) を描いてみると,感染拡大および縮小の時間変化を定量的に議論することができます(図).
より詳細な流行の解析は,感染症で標準的に用いられているSEIRモデルなどを用いる必要がありますが,2変数モデルでも感染流行の状況をおおよそ定量的につかめる点がポイントです.とくに,感染者と非感染者の接触頻度を表したkは,接触歴の追跡(コンタクトトレース)の重要性を示すとともに,マスクの着用,手洗い,社会的距離の確保など,一人ひとりの感染予防の行動に直結しているため,こうした定量値を対策や啓蒙に使うのも効果的といえます.