第23回(2022年度)応用物理学会業績賞 受賞者
第23回 応用物理学会業績賞(研究業績)
- 件名
- 液晶の基礎物性の解明と高性能液晶ディスプレイの開発による産業展開への貢献
- 受賞者
- 内田 龍男 氏 (東北大学名誉教授)
内田龍男氏は,液晶のディスプレイ材料としての可能性が十分に認識されていない1970 年代より液晶分子の合成,基礎物性の解明,高性能カラーディスプレイへの展開など,極めて独創的かつ先駆的な研究論文を発表し,世界の液晶ディスプレイの研究開発とその工業化を先導してきた.
液晶ディスプレイでは,基板表面における液晶の分子配向機構の解明とその制御が重要となる.内田氏は,定量的測定手法の考案とそれらによる評価を通じて,液晶の分子配向機構を解明した.それまで表面エネルギーに基づく配向理論,表面形状による歪み配向説が主流であったが,内田氏はラビングによって配向した高分子と液晶分子との分子間相互作用が,液晶分子配向の支配的な要因であることを明らかにした.これらの成果は,我が国で始まった液晶ディスプレイ産業において,再現性の高い生産技術の確立に貢献した.
当初,液晶は低電圧・低消費電力のディスプレイとして注目され,簡単な白黒数字表示器として実用されたが,カラー化,視野角,応答速度などの問題を抱えていた.内田氏はこれらの問題に正面から挑み,近年の高性能液晶ディスプレイの基盤技術確立に貢献した.特にカラー化に関しては,液晶セル内に赤,緑,青のカラーフィルターを設けた加法混色型フルカラー液晶ディスプレイを考案,実証した.この成果は,液晶ディスプレイのカラー化に大きく貢献し,現在もこの方式に基づいたノートパソコン,コンピュータモニタ,液晶カラーテレビなどが実用化されている.
一方,上述のカラー液晶ディスプレイはバックライトを必要とし,消費電力が大きくなる問題があった.内田氏は,反射板により周囲光で表示を行う,超低電力の反射型カラー液晶ディスプレイを開発し,電子手帳,携帯ゲーム機,カラー携帯電話などの新たな小型カラー液晶ディスプレイの応用分野を産みだした.
この他,2色性色素を液晶に添加したゲストホスト方式によるカラー液晶ディスプレイ,液晶分子のフローを制御することで,従来の10 倍以上の高速動画表示と広い視野角を有するOptically Compensated Bend(OCB)方式の液晶ディスプレイを考案,開発し,実用化に貢献した.
このように,高性能液晶ディスプレイ開発を牽引してきた内田龍男氏の卓越した業績は,応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.
内田 龍男(うちだ たつお)
所属/役職
東北大学 名誉教授
学歴
- 1970年 東北大学工学部電子工学科 卒業
- 1975年 東北大学大学院工学研究科電子工学専攻 博士課程修了(工学博士)
職歴
- 1975年 東北大学工学部電子工学科 助手
- 1989年 同 教授
- 2006年 東北大学大学院工学研究科 工学研究科長・工学部長
- 2008年 東北大学 ディスティングイッシュトプロフェッサー
- 2010年 東北大学 退職,名誉教授
- 2010年 国立仙台高等専門学校 校長
- 2013年 国立高等専門学校機構 理事
- 2016年 国立高等専門学校機構および仙台高等専門学校 退職,名誉教授
受賞
- 1986年 科学技術庁長官賞・科学技術功労者賞
- 1994年 SID Fellow
- 2001年 科学技術振興事業団・井上春成賞
- 2003年 電子情報通信学会 フェロー
- 2004年 SID・Jan Rajchman Prize
- 2005年 内閣府産学官連携功労者表彰・文部科学大臣賞
- 2008年 SID・Slottow-Owaki Prize
- 2009年 電子情報通信学会 業績賞
- 2013年 映像情報メディア学会 丹羽高柳賞・功績賞
- 2013年 映像情報メディア学会 名誉会員
- 2014年 日本放送協会放送文化賞
- 2016年 日本液晶学会 功績賞
- 2018年 日本液晶学会名誉会員
- 2021年 日本学士院賞
専門分野
画像電子工学,液晶物性
第23回 応用物理学会業績賞(研究業績)
- 件名
- 酸化マグネシウム磁気トンネル接合の先駆的研究
- 受賞者
- 湯浅 新治 氏 (産業技術総合研究所)
湯浅新治氏は,大きな室温磁気抵抗(MR)比を有する,酸化マグネシウム(MgO)トンネル障壁の磁気トンネル接合(MTJ)に関する先駆的な研究を行い,MgO MTJ 素子の実用化に多大な貢献を果たした.
