公益社団法人 応用物理学会

第12回光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞) 受賞者

光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)表彰委員会
委員長 加藤義章

光・量子エレクトロニクス業績賞は,光・量子エレクトロニクス研究分野において顕著な業績をあげた研究者を顕彰することを目的として,宅間宏先生(電気通信大学名誉教授)の紫綬褒章(応用物理部門)受賞記念パーティーと定年記念会におけるご祝儀,および宅間宏先生からのご寄付を基金として1999年に設立されました.

第12回光・量子エレクトロニクス業績賞の選考は,「応用物理」6,7,8月号に掲載された公募に対して2010年10月31日までの過去3年間に推薦があった9件の候補者について表彰委員会において慎重な審議を行った結果,以下の2件を第12回光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)に決定しました.

なお,授賞式は2011年春季学術講演会(神奈川工科大学)の初日夕刻に行われます.また受賞者による受賞記念講演が学術講演会の会期中に行われますので,是非ご参集ください.

受賞者
香取秀俊氏(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
高本将男氏(東京大学大学院 工学系研究科 助教)
業績
光格子時計の開拓

香取秀俊氏が2001年に提案し高本将男氏と共に実現した光格子時計は,安定度を大幅に向上しうる新たな原子時計である.光格子時計は,レーザー冷却によって運動状態を凍結したおよそ100万個の原子を,原子トラップに由来する原子遷移の周波数シフトを除去する「魔法波長」光格子に捕獲し観測するもので,原子時計の精度を飛躍的に向上し,現在の秒の定義であるセシウム原子時計に対して,およそ3桁の精度向上がもたらされると期待されている.

光格子時計は,その標準技術としての長所が国際的に認知され,世界各地で研究が進められた結果,2006年の国際度量衡委員会において,提案から5年の短期間にもかかわらず,数10年にわたり開発が進められてきた単一イオン光時計と並んで,秒の2次表現として採択された.単一原子のみを観測するイオン光時計に対し,本手法は100万個の原子を同時に観測するので,わずか数秒の積算時間で18桁の高精度を達成できる可能性がある.香取氏,高本氏は,最近独創的な方法により光格子時計の安定度を評価し,安定度が17桁の領域に達することを示している.

正確な時間標準は,物理定数の恒常性,相対性理論の検証など物理学の基礎原理を追求する実験手法を与えるとともに,GPSによる衛星測位計測,大容量高速通信ネットワークのタイミング制御,地殻変動検出等,その応用において,人類社会に対し大きなインパクトをもつ基幹技術である.

以上のように,香取氏,高本氏による光格子時計の開拓は,標準,基礎物理学,応用物理学など高範囲の分野に大きなインパクトをもたらす先駆的研究であり,光・量子エレクトロニクス賞にふさわしい業績である.

受賞者
渋谷眞人(東京工芸大学 工学部メディア画像学科 教授)
業績
位相シフト法の発明

渋谷眞人氏は,日本光学工業(現ニコン)に在職中の1982年に,現在半導体製造用光リソグラフィーの必須技術である位相シフト法を発明した.光リソグラフィー用マスクには従来白黒の強度パターンで構成されていたが,本発明において渋谷氏は,180°の位相差を持つ位相パターンを描くことにより,同じレンズを用いながら解像度を実質的に2倍向上できることを明らかにした.この位相シフトマスク技術は,飛躍的な高解像力化と深い焦点深度を両立できることから格段に高いプロセス制御性を可能とし,現在の半導体製造プロセスにおいて不可欠の技術となっている.最先端コンピュータのMPUやメモリーは,この技術がもたらす微細化,高生産性の賜物である.

位相シフトマスク技術は,渋谷眞人氏により発明され,1982年に公開特許広報として初めて公となった.ほぼ同時に独立に米IBM社のM. D. Levensonが同様の提案を行い,その有効性がデバイスメーカーの研究者らによって実証されるに及び,一躍世の注目を浴びることとなった.渋谷−Levenson型マスクは現在Alternate型位相シフトと呼ばれるが,量産工程にはその変形であるAttenuate型位相シフトが先行して導入された.位相シフト技術の発想は,その後の4極照明をはじめとする様々な変形照明技術研究の端緒ともなり,この流れは現在最先端の露光技術として実用化研究が行われているマスク-光源の同時最適化 (Source Mask Optimization) につながっている.

以上のように,渋谷氏による位相シフト法は,半導体微細化技術に最も大きなブレークスルーをもたらした画期的な発明であり,光・量子エレクトロニクス賞にふさわしい業績である.

2010年度 光・量子エレクトロニクス業績賞表彰委員会

委員長
加藤義章
委員
植田憲一,大木裕史,五神真,小林哲郎,清水富士夫,菅博文,中沢正隆