特別WEBコラム 新型コロナウィルス禍に学ぶ応用物理 新しい生活様式を快適に過ごすための技術 藤野 弘行 株式会社NTTドコモ
1. まえがき
2019年11月,中国の武漢市から端を発した新型コロナウイルスは,WHOの当初の想定を覆し,全世界を巻き込む巨大なパンデミックに化け,現在も猛威を振るっている.本編では,コロナ自粛による消費者行動の変化と新しい生活様式への変遷,またウイルス感染の拡大防止,コロナ禍において人々の生活をサポートする技術の紹介,将来の可能性について解説する.
2. コロナ自粛による消費者行動の変化
経済産業省の報告資料(図1)によると,2020年1月後半からコロナ禍に入り,消費者の購買行動は大きく変化している.特に緊急事態宣言による自粛要請を受けた「旅行(-92%)」,「宿泊(-75%)」,「外食(-61%)」など,「人との接触」が懸念される業界の消費減少が著しい.一方で「ネットショッピング(12%)」や「コンテンツ配信(13%)」などのオンラインで行える消費は増えている.
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seicho_senryaku/pdf/003_03_00.pdf
コロナ感染の不安が残ることから,今後もこの傾向は続き,消費や暮らしの構造変化が起きていくと想定される.三密を回避しつつ,どのように社会の生産性を維持し,人間らしい生活を送るのか,具体的な対策が求められる中で,通信関連技術が果たす役割は大きいと考える.
3. モバイルデータによる人口密集の監視
日本のコロナ感染者数に関して,大都市の人口密集による影響が指摘されている.こうしたことから,今後人との物理的な距離だけでなく,モバイルデータを用いた,町への人の流入量を正確に掴むことが重要になる.
特定日時の都市別の人口密集は,モバイルデータから確認が可能であり(図2),町を訪れる前に感染予防・対策を講じることができる.
(出典:株式会社NTTドコモ:モバイル空間統計よりデータ抜粋)
取得できる情報として,都市別の緊急事態宣言前や前年との比較,男女や年代別の動向も確認できるため,より効果的で範囲を絞った注意喚起等を行うこともできる(図3).
(出典:株式会社NTTドコモ:モバイル空間統計よりデータ抜粋)
このようにモバイルデータを有効活用することで,様々な人の行動分析が可能になり,コロナ禍の人口密集に対する対策を強化することができる.
4. ウイルス接触検知の早期可視化
人口密集に関してもう一つ,コロナの陽性検知を早める技術として,厚生労働省が2020年6月に提供を開始した「新型コロナウイルス接触確認アプリ」(COCOA;COVID-19 Contact-Confirming Application)について解説する.
仕組みとしては,アプリをインストールしたスマートフォン同士がBluetoothを介して「1m以内で15分接触した場合に記録」され,その後「2週間以内に接触者に陽性が検出された場合に本人に通知」される(図4).
気になるプライバシー保護の実装として,いつ,どこで,誰と接触したのかが,お互いにわからない点,また一切の情報がスマートフォンの中に閉じられており,サーバー等へのアップロードが行われない点が特徴となっている.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/cocoa_00138.html
5. テレワークによる働き方の変革
これまで日本では浸透しないと言われてきた「在宅勤務」だが,コロナによる「密」回避の動きから,企業がテレワークを積極的に導入.2020年3月から4月の1ヶ月で,テレワークの導入率は全国では25%を超え,7都府県では約40%まで伸びている(図5).
こうした時間や場所に依存しない働き方は,より多様化した社会,働き手が選択肢を多く持つことになり,今後も定着していくことが予想される.
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seicho_senryaku/pdf/003_03_00.pdf
6. 遠隔コミュニケーションにおける臨場感の創出
一方,テレワークの普及に伴い,人との接触が少ない分,対面時のような雰囲気や感覚が不足し,コミュニケーションの質や業務効率の低下も指摘されている.こうした問題点を解決するために,現在注目されているXR(仮想空間)技術について解説する.
XRとはVR(Virtual Reality:仮想現実),MR(Mixed Reality:複合現実),AR(Augmented Reality:拡張現実)等を総称した言葉で,専用のグラスやスマートフォンを介して,臨場感の高いデジタルコンテンツを体験することができる(図6).