薄い絶縁体層(トンネル障壁)を2 枚の強磁性体層で挟んだMTJ では,強磁性体層における磁化の相対方向に依存して抵抗値が変化する,トンネル磁気抵抗(TMR)効果が発現する.この効果を,ハードディスク(HDD)の磁気ヘッドや集積回路(LSI)の磁気メモリ(MRAM)などに応用する場合,磁化の相対方向の違いによる抵抗値の変化量で決まるMR 比が素子性能を決める重要な指数となる.
1994 年,アモルファス酸化アルミニウム障壁MTJ において,室温で18 % もの大きなMR 比を示す現象が東北大学の宮﨑照宣氏らによって見出された.これが契機となって,MTJ 素子の研究開発が世界規模で始まり,MR 比も向上した.しかし,HDD やMRAM のさらなる高性能化を目指すためには,より大きなMR 比を有するMTJ が必要とされていた.2000 年頃になると,MgO などの結晶をトンネル障壁に用いた構造において,1000 % を越えるMR比が得られる可能性が理論的に示され,その実証が試みられたが,そのような巨大MR 比は暫く実現されなかった.そのような状況下の2004 年,湯浅氏らは,エピタキシャル成長したMgO MTJを作製し,アモルファス障壁MTJ より高い室温MR 比を世界で初めて実現した.そして,同年,室温で180 % を超える巨大なMR比を実証した.
その後,湯浅新治氏はキヤノンアネルバとの共同研究の中で,MgO とコバルト鉄ホウ素(CoFeB)合金を組み合わせたMTJ を発明し,任意の下地層上に素子を作製できるプロセスを開発した.この構造とプロセスは,室温スパッタ成膜による大口径ウェハ上の大量生産を可能にしたため,MgO MTJ 素子の産業応用が一気に開かれた.さらに,HDD やMRAM の高密度化を行う際に必須となる素子を低抵抗化する技術なども開発した.これらは,現在,MgO MTJ 素子作製における中核技術となっており,当該分野の発展に多大な貢献を果たしている.現在のHDD に使用されている磁気ヘッドは,ほぼすべて,MgO MTJ 素子を用いている.また,MgO MTJ 素子を応用した電流書き込み型MRAM(STT‐MRAM)は,システムLSI の不揮発混載メモリとして使われはじめており,情報通信機器の大幅な省電力化に貢献すると期待されている.
これら湯浅新治氏のMgO MTJ の先駆的研究ならびに素子の実用化に多大な貢献を果した卓越した業績は,応用物理学会業績賞(研究業績)として真に相応しいものである.
湯浅 新治(ゆあさ しんじ)
所属/役職
産業技術総合研究所 研究センター長
筑波大学 連携大学院教授
略歴
- 1996年 慶應義塾大学大学院理工学研究科物理学専攻 博士課程修了,博士(理学)
- 1996年 工業技術院 電子技術総合研究所 研究官
- 2001年 産業技術総合研究所 主任研究員
- 2010年 産業技術総合研究所 研究センター長
- 2010年 筑波大学大学院 連携大学院教授を兼務,現在に至る
受賞と表彰
- 2005年 応用物理学会 JJAP論文賞
- 2005年 市村学術賞
- 2006年 東京テクノ・フォーラム21 ゴールド・メダル賞
- 2006年 丸文学術賞
- 2007年 日本IBM科学賞
- 2008年 朝日賞
- 2008年 産学官連携功労者表彰 内閣総理大臣賞
- 2009年 井上春成賞
- 2009年 つくば賞
- 2010年 日本学術振興会賞
- 2013年 IEEE Distinguished Lecturer
- 2014年 応用物理学会 フェロー表彰
- 2015年 日本磁気学会 業績賞
- 2016年 文部科学大臣表彰 科学技術賞
- 2021年 IEEE Fellow
- 2021年 全国発明表彰 未来創造発明賞
- 2022年 本多フロンティア賞
専門分野
スピントロニクス,磁気工学,磁性材料
第23回応用物理学会業績賞委員会
- 委員長
- 馬場俊彦 (横国大)
- 副委員長
- 辰巳哲也 (ソニーセミコンダクタソリューションズ)
- 委員
- 尾辻泰一 (東北大), 笹木敬司 (北大), 清水勝 (兵庫県立大), 竹内淳 (早大), 谷田純 (阪大), 民谷栄一 (産総研,阪大), 為近恵美 (横国大), 内藤裕義 (大阪公立大), 久本大 (日立), 平野愛弓 (東北大), 堀川剛 (東工大), 松本要 (九州工業大), 宮本恭幸 (東工大), 森伸也 (阪大)
- 幹事
- 苅米義弘 (事務局長)