例えば,テレワーク中の自宅から,オフィスに近い雰囲気で作り上げた仮想空間内に入ると,お互いのアバターを通して,相手の表情や動きを感じながら業務を行うことができ,実際に向き合っているような臨場感のある遠隔コミュニケーションが行える.空間内に配置したホワイトボードを利用して,複数人でリアルタイムに書き込み・編集,素早くデータ化ができるなど,デジタルツールとしても優れており,業務効率化への貢献が期待される.
テレワーク以外にもバーチャル空間での旅行,臨場感に溢れたゲームなど,様々な領域で活用が見込まれ,家にいながら非日常を体験することができる.
新しい生活様式では,物理的な密集を避ける必要があるが,こうした仮想空間技術を利用することで,もう一度人が集まれる場所を作り,高い臨場感を創出することで,そこにいる人達との一体感を醸成することができる.
7. XRグラスの課題
高い臨場感を得られるXR技術だが,さらなる普及に向けては大きく三つの課題がある.
一つは物理的な焦点と映像としての奥行きを表現する時に起こる「輻輳調節矛盾」である.現実の世界では,焦点距離に合わせ輻輳(眼球が内側に寄ったり,外側に広がったりする運動)(図7)と調節(対象にピントを合わせるために,水晶体の厚みを変化させる)を行っている.しかし,現状多くのXRグラスでは,目の焦点がグラスの仮想画面位置(レンズ設計により固定されている位置)に合っている一方で,輻輳角は認識する奥行きのある対象によって変化するため,脳でこれらの矛盾が生じる.このため使用中に眼精疲労や酔いなどといった症状が現れ,長時間での利用が困難になっている.
二つ目はグラスの軽量化である.種類によっては,500gを超える物もあり,装着後の首への負担が大きく,長時間の利用が難しい.今後,屋外での利用拡大を踏まえると,日常的に身に付けられる眼鏡レベルまでの小型化が期待される.
最後は高解像度への対応である.上述の通り,グラスの小型化を図っていく中で,LCOS(Liquid Crystal On Silicon:反射型液晶パネル)技術における,画素の縮小化と,画素が小さくなり過ぎた場合に発生する光回析現象の問題や,MEMSスキャンディスプレイ(Micro Electro-Mechanical System = 微小電子機械システム)の回路小型化の問題がある.またレンズにおいて,収差(図8)を解決するために,小さく絞りを絞るなどの設計が難しく,設計できたとしても,形状が複雑なレンズのため実現が困難である.このようなレンズを製造するための切削や研磨技術の向上も求められる.
8. あとがき
本稿では,ウイルスと共存する生活の中で,データの有効活用から人口密集の可視化や早期のウイルスの検出,テレワークを快適に過ごすための仮想空間技術が,今後どのように利用されていくか,またその課題について述べた.奇しくもコロナウイルスがもたらした「密」への警告が「人や都市の結びつき」をどのように変えていくのか,働き方の変革がどのように進むのか,新しい生活様式による変化は少しずつ始まっている.
技術を用い,「人との繋がり」を今後どのようにデザインしていくのか,その一つ一つの積み重ねが,新たな生活や社会を形成する大きな力になっていくだろう.改めて人に寄り添った技術とは何か,コロナ禍において我々に問われていると共に,新たな価値の創造を加速していかなければならない.
文献
- 1) Dieter Schmalstieg, Tobias Hollerer, 池田聖 (編集, 翻訳), 酒田信親 (編集, 翻訳), 山本豪志朗 (編集, 翻訳):ARの教科書(マイナビ出版, 2018)
- 2) 冨山 和彦:コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画(文藝春秋, 2020)
- 3) 大前 研一:ポスト・コロナ時代の稼ぎ方(プレジデント社, 2020)
- 4) 安宅 和人:シン・二ホン(NewsPicksパブリッシング, 2020)
- 5) 図1 日本の消費者の購買行動
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seicho_senryaku/pdf/003_03_00.pdf (2020.7.8) - 6) 図4 接触確認アプリ概要
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/cocoa_00138.html (2020.7.8) - 7) 図5 正社員のテレワーク実施率
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seicho_senryaku/pdf/003_03_00.pdf (2020.7.8)
